前澤友作社長「前澤、動きます」 篤志家の素晴らしさと社会保障、国家責任の重要性

(株)ZOZO社長退任時の前澤友作社長(写真:西村尚己/アフロ)

前澤友作社長の善意や慈善活動に賛意

資産家として著名な前澤友作社長がシングルマザーなどへの支援を表明したことがTwitterで話題になっている。

私は過去に前澤友作社長が経営していた(株)ZOZOと対立し、同社の非正規労働者の賃上げや処遇改善を求めた運動を展開した。

当時は労働組合、ユニオンのメンバーも運動に参加いただき、メディア・世論の注目も高く、同社に対し、時給単価の引き上げにも繋がっていった。

そこで問題提起したのは、利益を上げているにもかかわらず、労働分配が弱く、非正規労働者の処遇の悪さ、多さであった。

特に、非正規労働者は女性に多く、なかには今回のテーマであるシングルマザーも多く含まれていた。

これについては過去の配信記事も参照いただきたい。

ZOZOTOWNの非正社員比率は67%ー派遣や非正社員に過度に依存する企業体質からの脱却をー

つまり、前澤友作社長の利益の源泉は、女性労働者に対する労働分配の弱さ、シングルマザーの貧困、ワーキングプアを温存している故にもたらされたものといえる。

ただ、そうはいっても単純に前澤友作社長の経営を非難するわけにもいかない。より問題は根深いからだ。

実は(株)ZOZOだけが女性労働者を安く利用して利益を上げる構造になっているのではなく、日本社会全体が同様の雇用形態、女性差別を包含した構造に陥っている。

日本は安い労働力としての女性を散々利用し、搾取する構造そのものが維持されてきた。

そのような構造から生まれたシングルマザーの貧困は言うまでもない深刻さだ。

小手先で子ども食堂をいくら全国に増やしたところで、女性が稼げない構造を変えなければ、子どもの貧困も縮小しない

その責任の一端を担っているのは、資本家、事業者たちであり、その一人である前澤友作社長も同様である。

そのようななかでの支援表明は勇気がいることだし、賛否両論あることだろうが、私は素直に歓迎したい動向だと思っている。

インターネット衣料品通販大手「ZOZO」の創業者で前社長の前澤友作氏(44)が9日、自身のツイッターを更新。

新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言で自粛生活で苦しむシングルマザー&ファザーへの支援を表明した。

前澤氏は自身の1月の「前澤 お年玉 関係なく、日本で120万世帯以上といわれるシングルマザーの皆さんの可能性に僕は注目しています。チャンスや時間がないだけで、やるときやってくれる肝っ玉座った母ちゃんパワーは絶大かと。日本の貧困問題、少子化問題にとっても、そんな母ちゃんパワーが活かされる社会にしないと」という投稿をリツイート。

そのうえで、「シングルマザー&ファザーの皆さん」と呼びかけ、「この状況の中、本当に大変だと思います。微力ではありますが、前澤、動きます。詳細は明日お知らせします」と記した。

出典:「前澤、動きます」前澤友作氏 シングルマザー&ファーザー支援表明 5月9日 スポニチアネックス

個人責任と国家責任の棲み分けの大事さ

実は社会福祉の歴史は、このような資本家がその財産の一部を基金として、福祉施設を整備したり、福祉制度の原型になる取り組みを始めたところから出発している。

この問題は深刻であり、問題解決をしたいという情動が社会を変える力になっていった。

児童養護施設、母子生活支援施設、養護老人ホーム、などの施設も初代の篤志家が資金集めや設置に奔走した尊い取り組みの積み重ねであった。

これらの福祉実践を受けて、政府や自治体、法制度が整備され、個人でおこなう事業から社会事業、公共事業へと転換されていく。

いずれにしても、誰かが光を当てて問題化しなければ、政府や自治体は対応をしないのである。

この点から見ても、発信力がある前澤友作社長が支援を表明したこと自体に大きな意味があるし、問題に気づく人も増えることだろう。

彼の意思を受けて、他の事業者や資本家が協力していけるなら、さらに良いことだと思っている。

その一方で、個人の篤志家は「憐れみ」「かわいそう」という感情が動かされる対象を支援することは得意だが、そのような対象になり得ない人々は置き去りになる傾向が強い。

例えば、一生懸命頑張って低賃金で働きながら子どもを育てているシングルマザーには共感ができる。

その一方で、働くこともできない理由があり、イライラして虐待をするシングルマザーはどうだろうか。

支援したいとは思えなくなるのではないか。

つまり、支援したい人を支援するのが個人、篤志家であり、それ以外を含む広範囲の生活保障は国家責任を明記している。

そもそもシングルマザーが貧困に陥っていること自体、国家責任による保護がされていないことを意味している。

前澤友作社長の厚意を社会全体で受け止めつつ、政府や自治体の役割を強める方向性にも力を注いでいく必要がある。