お金持ちは月旅行の前にアフリカやインドに行けーお金の使い方は持っている人の自由ではないー

月旅行の前にアフリカに行く必要!?(写真:アフロ)

「月に行くなら社員の給料を増やせ」の影響

このところ(株)ZOZOの前澤社長をテーマに取り上げながら、日本社会の雇用状況の劣悪さ、ワーキングプア問題、富の偏在など日本の解決すべき課題について配信を続けてきた。

多くの方に日本の解決すべき課題について知ってほしいし、考えてもらいたいだけでなく、わたし自身が16年間、生活困窮者支援の現場から日本の貧困と格差の悲惨さを見せつけられてきたからだ。とても先進国だと世界に誇れるような国ではない。

1月26日に配信した「月に行くなら社員の給料を増やせ」は的外れ、というのも的外れー企業に対する労働者の要求は自由であるという記事への反響も様々なところから起こっていてありがたい。

先日も労働者の実質賃金が減る一方、好景気が長期間続いている旨の報道があったばかりである。

わたしたちのもとでも、景気がいいからワーキングプアや生活困窮者からの相談が減るという現象も見られない。

多くの人々が生活にカツカツな状態が続いている。

一方で、労働者や国民生活を尻目に、凄まじいまでの利潤をあげている人々や企業が存在するのも事実である。まさに画に描いた好景気だ。

彼らの景気の良さは、社会に発信してくれなければ分からなかったことだが、民間人で月旅行も可能な富を得ている人までいるという話だった。見ず知らずの人にお年玉も1億円配れるし、何でも購入することが出来る。

そもそも、これらの個人資産を従業員に分配してはどうか、特に非正規労働者の待遇改善をすべきではないか、お金の使い方が違うのではないか、と異議を申し立ててきた。

これはZOZOTOWNの非正社員比率は67%ー派遣や非正社員に過度に依存する企業体質からの脱却をーでも指摘している。参照いただきたい。

これらの異議申し立てに対して、それは的外れだという批判をいただいたことが契機となった。

批判者はやはり個人資産などどう使おうが自由だと述べる。自分の力で得た金なのだから、と。

この批判はいろいろなところで聞くし、あたかも正しいかのように受け止められる。大半の人はそう思うだろう。

社会通念、社会規範として根付いているといってもいいかもしれない。もちろん法律も個人資産を何に使うか制限などかけていない。

しかし、その論調に異議を呈してくれた方がいる。

月に限らず、宇宙政策にかかわるNASA研究者の小野雅裕氏である。

 

政府やお金持ちが大金を宇宙に注ぎ込む大義はどこにあるのか?

小野氏はわたしと同じ1982年生まれで、大阪生まれ、東京育ちだそうだ。

2005年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。2012年マサチューセッツ工科大学(MIT)航空宇宙工学科博士課程および同技術政策プログラム修士課程終了。慶應義塾大学理工学部助教を経て、現在NASAジェット推進所に研究者として勤務している。

彼のメッセージ全文をお読みいただきたい。

これは宇宙に携わる者が真剣に向き合うべき問題だと思う。

いまも貧困や飢餓で子供たちが死んでいる中で、政府やお金持ちが大金を宇宙に注ぎ込む大義はどこにあるのか?

的外れと言う前に、宇宙を目指すみなさんは一度立ち止まって、なんならアフリカかインドにでも一度バックパックして、向き合ってみてください。

お金の使い方は持っている人の自由?そうじゃないと僕は思います。

【追記】コメント欄に「天才に投資するってことです。アホに金配っても消費にしか回らないということ」という意見をみて背筋が凍るような思いがする。弱者同士が助け合いながら生きるのが社会であり、大規模な社会を持ったことが人類の成功の要因。それを否定するということはつまり、人類1万年の文明の歩みを全て捨て、野生に戻れと言うのと等しい

幸運にも成功した人が不幸にも成功しなかった人を助けなければ、幸運にも才能に恵まれた人が不幸にもそうではなかった人の声を聞かなければ、人類文明は終わりです。

出典:小野雅裕 2019年01月28日

わたしは同年代の日本のエリート階層出身者から、ここまでストレートで強いメッセージ性のある言葉が出てきたことに驚いた。

同様に、Twitterのまとめサイト「NASA技術者の小野雅裕氏のZOZO問題関連の発言が話題になってる件」でも彼に対する称賛があふれている。

 

月に行く前にアフリカやインドに行け

残念ながら、いまの日本社会は「勝ち組・負け組」という言葉が象徴するように、勝った者が正義であり、富や資産を何に使おうが自由だという思想が広がっている。

非正規雇用をどれだけ生み出して、ワーキングプアを創造しても関係がない。

むしろ、それらの労働者は努力が足りないから仕方がないと切り捨てる傾向も強い。

好景気を社会全体で分かち合って喜びを共有しようというのではなく、一部の人々だけが幸せを享受し、努力していないと見なされた者は排除すればいいらしい。富や資産を得たければ努力しろ、ブランディングしろ、という。

お金持ちが築いた富や資産の形成過程がどうであろうと、世界や社会がどのような状態であろうと、それらを得た人々が正義であり、努力していないと見なした者の意見に聞く耳など持つ必要がないかのようである。

小野氏の指摘が秀逸なのは、そのような野蛮な資本主義社会は衰退するということを警告している点にある。

「弱者同士が助け合いながら生きるのが社会であり、大規模な社会を持ったことが人類の成功の要因。それを否定するということはつまり、人類1万年の文明の歩みを全て捨て、野生に戻れと言うのと等しい」という。

現在の日本社会は、自殺率の高止まり、人口減少、少子化、経済成長の停滞、長時間労働と低賃金、常態化する差別と人権侵害、貧困と格差の拡大など社会が疲弊しきっている。弱者同士の人間が支え合うことを忘れた社会と言えるだろう。社会統合の危機だともいわれている。

このような社会になると人々が相互に共感することができなくなっていく。

相互に共感できなければ、支え合うことに意義を持たないし、人や社会に関心など寄せる必要もない。

その場合の他者とは、単なる競争相手か敵対する者、居てもいなくても関係ない者にしかなり得ない。

「辛かったね」「痛いよね」「苦しいよね」という共感や受容は、社会の構成員のわたしたちに最低限必要な力であるはずだ

小野氏の「宇宙を目指すみなさんは一度立ち止まって、なんならアフリカかインドにでも一度バックパックして、向き合ってみてください。」という言葉にも、社会を構成する一員として社会勉強すべきだと痛烈な批判が見て取れる。

アフリカやインドでなくてもいい。日本で生活している人々の貧困や生活困窮の現場も凄惨である。学び直してみても遅くないはずだ。

これら小野氏のメッセージにわたしは完全に同意する。

難しいことは何も言っていない。人間として最低限必要な他者への共感や受容を取り戻すだけだ。そのうえで行動をしてほしい。

いまはあまりにもひどい弱肉強食の社会であり、このような衰退する社会は後世に引き継げないとすら思っている。