Yahoo!ニュース

フジテレビ「ネットのウソ情報放送」BPO委員長談話が示す制作現場の深刻な劣化

藤代裕之ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会の川端和治委員長が9月14日、フジテレビがネットのウソ情報を放送したことに対し、制作現場でネット情報を利用する際の注意喚起の談話を出しました。この談話、いまの制作現場の状況だと厳しく言っても裏付け取材は実行しない、といった驚きの内容となっており、テレビの制作現場で深刻な劣化が進んでいることが伺えます。

研修していたが実践できなかった

談話は、ネット上の情報を番組制作で利用することは、「現在の社会では避けることができない」と位置づけ、リテラシーを高める実践的な研修と、疑問を提起できる制作体制と職場環境の構築が必要と結論付けています。ただ、そこまで至る途中の事例の内容も含めて、情報を扱うにはあまりにずさんなテレビの現場が浮かび上がってくるものになっています。

例えば、宮崎監督の引退宣言ウソ放送では、Twitter上でユーザーがボジョレーヌーボーの宣伝文句をパロディにしたもの(例えば、13年風立ちぬ「出来は上々で申し分の無い引退のチャンス」というもの)やネットニュースサイトの「ビジネスジャーナル」の文言を混ぜるなどして作成しています。このような方法の問題に、フジは放送後の検証でもまったく気づいていないと思われる、というのです。

また、ガリガリ君のパッケージの場合は、担当局では「確認もせずにネットの画像を使うのは、落ちているものを拾って食べるのと同じこと」と強い言葉で研修をしており、ディレクターはネットにアップされた画像の利用の許諾や真偽確認の必要性は理解していたもの、実践できなかった、としています。

フジテレビは一体どうなっているんでしょうか…と思わざるをえない内容です。しかしながら、本案件はBPOの審議対象となっていません。その理由もまた驚きなのです。

審議しなかった驚きの理由とは

その理由は、フジが「直ちに訂正と謝罪の放送を行い、過ちが発生した経過と原因を検証した上で、再発防止策を講じている」ことです。

しかしなが、フジはこれら2件のウソ放送だけでなく、熊本地震でのショッピングモール火災、東武東上線脱線現場の写真、豊洲市場の地下柱の傾き、などネットの情報を鵜呑みにしてウソ放送を連発しています。構造的な問題があると考えるのが普通ではないでしょうか。

さらに、BPOは放送した情報が重大ではないとも言ってます。

誤った内容は、過去に何度か引退表明と撤回を繰り返したことが広く知られているアニメ映画監督についての事実ではない引退宣言集と、珍しい味が売り物のアイスの実在しない味のパッケージ画像であるから、それ自体はそれほど重大とは言えない。

出典:インターネット上の情報にたよった番組制作について(BPO)

これはさすがにBPOの考えを疑います。前言撤回を繰り返す有名人や珍しい製品を作っている企業だったら、ウソを放送しても重大ではないというのでしょうか。

禁止事項を並べても現場は実行しない

その上で、談話は対応について触れています。

そうなると裏付け取材が必要となるが、インターネット上の情報は容易に拡散されるという特質があるから、いくら同じような情報が他のサイトにあっても、その数は真実性の保証とはならない。従って裏付けはインターネット以外の場で行わなければ確実ではないということになる。しかしそれには時間と手間がかかるので、テレビ番組の制作のように時間の制約がある場合には、なかなか実行できないであろう。現に、このフジテレビの事案でも「納品期限」が優先されてしまっている。

この事案が示したように、いくら包括的な禁止条項を並べても、それが制作現場の実情に合わなければ実行されないのだから、まず必要なのは、制作現場の担当者が、その情報自体について、疑わしいのではないかというレベルの判断ができる能力ではないだろうか。その疑問が持てれば、追加取材をしたり、社内の専門家に問い合わせをするだろうし、その余裕のないときには、このままでは放送できないという判断ができるようになるだろう。

出典:インターネット上の情報にたよった番組制作について(BPO)

要するに、研修しても、分かっていても、情報の確認は手間がかかるから制作現場は実行しない。にも関わらず、リテラシーが高まる実践的な研修を行えば「なんとかなる」と結論付けるのは、論理が破綻しているのではないでしょうか。

BPOの存在意義を疑う

この談話は「番組制作にあたってインターネット上の情報を利用するときに起こりがちな問題点について注意喚起するために」フジの事例を参考にしてテレビ局全般に向けたものです。それがこのような内容になっているということは「情報を確認する」という基本的なことすら期待できないほど、テレビの制作現場の劣化は深刻ということなのでしょう。

しかし、このような問題は分かっていたはずです。個人的にも劣化は実感していたので、業界紙のGALACに警告を込めた記事を昨年9月に執筆しています。

背景には、簡単にニュースが作れるネタ元として、ネットを利用しようとするテレビ制作者のリテラシーの低さがある。

出典:テレビが”ネット炎上”を加速する(GALAC)

いま、フェイクニュースの裏には国家的なプロパガンダが含まれていることも明らかになっています。そのプロパガンダはBPOが言うそれほど重大ではないものに隠れているかもしれず、欧米では政治家の発言だけでなく、ソーシャルメディアを流れるウソもファクトチェックの対象となる中で、危機感が乏しすぎます。

BPOは放送局から独立した第三者機関であり、強制力はありませんが、「現場が聞かない」というのはBPOの存在意義が問われます。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

藤代裕之の最近の記事