東日本大震災の被災者支援で役立ったSNSと日常からの地域活動

福島第一原発周辺から避難してきた福島県民@さいたまスーパーアリーナ(写真:Christopher Jue/アフロ)

福島第一原発事故と近隣住民の避難

2011年3月11日。

誰も忘れられない東日本大震災、福島第一原発事故が起こった。まさに未曽有の大災害であった。

震災後、福島第一原発事故の経過が明らかになるにしたがって、原発の近隣住民が全国各地に避難を始めた。

埼玉県も被災者、避難者の受け入れを表明し、緊急一時的にさいたまスーパーアリーナを開放して緊急避難所にした。

さいたまスーパーアリーナと言えば、首都圏でも有名な大規模イベント会場である。

現在は平穏を取り戻すさいたまスーパーアリーナだが、当時は今後の生活に不安を抱える福島県民の皆さんが多数おられた。

双葉町、大熊町、楢葉町、浪江町、いわき市など福島県内の各地から必死に避難され、ようやく安堵の表情が見られた様子もあった。

当時の僕のツイートによれば、2011年3月19日午後2時現在で、約1050人がさいたまスーパーアリーナにバスや自家用車などで到着し、避難生活を送られていた。

その後も続々とテレビやラジオ、ネットニュースやSNSの情報を頼りに、避難してくる方が大勢いて、避難所は着の身着のままの避難者であふれかえる状況だった。

役立ったSNS(Twitterでの情報発信)でのボランティア、寄付募集

埼玉県社会福祉協議会もボランティアセンターを立ち上げ、埼玉県もバックアップに動いたが、現場は大混乱だと言ってもいい状態だった。

食料品、乳児用ミルク、生理用品、衣類、医薬品など当初から、必要なものが足りない事態に陥った。

普段は生活困窮者支援などに奔走してきた仲間とともに、僕たちも震災支援ネットワーク埼玉(代表:猪股正弁護士)を立ち上げて、支援活動に入っていった。

そこで役立ったのはTwitterなどのSNSである。正直なところ、当初はここまで拡散効果があるとは思っていなかった。

例えば、現場の状況、窮状を伝えるだけで、寄付が全国各地から集まり、ボランティアに駆けつけてくれる人々も大勢いた。

Twitterでも当時の臨場感が伝わってくる。

すでに避難所では様々な要望が聞かれ始めていて、対応する人や物資が不足する状態だった。

情報発信を始めるとボランティア登録も進み、活動の広がりが見られ始めた。

このように、多くの方に協力を求めながら現場から直接発信できるSNSの効果は絶大で、弁護士などの法律家や医療・福祉関係者も多数協力いただいた。

今後も大規模災害が発生した際には、SNSを活用しながら支援や協力を求めていくことが重要であり、より拡散力を有するために、日常から取り組みをこまめに発信しておく必要性も実感している。

また、SNSは記録としても残り続けるため、当時の人々がどのように活動したのか、振り返ることも可能である。

SNSについてはデマ情報も飛び交うが、適正に利用すれば、大きな力となることは確信を持てた。

日常の生活困窮者支援のネットワークの活用

このように、さいたまスーパーアリーナへ、町ごと避難しなければならない非常事態だったとき、その相談や支援にあたったボランティアを集め、協力要請に奔走したのは生活困窮者支援にともに取り組んできた法律家や福祉関係者、NPO関係者だった。

前述した震災支援ネットワーク埼玉(代表:猪股正弁護士)もいち早く立ち上がり、避難者の実態調査や法律・生活相談を開始し、埼玉県への支援要請もはじめた。

避難所では緊急一時的とはいえ、老若男女問わず、様々な人々が生活をしていた。

受け入れ態勢も整備が遅れたため、支援現場は混乱が続くこととなる。

なかには避難所で夜間帯に性被害や性暴力が発生したという報告もあった。これも現場で声を聴き、配慮を求める要望をおこなった。

その後も相談を受けながら、早期にさいたまスーパーアリーナからより安定した住居に移れるように折衝が続いていく。

相談としては他にも、新築の住宅ローンをどう返済するのか。今後の住居はどうしたらいいのか。住宅、ローン返済に関する相談が相次いだ。

経済的な支援は東京電力からどれくらい受けられるのか、という相談も多かった。そのつど、法律家が代理人となって賠償請求や交渉なども始まっていった。各銀行や政府にもローン返済猶予や特別措置を求めて要望などを続けていくこととなった。

これら現場で解決した事例などをチラシにして、避難所で配布をしたり、さらに相談を受ける、という取り組みを続けることが出来た。

このような専門家の連携やボランティアの連携も日常的につながりがあったからこそ機能したのだと思う。

震災支援ネットワーク埼玉の猪股正弁護士は、日ごろから「日常での地域活動がいざという時に役立つ。生活困窮者支援などで出会ったつながりがボランティアや寄付活動を強化したし基盤となった」と述べている。

埼玉では2006年頃から生活困窮者支援や貧困問題に取り組む反貧困ネットワークが結成されていた。

そのネットワークを基盤に多くの専門家などが結集し、現在まで続く震災支援のネットワーク化まで進んだ。

震災が起こった際に見ず知らずの人々と活動を始めるよりも、これまでのつながりがある人との活動の方がやりやすいだろう。

そのためには、日常の地域活動、ボランティア活動、自治会活動などが大事であり、そこへの参加は非常事態への備えにもなることを教えてくれたと思う。