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大学生の創造性を奪う「自分らしさ地獄」と大人への忖度

藤代裕之ジャーナリスト

『いまの若者は社会課題に関心が高いので感心します』『なんか社会課題に関心があると言うわりに、自分ごと感がないんだよね』。どちらも日本を代表する大企業の方の発言です。まるで違う反応ですが、実は問題の根っこは同じです。その原因をひとまずは「自分らしさ地獄」と呼んでおくことにします。

学びを通して「何者かになる」時代

これまでの記事で「レジャーランド」と呼ばれた大学が変化していること、学びを通して「何者かになる」ためには、かつての大学生たちが「レジャーランド」時代にアルバイトやサークルに打ち込んだように、学びに打ち込む必要があり、保護者にその準備が圧倒的に足りていないことを指摘してきました。

これ以外に、変化している中高教育にも要因があると考えています。

大人の正解を「当てに」くる学生

筆者の勤務する学科は「メディアを通した社会課題解決」を掲げており、表現に興味がある学生も、社会課題に興味がある学生も入ってきます。

いまの学生は大人が興味がありそうなことを上手に表現します。なかなかいいこと言うわけです。

社会的な課題に興味があるというのは、表現者としては条件が良いわけで「お!見込みがありそうだ」と思って色々突っ込んでいくことになります。「なぜ、興味を持つようになったの?」「そのきっかけは?」。そうすると、だんだん無口になり、顔が歪んでいくのです。

実は特に問題意識などないんですね。ゼミを挫折した学生に聞くと最大の要因が「先生の正解を当てに行ったけど、全然分からないので疲弊する」というのです。最初は驚きました。「表現したいことがあるから、この学科に来たのでは?」と。

詰め込み脱却が「忖度」教育に

原因を探っていくと、いま中高で起きていることに突き当たります。

自ら調査し、考える、能動的な学習であるアクティブラーニングが広がっています。これは学びを通して「何者かになる」ことと言えるでしょう。

方向性はいいのですが、善意の方が多い中高教員や連携先の地域や企業の皆さんが、生徒たちに「自分が考えている社会課題」を言わせようとするわけです。いや、言わせようとするというよりも、そういうことを言ったほうが大人が喜ぶというのを生徒は知っているのです。

「地域には若者と高齢者が一緒に学べる図書館が必要です!(キリっ)」とかプレゼンすると「素晴らしい!」と褒めてくれます。ちょろい大人は騙されてるんですよね。で、そういう活動に熱心に取り組む生徒は真面目だから、大人から「社会学部に向いている」とか「ジャーナリストになればいい」などと言われて、そのままやってくる。

キャリア教育も進んでるので「何者かにはなりたい、ならなきゃ」と思っているし、焦っているところもある。中高でこういう経験をすると、表現者になれると思ってやってくるわけですね。自分らしさが、大人への忖度にすり替わっているにもかかわらず…。

この経験のまま大学に来ると「え?え?先生が好きそうなこと言ってるのに、ぐいぐい内側に入ってきて、怖い、キモい、うわーーーー」となって折れるんですよね。ポキ。

これまでの詰め込み型教育を批判され、やれアクティブラーニングだ、やれプログラミングだと、次々と新しい取り組みをやらなければいけない先生方には本当に頭が下がりますが、ミスマッチは否めません。

「忖度」したほうが得。だって企業もね

大学は高校とは違い、自ら考え、答えのない世界に挑む場所であり、あらゆる学びが「クリエイティブ」です。つまり表現者であるとも言えます。表現者とは、ジャーナリストやコピーライターだけでなく、新規事業とか新しい価値を作ろうとしている人たち、も含みます。

やっぱり、表現者になるというのは大変なんですよね。だから、忖度したほうが楽だし、実はそうしたほうが美味しいということも学生は知っています。特に就活で有利です。面接官もちょろいのです。

冒頭の『いまの若者は社会課題に関心が高いので感心します』は騙されてる人。『なんか社会課題に関心があると言うわりに、自分ごと感がないんだよね』は忖度に気づいてる人です。その企業が社会課題を打ち出しているから、そう装っているだけ。正解を当てに来ているだけ、なのですね。

企業もオリジナルな製品やサービスを生み出す必要に迫られている、キャッチアップじゃあ困るわけですよね。でも、実は企業側も全然考えていなかったりします。

日本の大企業は学歴を最重要の選考基準に、受験社会が“製造”したマックジョブ型人材を好んで採用し、終身雇用制度とプロパー重視のキャリアビジョンによって大事に抱えてきた。大企業に籍を置く方であれば周囲を見回してみるといい。正確に効率よく定型的業務をこなす真面目な同僚はたくさんいても、突拍子もない発想を持つ型破り人材は少ないのが分かるはずだ。

 そんな状況で、定型的な業務が減りクリエーティブ業務が増えれば、企業は人材を外から採ってくるしかない。現存する多くの社員は、創造性の高い仕事は苦手なのだから。

出典:「歳だけ重ね人材」量産のメカニズム 持て余されるプロパー社員

大手企業の人たちが言う「変わった人」というのは、誰かが評価した「変わった人」であり、本当に「変わった人」ではないのですね。SDGsが話題になったら急に「我が社はSDGsです」とか言って、バッチとか襟につけちゃったりして、「昔ブータン、いまポートランドにSDGs」ですよ。

大人が感心する意見を疑う

学びを通して「何者かになる」という方向性はいいのですが、大人の自己実現と若者の承認欲求が合わさり「自分らしさ地獄」を生んでしまっているのです。

生徒たちに、学びを通して何者かになってほしいなら、正解を当てに来ているのではないかと疑うことが必要です。感心するようなプレゼンをしたら、まず疑うべきです。そして問題意識が本人から生み出されているか、丁寧に確認していく必要があります。大人の関心ではなく、生徒の関心を伸ばしてほしいのです。

ここまで保護者や中高の教育について述べてきましたが、もちろん大学の教育にも多くの問題があります。表現者として次代を担う創造性のある人材をどう育てるのかという工夫もしてきました。それはまた別途、書いてみたいと思います。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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