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保育園の実地検査がピンチ? 子どもの安心安全どう守る

普光院亜紀保育園を考える親の会アドバイザー/ジャーナリスト
※うつぶせ寝はSIDS・窒息事故のリスクを高めるため避けるように指導されています(写真:アフロ)

保育園の実地検査についての規制緩和案が浮上

都道府県や市町村は、保育所(認可保育園)などの保育施設を年に1回、実地に検査(指導監査)することが義務づけられている。このことを定めた児童福祉法施行令を改正するパブリックコメントが1月22日締め切りで募集された。

募集の告知「児童福祉法施行令の一部を改正する政令案について」によれば、施行令の文面から「監査を実地で行うという要件を削除する」とある。

難しくなるが、少し詳しく解説するとこういうことだ。

児童福祉法施行令の38条と35条の4は、年に1回、自治体職員が足を運んで実地に児童福祉施設等を検査(指導監査)することを義務付けている。保育所(認可保育園)については都道府県等が、小規模保育・家庭的保育などについては市町村が行う。実地の要件を削るということは、指導監査そのものがなくなるわけではないが、書類やネットを利用した指導監査のみでもよいことになる。

この改正について検討した厚生労働省の研究会の報告書*では、実地に行うことを原則としつつ、新型コロナが蔓延している状況下で直近の指導監査で問題がないことが確認されている場合などの要件をつけて実地による指導監査(以下、実地検査という)の省略を認めることが進言されている。施行令の実地要件を廃止した上で、通知によって実地を原則することを示し省略してよいケースを限定的に定めることが予定されているようだ。

しかし、目下のコロナ蔓延防止を理由に、施行令の実地原則を恒久的にはずしてしまってよいのか。これでは自治体に対する義務づけが緩められ、実地で行わない余地が広がってしまうのではないだろうか。

*児童福祉施設等の感染防止対策・指導監査の在り方に関する研究報告書(案)

現場を見ることの重要性

現場を見ることで得られる情報量は書類の比ではない。

実地に施設を訪問することで、施設環境や子どもの状態はもちろん、施設長や職員と対面してわかることもある。

2017年、兵庫県姫路市の地方裁量型認定こども園で、届け出た定員を超える子どもを預かり、必要量の給食を提供しないなど質の低い保育が行われていたことがわかり、世間を驚かせた。保育士の水増し、不正な労働契約なども発覚した。この不正は、定期の指導監査で訪問した際に担当者が不審に思い、市と県が協力して抜き打ちの立ち入り調査(特別監査)を行って突き止めた。園を訪ねると、届出された子どもの人数をはるかに上回る子どもがいたという。この園では、定期報告書は問題なく作成されており、一見まともに運営されているように見えていた。

昨年12月、栃木県宇都宮市で起こった認可外保育施設での死亡事故をめぐる民事訴訟の控訴審で、市の監督責任と賠償責任が認めた一審判決が支持され、市は上告を断念した。お子さんは発熱・下痢に対処してもらえず熱中症で亡くなった。刑事訴訟では、元施設長(経営者)は保護責任者遺棄致死罪により懲役10年の実刑判決を受けている。

この施設では、日ごろから子どもを毛布や衣服でグルグル巻きにして寝かせたり、虐待したりしていた。事件前から利用者や内部の関係者から虐待が行われているとの詳細な通報が市に入っていたという。市は、施設長に事前通告した上で立ち入り調査を行い、経営者に言われるまま施設の一部のみを見て、本来見るべき書類も確認せず30分ほどで引き上げた。裁判では、このような市の対応が本来果たすべき監督責任を果たしていないと審判された。抜き打ちで詳細な立ち入り調査が行われていれば、お子さんは亡くならずにすんだのではないかと悔やまれる。

やる自治体やらない自治体の格差

この動きの発端は、内閣府が行っている「地方分権改革に関する提案募集」での自治体から提案にある。改正の趣旨の説明には、

「令和3年地方分権改革に関する提案募集において、原則実地とされている社会福祉法人及び社会福祉施設等に対する指導監査等について、昨今の新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止等の観点から、実地によらずとも実施できるよう、書面やリモートでの監査を認めるよう提案を受けた」

とある。他の社会福祉分野も対象とされており、保育では認定こども園、認可外保育施設も対象とすることが予定されている。

そもそもコロナ蔓延防止のためであるなら、施行令の実地原則をはずさないで、但し書きを追加して「感染防止等やむをえない場合の例外」を定める方法もある。施行令の実地原則の削除は、自治体にどういうインパクトを与えるだろうか。すでに今、施行令違反が漫然と続いている自治体は存在している。地方分権の名のもとで国の基準をゆるめれば、やる自治体やらない自治体の格差は広がってしまうのではないか。

