留学生大量失踪事件の背景にある福祉系大学の乱立問題ー東京福祉大学のような事件を繰り返さないためにー

介護福祉のニーズの高まりと人手不足(写真:アフロ)

社会福祉系大学、学部の乱立の果てに

福祉専門職を養成してきた東京福祉大学で大量の留学生が失踪する事件が起こった。

事件の背景は、ジャーナリストの石渡嶺司氏の私大から留学生が大量行方不明に~不法就労の抜け道かなども参照いただきたい。

今後も東京福祉大学のような事件は、福祉系大学など定員割れを起こしている教育機関で起こりうる問題である。

この東京福祉大学は2000年に開学された新設大学であり、歴史も長くない。

主に、社会福祉士や介護福祉士、保育士などの養成をおこない、卒業生も多く輩出している。

実は東京福祉大学のように、社会福祉士などの養成をおこなう大学、教育機関は1990年代から全国各地に爆発的に増えた経緯がある。

なぜなら、高齢社会がより進むことを予測して、介護人員を養成するため、1987年に社会福祉士及び介護福祉士法が施行された。

主には介護を担う人材の確保を目的として、養成を進めていく政策だった。いまも日本の高齢化は進行を続けており、それに伴って介護を担う労働者が恒常的に足りていない。

1987年以降、社会福祉士や介護福祉士の養成をめぐって、各大学が学部の新設などに動いていく。

東京福祉大学も同様に、大学を新設することまでおこない、養成課程に遅れて参入してきた。

1987年当時は、全国各地にある社会福祉協議会が有名だが、介護福祉、在宅福祉なども、それまでは行政や社会福祉法人が主体となって措置制度によって担ってきた。

しかし、1990年代から社会福祉基礎構造改革という改革が進められ、社会福祉を民営化し、企業やNPOなど民間団体にも参入してもらい、介護の受け皿を増やそうとしてきた。2000年には介護保険制度が始まり、本格的に企業も福祉に参入する。

いわゆる市場開放、民営化を進め、コムスンやワタミの介護、ニチイなど、多くの企業に介護や福祉を委ねていく戦略を政府主導でとってきた。

東京福祉大学が開学した2000年は、まさに介護保険制度が始まり、社会福祉が改変した象徴する年であった。

それ以降は全国の大学で、福祉専門職の養成が苛烈な競争をしながら進んでいく。

例えば、社会福祉士、精神保健福祉士、介護福祉士などの国家資格者合格数や輩出数を競ったり、就職率の高さを競い合うようになる。

早稲田大学、上智大学、法政大学など多くの大学で、社会福祉士養成課程などの福祉系学部、カリキュラムが創設されてきた。

当初は政府の改革、法律整備が後押ししたこともあり、各大学とも人気があり、福祉系大学や福祉学部に入学すれば、資格も取れるし、職にも困らないことが喧伝されていた。

僕自身、埼玉県内の新設の福祉系学部へ2000年に入学して、2004年の卒業と同時に、社会福祉士国家試験を取得する。

2000年代は、ITバブルと介護保険バブルがあり、IT企業に進む卒業生、社会福祉に進む卒業生は多かった。

高校にも社会福祉の時代を象徴するような宣伝がされ、学生が社会福祉を学ぶ機運が高まった。

一時期であるが、人気のある社会福祉学部の時代があった。

社会福祉系大学、学部の統廃合を

しかし、現在の社会福祉系大学、学部は軒並み苦心にあえいでいる。

全国各地の新設の社会福祉系大学、学部が養成課程の経営、運営に苦しんでいる。

何に苦しんでいるかと言えば、学生が集まらないことだ。

社会福祉系大学の人気がなく、定員割れに陥っている大学や学部が多い。

例えば、介護福祉士養成課程の大学、学部、専門学校は壊滅的な状況である。

介護福祉士の養成課程がある全国の大学や専門学校など365校について調査、集計した。今年度の入学者数は6856人と5年連続で減少し、定員に対する割合(定員充足率)は44・2%にとどまった。

出典:介護福祉士、養成学校への入学が最少…留学生は倍増、6分の1占める

平均して定員の半分しか学生が集まらないので、学力や資質を図る必要性すらないため、ほぼ全入といえる実態だ。

もはや入学倍率などの情報すら公表していない大学や専門学校も多く、誰でも受験すれば入学できるといってもいい。

受験、応募をしてくれること自体ありがたく、各大学や専門学校は学生集めに奔走している。

これは介護福祉士に限らない。社会福祉士、保育士などの養成課程でも程度の差はあれ、同様だと思っていただきたい。

学生にとっては、少子化、各分野の人手不足の影響もあり、わざわざ低賃金で長時間労働の社会福祉業界を選択する必要性などないのである。

社会福祉系大学、学部を卒業しても、低賃金で長時間労働が固定的にある社会福祉業界への就職を希望しない学生は珍しくない。

また、社会福祉士や介護福祉士、保育士の資格を取得しても、賃金が低いので、その資格を活かして働き続けようと思えない専門職もいる。結婚や出産などを契機に社会福祉業界から「卒業」していく専門職も珍しくない。

例えば、社会福祉士は国家試験の合格率が相対的に低く、国家試験のなかでは難しい試験とされているが、その資格を取っても十分な収入は得られない。資格取得のインセンティブが働かないことも理解できるだろう。

民間企業に就職すれば、資格などなくても十分に収入は得られるのだから。

事業者や政府に賃上げを要求する労働組合も社会福祉業界は弱く、賃金闘争やストライキの歴史すら乏しい。

これまでは行政や社会福祉法人が担ってきた部分、いわゆる公営セクターが多かったため、民営化したあとも賃上げ交渉などをおこなった経験が足りない。

少なくとも春闘でも理解できる通り、賃金や処遇は要求しなければ改善しないが、その要求自体が皆無と言ってもいい産業だ。

社会福祉でまともに働き続けられる産業にする努力を福祉関係者も怠ってきたため、入学生が集まらず、福祉専門職の養成も低迷している。

話を東京福祉大学に戻そう。

このような福祉系大学の人気が低迷するなかで、福祉を名前に入れて、そこを主軸に大学経営してきた新設校はどうなるだろうか。

大学経営が成り立ちにくく、必死に学生を集めなければ利潤を得られなくなることが容易に予想されるだろう。

場合によっては、植民地時代のように、海外の留学生や研究生を求めて、リクルートして定員を埋めたり、学費を徴収していくビジネスにも加担せざるを得なくなっていく。

むしろ、そうした大学の方が教育内容いかんにかかわらず、生き残っていくかもしれない。

東京福祉大学の事例は社会に多くの問題を投げかけている。

責任をもって留学生や研究生を引き受けられず、学生のケアもできないのであれば、大学の存在が社会にとって悪影響を及ぼしていく。

学生をそこまでして集めなければ経営が成り立たないのであれば、もう潔く社会福祉系大学、学部、専門学校などの統廃合を進めていくべきだろう。

残念ながら、福祉専門職教育は日本において失敗を経験した。

教育の質を担保することなく、無尽蔵に養成機関を増やし、賃金や待遇が上がらないまま、福祉従事者を増やしてしまった。

国家資格者も乱造され、そのスキルや知識が社会に貢献できるレベルに達しているとも言い難い。

多くの方に東京福祉大学の事例から、福祉専門職養成の課題や深刻な学生不足の実態に注目が集まることを願っている。