「最低賃金」と「生活保護基準」の「逆転現象」は解消されていない!-用いられる「生活保護基準」のウソ-

厚生労働省は7月15日の中央最低賃金審議会小委員会で、国が定める最低賃金(時給)で働いた場合の手取り収入が生活保護基準を下回る「逆転現象」は起きていないという調査結果を示したそうだ。

毎年、この時期になると最低賃金と生活保護基準を比較して「上がった」「下がった」と一喜一憂する。

今年はこの「逆転現象」が解消されたそうだ。

だから例年より大きな取り上げ方もされない。

「最低賃金が生活保護基準よりも上だったんだからよかったじゃない」で済むのだろうか。

「そんなバカな事があるか」と絡んでみたい。

このような報道で「最低賃金が上がってよかった」と安堵するなら大間違いだ。

端的にいって企業と厚生労働省に上手くだまされている。

結論から言えば、「最低賃金は依然として低いまま」であり、実質的な生活保護基準と比較したなら、最低賃金の方がはるかに低い。

そんなにしてまで、「労働者に賃金を払いたくないのか」と辟易してしまう。

今回は少し彼らの「だまし」の手口の一端を明らかにしてみたい。

<最低賃金と生活保護基準はどう比較されているのか>

まず最低賃金は文字通り、人々が働いて得られる最低の収入である。

全国平均にすると780円である。

この基準で普通に働いた場合(週40時間)として計上される賃金を指す。

ただし、ここには祝日や夏季休暇、年末年始休暇などは含まれない。

そのため、実際には最低賃金労働者は、この水準通りには働けていない場合も多い。

だから、これらの所定の休暇を入れて計算すれば、実質の最低賃金はもっと下がるはずである。

他にも最低賃金を意図的に引き上げる算定方式の数々があるが、詳しくは長くなるので触れない。

そして、一方で生活保護基準は8つの扶助がある。

このうち、最低賃金と比較対象にされるのは、「生活扶助」と「住宅扶助」の2つである。

この2つの金額を合計した基準と最低賃金を比較している。

しかし、こちらの算定方式にもカラクリがある。

特に住宅扶助基準の算定方式はメチャメチャである。

住宅扶助基準の上限額(東京23区では53,700円)で計算されるのではなく、「住宅扶助実績値」という計算方式が採用されている。

生活保護受給世帯の住宅扶助相当分を計算して平均した値である。

実績値で計算すれば、資産価値がない古い持ち家に住んでいるため、家賃がかかっていない生活保護受給世帯は「0円」となる。

これらも含めた平均値であるからデタラメな数字といえる。

他にも生活扶助費の算定方法がおかしかったり、生活保護世帯の就労控除が不算入になっていたり・・・。

もうとにかく少し公的扶助を研究したら突っ込みどころ満載なのである。

難しい話はやめたい。

要するに、この手の話が出てきたら、大事なことは「最低賃金」は高く算定され、「生活保護基準」は低く算定されるように仕組まれている。実生活とは乖離しているにも関わらず。

今回の「逆転現象」が解消したと報道されているのは、この算定方法による前提であり、何ら意味のある資料ではない。

しかし、この資料を根拠にして、企業側が何かを主張するのであれば、「最低賃金は低くない。賃金は上げる必要はない。」ということになるだろう。

「結論ありきの提言」がこれから企業側より上がってくることを今から予想しておきたい。

<最低賃金と生活保護基準はそもそも単純に比較するべきものではない>

そもそも最低賃金には、生活保護制度のように「最低生活保障」という機能がない。

生活保護制度は、憲法25条によって、健康で文化的な最低限度の生活でなければならない水準での保護が要請されている。

一方で、最低賃金には、労働者の生活の安定などの目的はあるが、「最低生活保障」の水準でなくてもよい。

最低賃金と生活保護基準は、そもそも機能の違いからも、単純に比較することが間違いなのである。

ただ、そうはいっても生活保護基準は一般的に「ナショナルミニマム」と呼ばれ、「国民が最低限度の生活をするためにはいくら必要かを具体的に明らかにしている公的な唯一の指標」であるため、よく比較に利用される。

年金支給基準などとも比較されるし、就学援助制度の基準など、多くの社会保障支給基準の比較対象となるものだ。

そうであれば、正しく生活保護基準と比較して欲しいのである。

生活保護制度には、先ほど書いたように、8つの扶助があり、医療や介護は現物で支給される。

他にも公課禁止(税金免除)など諸権利もある。

一方で、最低賃金労働者にはそれら他の給付はないし、年金や健康保険料、税の支払いもある。

可処分所得ベースで比較した場合、生活保護世帯の方がはるかに最低賃金労働者の所得を上回るのは当たり前の話である。

<生活保護基準を引き下げて意図的に「逆転現象」を解消させた厚生労働省>

このように書くと「生活保護基準が高すぎる」「働くのがバカらしくなる」という話になる。

その通りに議論を進めていくと、不公平だから「生活保護基準を引き下げよう」という結論にいくのだろう。

実際に生活保護基準が様々なものと安易に比較され、3年間で約10%の生活扶助費が削減された。

2015年7月からは、さらに住宅扶助費まで削減(特例措置や経過措置あり)された。

これから冬になった場合、暖房費(冬季加算)も削減される予定だ。

他にもちょこちょこと削減がひっそりと続いている。

そうなるとどうなるのか。

先進諸国と比較して、最低賃金は大して上がっていないにも関わらず、「逆転現象」の解消を図ることができる。

筋書き通りである。

生活保護バッシングを巻き起こし、国民に「生活保護基準は高い」と叫ばせれば、最低賃金も上げなくて済むし、政策的に介入しなくても済む。

そして、労働者の賃金は底上げされていくインセンティヴが働かなくなる。

「生活保護基準と比べて、そんなに違いはないから賃金は上げなくてもいいだろう」という意見が容易に出てくる。

「生活保護を叩けば、賃金は上がらない」のである。

<生活保護が高いのではなく、最低賃金が低すぎるのである>

イギリスやフランスなど時給が1,000円を超えるのは当たり前の諸外国と比較してみても、日本の最低賃金が低いことは以前からずっと指摘されている。

グローバル化の国際競争のなかでも、こんなに低賃金で働かせる国は珍しい。

その最低賃金と生活保護基準を比較し、それを根拠にさらに「生活保護を下げて、最低賃金を上げない」とするのは愚策という他ない。

最低賃金はまだ余裕で引き上げられるし、生活保護基準は高いわけではない。

最低賃金で働く労働者は消費意欲も高い。

高所得者より低所得者のほうが活発な消費行動をとるとされている。

これらの層に金銭を回らせることが日本経済を立て直す上でも重要だといえるだろう。

最低賃金を上げ、生活保護基準を引き下げない。

この方針がいまの日本に必要とされているのではないだろうか。