セクハラ問題で話題の幻冬舎社員・箕輪厚介氏から「こいつ本当に嫌い」と言われたことは勲章である

5月7日更新の箕輪厚介氏Twitterより(著者撮影・現在は本人が削除済み)

箕輪厚介氏から「こいつ本当に嫌い。」

岡村隆史氏による風俗発言から約1ヶ月。

今度はテレビなどでコメンテーターもしている幻冬舎社員・箕輪厚介氏のセクハラ問題と被害者への二次加害が明らかになった。

これも以下の文春オンラインが指摘しているが、その動画は見るに耐えないものだった。

過去にセクハラや性暴力を受けた経験がある方たちは見ない方がいいし、閲覧注意の極めて暴力的、グロテスクなものである。

醜悪であり下劣極まりない。

【参考】幻冬舎 箕輪厚介氏「何がセクハラだよボケ」「俺の罪って重くない」「反省してない」オンラインサロン会員へ大放言《動画入手》(文春オンライン/2020年5月30日)

動画ではセクハラ被害者への二次加害だけでなく、その加害の際に差別用語まで使用され、擁護の余地が何ら見えない。

岡村氏は形式的な謝罪をおこなっているが、箕輪氏はそもそも「反省しない」ことを公言する有り様だ。

相手は仕事仲間であったライターであるにもかかわらず、強い暴力性を露見させている。

ここまでくると流石に呆れ果てて言葉を失う。

周囲は最低限、これ以上の二次加害を起こさせないように真剣に彼の言動を止めるべきだろう。

それをしないなら、周囲の人間も暴力、加害に加担する共犯者だ。

もし箕輪氏と一緒に被害者の誹謗中傷を行ってしまうのであれば、それは加害者周辺によく見られる典型的な行動パターンです。

出典:小川たまか 加害者周辺で被害者バッシングが起こるのはテンプレ 箕輪厚介氏の二次加害発言について

私は5月7日にセクハラ問題で話題の幻冬舎社員・箕輪厚介氏のTwitterで「こいつ本当に嫌い。」と書き込まれていることを知った。

現在は書き込み自体を消去されているが、一度書き込めば、痕跡が残ることは承知のはずである。

週刊誌のオンライン記事岡村の風俗発言「どうしても容認できず」藤田孝典氏への反応として書き込みがされた。

彼とは面識もなく、テレビ共演の機会もないにもかかわらず、突如、記事に反応してくれたことに意外性を感じていた。

何の意図があるのだろう、と。

その意図は今回の一件で簡単に明らかになる。

箕輪氏が性差別や女性蔑視を諫める言動をする私に対して、なぜこれほどの嫌悪感を有するのか、ということは理解できなかったが、合点がいく情勢になってきた。

つまり、彼にとっては性差別、女性蔑視の発言など触れるに値しない問題という認識なのだろう。

繰り返し指摘する意味が見出せないのである。

今となれば、これほど明確な性差別主義者に「こいつ本当に嫌い。」と非難されたことは勲章として作用する。

私は彼と面識もないので、好き嫌いを評価しないが、人生のなかで関わりたくない人物だ。

もちろん、幻冬舎と今後も仕事をするつもりは一切ない

小川たまか氏による適切な批判と繰り返される日本型謝罪

前出でもある小川たまか氏による加害者周辺で被害者バッシングが起こるのはテンプレ 箕輪厚介氏の二次加害発言についてという論稿をぜひお読みいただきたい。

なぜこれほどの暴力性が見過ごされてきたのか、過去に同様の事件はあるはずだと思っていたら案の定である。

過去も形式的な謝罪にとどまっており、何ら性差別、女性蔑視の言動と向き合えていないのだろう。

2018年のハフポ記事では「反省しています」

男性の性加害は「元気があってよろしい」「女遊び」「破天荒」といった言葉で許容されてきた過去があります。マスコミも率先してその印象操作を行ってきました。

箕輪氏は2018年に公開されたハフポストのインタビュー記事の中で、「女性をゲットする」という言い方など「男子校ノリ」であることの指摘を受け、「申し訳ない」「反省しています」「慎重に行動します」「悪気もない」などと語っています。

当時の指摘に向き合ったのであれば、ここまでの惨事は起こらなかったはずでは。

今回のことは表向きの反省パフォーマンスや「悪気はなかった」ではすまされないのではと感じます。

先進的な活動をしているはずの「天才編集者」が、古臭いジェンダー観に縛られているように見えるのは滑稽です。

私のような木端ライターの声は箕輪氏や見城社長には到底届かないでしょうが、これを機に変わってほしいと思います。

出典:小川たまか 加害者周辺で被害者バッシングが起こるのはテンプレ 箕輪厚介氏の二次加害発言について

これまで特に男性権力者は問題が生じても、誰かが用意したテンプレートの形式的な謝罪で済まされることが多く、実は何が悪かったのか向き合うことを怠ってきた。

専門家から意味がなく、失敗、差別を繰り返させる要因としての「日本型謝罪」と批判されてきた。

だからこそ、その人物は何度も同じ過ちを繰り返すことになる。

事実関係を認め、罪や問題行動に向き合うことをしなければ、本質的な部分で人は変わらない。

箕輪氏がいう「俺の罪って重くない」という不気味な発言は、すでに次の被害者を生む準備とも言える恐ろしいものだ。

日本型謝罪の無意味さ、同じ失敗を繰り返す不毛さは、岡村氏やニッポン放送に対して伝えたかった部分でもある。

岡村隆史氏「『困っている女性が風俗に』大変不適切で深く反省」遅すぎる見解表明と問題意識の希薄さ

私も自身が幼少期から植え付けられてきた古臭いジェンダー観、常識や社会通念と向き合うことを続けている。

具体的に、フェミニズムと言っても広いが、このフェミニズム自体を敵視することなく、より良い人間関係を築くためのツールとして、学んでいってはどうだろうか。

箕輪厚介氏やその周辺も、時間が相当かかるにしても、自分たちが大事にしてきた「価値観をアップデートせよ」という言葉に真剣に向き合う時期だ。

価値観がアップデートされないのであれば、また同じような被害者が構造的に生まれていくことになろう。

小川たまか氏が指摘するように、これほど古臭いジェンダー観が先駆的なモデルとして、後輩たちに引き継がれることがないように、心から願っている。

繰り返すが、価値観をアップデートせよ。