提案に記入された自治体からの意見には、コロナ禍により実地検査ができない状況が長期化し施行令に違反する状態になっていることを苦にするものもあれば、施設や行政の事務の効率化を求めるものもある。

後者に関しては、保育施設が増加したことによって、自治体にとって指導監査業務の負担が大きくなっていることは確かだ。施設の側からも、膨大な書類を揃える指導監査への対応を苦にする声や、指導監査の内容に疑問を唱える声も聞かれる。利用者の側からは、もっと子どもに直接影響する保育のあり方を見てほしいという意見がある。

指導監査が今のままでよいとは思わないが、どう改善したらよいのかについては、子どもの最善の利益の観点から慎重に検討されるべきだろう。実地検査の省略は、指導監査を表面的なものにし、実効性を低め、真の行政効率を低下させる恐れもある。自治体の業務削減が第一になって、子どもの利益が損なわれるようなことは避けなければならない。

ちなみに、保育施設が急増した東京都の指導監査の実施率(認可・認可外の保育施設)は2019年度で13.1%と低迷しており、長年にわたって施行令の基準を満たせていない(コロナ禍となった2020年度は5.2%)。一方、八王子市は2015年4月に中核市に移行して東京都から指導監査業務を引き継いで以降、コロナ禍前までは毎年ほぼすべての施設に実地検査を行えていた。東京都では、力のある基礎自治体に指導監査の権限を渡していくこともひとつの改善方法だろう。

自治体の腰が重くなることへの懸念

保育施設での事故等を検証すると、起こる前から、保育の質の低下(子どもの詰め込み、保育士配置の不正、不適切保育など)があったことが明らかになる場合が多い。

事件が起こるたびに抜き打ち調査の必要性が言われてきたが、今回の改正が行われれば、抜き打ちどころが、定期の指導監査で実地に行くことさえ消極的になってしまう自治体が現れるのではないか。

筆者は日頃から保育施設に関する利用者からの相談を受けているが、保育施設のあり方は実にさまざまだと感じている。自治体が事業者を指導したほうがよいのではないかと思われる場合でも、腰が重い自治体は多い。今回の改正により、行政と施設の距離が広がり、自治体の腰をさらに重くしてしまわないかということも懸念している。

自治体には、ぜひ年に1回現地を見て、外形的基準等のみならず、子どもの人権、保育所保育指針の内容に照らして適切な保育が行われているかどうかを確認し、必要な指導を行ってほしい。また、利用者や内部関係者から保育施設についての深刻な相談や通報があった場合には、しっかり耳を傾け、適宜、必要な行動をとってほしいと思う。

事業者には年1回の自治体の訪問を受け、保育が子どもや保護者の人権に関わる事業であることを改めて感じていただきたい。

保育は、社会が子どもに保障しているものであることを忘れてはならない。

子どもの権利保障の観点を

来年度に創設予定の子ども家庭庁は、子どもを中心に考えて施策を点検してくれるという。であれば、指導監査のあり方についても、子ども中心に検討してもらいたい。

なんのための指導監査なのか。保育施設では、子どもは長時間そこで生活して大きな影響を受けるにもかかわらず、何かあっても言葉で訴えることができない。家庭は保育への依存度が高く立場が弱い。国や自治体は保育を実施するために多額の公金をつぎ込んでいる。その保育の提供責任を負う自治体が果たすべき役割が問われている。

本来求められている役割を見つめ直し、監査の視点の標準化、監査担当者の専門性の向上、ICTの導入、関係者の負担軽減などなど、幅広い検討を行ってほしい。責任ある大人が保育の質を確認することは、子どもの生きる権利、育つ権利、守られる権利、意見を表明する権利の保障に欠かせないのだから。

保育園を考える親の会アドバイザー/ジャーナリスト

保育制度、保育の質の問題に詳しい。保育園を考える親の会アドバイザーとして、働く親同士の交流・情報交換の場を支え、また保育に関する相談にも応じながら、ジャーナリストとして保育や仕事と子育ての両立に関する執筆・講演活動を行っている。大学講師(児童福祉・子育て支援)、国・自治体の委員会委員も務める。著書に、『共働き子育て入門』(集英社)、『変わる保育園』(岩波書店)、『保育園のちから』(PHP研究所)、『共働きを成功させる5つの鉄則』(集英社)、『保育園は誰のもの』(岩波書店)、『保育の質を考える』(共著、明石書店)、『後悔しない保育園・こども園の選び方』(ひとなる書房)ほか多数。

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