2015年6月に出版された「下流老人」は、12月20日現在、20万部を超える発行部数を記録している。驚くことに2015年の新語・流行語にもノミネートされた。今年を象徴するキーワードにしていただいたことに感謝している。

思い返せば、年末は様々な貧困に関連するイベントが行われてきた。2008年末には、リーマンショックの影響で、いわゆる派遣切りに遭った派遣労働者が日比谷公園で過ごす「年越し派遣村」がクローズアップされた。今年も各地で年越しに困難を抱える人々のための生活相談会が開催されている。

貧困問題は、発見されては忘れ去られ、そしてまた再発見されるという状況を繰り返している。そのようななか、高齢者の貧困を今年「見える化」できたことは非常に大きな成果だった。何かと貧困問題に注目が集まりやすい年末だからこそ、「下流老人」について改めて再考してみたいと思う。

企業や家族に依存してきた貧困対策の弱さが露呈

わたしが定義する下流老人とは、「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」である。乱暴であるが、首都圏では単身の生活保護基準は、生活扶助費(8万円程度)と住宅扶助費(5万円程度)で、概ね13万円前後である(※世帯の状況にもよる)。介護や医療サービスは必要最低限のものが現物で給付される。納税や各種支払いを減免されることもあり、額面上の支給よりも様々な権利が享受できる。これは生活保護に「最低生活保障」や「ナショナルミニマム」という理念があり、人間が健康で文化的に暮らす水準を規定しているためだ。要するに、日本において人間らしい暮らしを送れる最低限の水準なのである。

当然ながら、年金支給基準はそれほど高くないし、国民年金だけであれば満額でも月額6万5千円程度である。生活保護基準が高いのではなく、年金だけでは老後を暮らす上でのセーフティネットが弱いということだろう。本来は年金だけで暮らせるわけはなく、付加的な社会保障として、住宅や医療や介護などを現物や現金で給付する政策も必要だといえる。企業の福利厚生(退職金や企業年金、社宅など)や家族相互の扶助に依存してきた政府の貧困対策の弱さが露呈したといえよう。

さらに、現在の高齢者人口は約3,400万人で、その年齢層の相対的貧困率は約20%である。年間所得にすれば、1人世帯で120万円程度、2人世帯で170万円程度の収入しかないと相対的貧困状態に該当する。すでにその人口は約700万人存在することがわかる。

このような年金などの収入が低いことと併せて、貯蓄額が少ないことも特徴としてあげられる。高齢者はお金を持っているイメージがあるかもしれない。しかし、他の世代と比べれば多いが、大半の高齢者は預貯金が少ないか、保有していない。約20%の高齢者が貯蓄ゼロ世帯であり、500万円以下では40%程度が該当する。

そのようななか、生活に困窮して相談に来られる高齢者は後を絶たない。以下で具体的な事例を紹介しよう

離婚や子どもの病気…“想定外の事態”で苦境に

<熟年離婚の末に・・・>

夫婦仲の険悪さが続いていた69歳の女性は離婚したことをきっかけに貧困に至ってしまう。2008年の法改正では、離婚しても夫の年金を分割してもらえるようになり、離婚を決意する高齢者が増える一方、その後の生活が成り立たない人々が増えている。

夫の年金額は、厚生年金16万円程度。女性は専業主婦で国民年金のみなので約6万円である。2人合わせると約22万円であり、持ち家があるので、医療費などがかかりつつも、なんとか暮らせる水準だった。

しかし、協議離婚になり、夫の厚生年金と女性の国民年金を分割してみると、夫が14万円、女性は8万円程度であり、二人とも生活に困難を抱えてしまう。

8万円の年金で一人暮らしを始めても家賃を払うと生活が困窮することが理解できるだろう。女性には持病があり、医療費もかかるため、預貯金や資産分割した金銭も使い果たし、相談に来られた。生活保護申請するなど、手続きをして生活再建に取り組んでいる。

このように熟年離婚は、リスクが高いといえる。特に、高齢期を単身で過ごす場合は注意が必要だ。統計的にも、高齢男性のみの世帯の相対的貧困率は38・3%、高齢女性のみの家庭では52・3%である。要するに、単身高齢者の貧困率は上昇する傾向にあり、困りやすいともいえる。

<息子が統合失調症に。少ない年金で援助する・・・>

別の78歳の男性の年収は50歳代後半に約800万円あったそうだ。埼玉県の郊外に、持ち家もあり、厚生年金などを夫婦2人で月額25万円程度支給されている。問題は息子さんが20歳代後半に、重い統合失調症と診断され、一切働けなくなったことだ。

息子さんはもともと人間関係も苦手だったらしく、それでも頑張って大学卒業後にIT企業の事務作業に長時間従事していたそうだ。療養費や医療費もかかるため、25万円の年金では、3人が生活していくことは難しいと悩んでいた。予想以上に長期の療養生活になっている息子さんのために、退職金や預貯金も底を尽きかけており、いつまでこの生活が続くのか不安が消えない日々を送っている。当然、大学で借りた奨学金の返済も両親の年金から支払っている。

非正規雇用やブラック企業のニュースが連日世間を賑わせているが、このようなニュースと高齢者は無関係ではない。雇用が悪化すると、その現役世代を援助せざるを得ない家族も困窮する要因となる。全労働者の約4割が非正規雇用であり、不安定なうえ生涯賃金も低い。自分の力だけでは生活が成り立たないので、親世代が同居したり、生活費を補てんして支えている構造がある。

消費税以外の税の再分配のあり方を議論すべき

この誰でもなりえる「下流老人」の増大による悪影響は計り知れない。老後に不安を抱える人々が起こす行動は何だろうか。貯金や節約である。個人消費が伸びないことはいうまでもない。今年、過去最高益を記録したトヨタ自動車は象徴的な存在だ。このトヨタ自動車は足元の国内需要が伸び悩んでいる。本来、現役世代は消費意欲が旺盛だが、老後に不安を抱えるならば、自動車を買わないし、買えない。あるいは買い替えられないのである。

他にも家電製品メーカーや量販店など、個人消費が伸びていない産業をあげればキリがないくらいだ。まず経済成長を考えるのであれば、アベノミクスなどの経済政策と同時に、国民の不安の解消として、社会保障の整備をおこなう必要があることは言うまでもない。真剣に消費税以外の税の再分配のあり方を「財源がない」とサボらずに議論してほしい。負担すべき者が負担を免れては、社会が再生産できなくなってしまう。これは深刻な少子高齢社会を見れば明らかである。

「下流老人」という言説への批判への応答

最後に、「下流老人」という言葉が階層を生み、差別を生む恐れがあるので使用を控えるべきだという批判(2015年10月11日北海道新聞)が少し前に淑徳大学の結城康博教授よりあった。「低所得高齢者」や別の言葉に置き換えるべきではないかと。簡単に応答しておきたい。

わたしは「下流老人」という言葉にこだわりを持っている。日本における階級や階層が見えにくくなり、漠然とした中流意識を多くの人が持っている。多くの大学でも労働階級論や階層論などを、教授しなくなって久しい。ふとしたきっかけでそれらの人々は「下流老人」に至ると指摘してきた。

結城氏が指摘する以前に、すでに世代内に厳然と階層はある。貧富の是認しがたい不公正な格差や不平等も著しい。それにも関わらず、あたかも貧困に至ったのは「自己責任」と言わんばかりの差別的な対応が横行している。介護保険料を支払っても特別養護老人ホームに入所できない。全国で50万人待ちである。富裕層は月額30万円程度でも有料老人ホームに入所することは可能だ。要するに、今現在でも金がなければ悠々自適な老後は送れないのである。それも大半の高齢者が該当する問題である。高齢者の間で基礎的に必要なサービスである介護ひとつとっても、富は公正に再配分されていない。

この事実を知りながら「かわいそうだから」と現状を突きつけずに目をつぶるのか。それとも階級や階層を意識して、社会構造や社会保障制度を改変し、富の再分配をするように声を上げる主体になってもらうのか。高齢者や次世代の高齢者自身が問われているだろう。わたしは「下流老人」という言説を活用し、それをきっかけにして問題に気づき、多くの方が漠然とした不安を政治や政策に反映させてくださることを心から願っている。