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pixiv論文問題「炎上」とネットメディアの責任 BuzzFeedの記事は適切だったのか

藤代裕之ジャーナリスト
論文を取り上げたBuzzFeed日本版の記事(一部を加工しています)

人工知能学会の第31回全国大会で発表された論文が議論を呼んでいる。本来、論文を起点としてさまざまな意見が交わされるのは望ましい姿だ。しかしながら、建設的な議論が行われる前に、批判や抗議が過熱して「炎上状態」となってしまった。いち早く騒動を記事化したBuzzFeed日本版は、批判的な意見を中心に取り上げ、抗議を煽るような記載もあった。取り上げ方ひとつで、社会に大きな影響を与えてしまうため、ソーシャルメディア上の話題を記事化する際のメディアの責任は重い。BuzzFeed日本版の記事は適切だったのだろうか。

ネガティブな印象が強い記事タイトル

論文は、投稿サイトであるpixiv(ピクシブ)のコンテンツを使い、有害表現のフィルタリング手法を検討するもの。論文では、投稿作品のURLと作者名(pixiv内で利用しているハンドルネーム)を明記していたことなどが問題とされた。

pixivの投稿者への配慮や閲覧制限内のコンテンツを対象としたことなどに関するTwitter上での批判は、Twitterや掲示板、ブログ、動画サイトなどに投稿された一般ユーザーによるコンテンツ(UGC:User Generated Contents)を研究にどう利用していくのかという、AI(人工知能)やビッグデータ時代における研究の普遍的課題へと議論を進めることができたはずだった。

BuzzFeedの記事は一面的な印象を受ける。タイトルに「モラルを疑う」「晒し上げ」「炎上」と、ネガティブなワードを多用している。記事の終盤には『ユーザーからは「ピクシブは大学や学会に抗議すべき」という声も上がっている。』との記載もある。

ソーシャル上には多様な意見がある

そもそも、BuzzFeedが伝えるようにTwitterは批判一色なのだろうか。少し調査してみると様々な意見があることが分かる。

Twitterなどの分析ツールを提供しているユーザーローカル社の「ソーシャルインサイト」を利用し、キーワード「pixiv 立命館」で確認を行った。

当初はネガティブが多いが、26日にはポジティブが上回る=図参照。その違いはわずかで、割合はポジティブは8.7%、ネガティブは6.6%だ。

ユーザーローカル社「ソーシャルインサイト」によるネガポジ分析
ユーザーローカル社「ソーシャルインサイト」によるネガポジ分析

むろん、検索キーワードに関する、ネガティブ、ポジティブが、ダイレクトにTwitterの書き込みを表しているわけではないが、ひとつの傾向として把握することは出来る。

拡散サイトのひとつTogetterでも、多様な観点からまとめが行われていることが分かる。()内はまとめられたとみられる日付(はてなブックマークの登録日を参考にした)と27日15時時点のview数である。

炎上記事でアクセスを稼ぐネットメディア

一部ユーザーの話題を「ネットの話題」としてニュース化するのは、BuzzFeedだけでなくネットメディアの常套手段だ。特に対立を煽るようなタイプの記事は、アクセスを稼ぐ「炎上商法」との批判もある。Twitterで議論が盛り上がる時に、いち早く記事化すれば、アクセスを稼ぐことが出来る。

だが、ソーシャルメディア上での議論は、当初は偏ったものであっても次第に落ち着いてくる。

同じく「ソーシャルインサイト」を利用し、キーワード「pixiv 立命館」でツイート数の推移を調べた。26日になると減少していることが分かる。BuzzFeed日本版の記事は、25日14時15分に公開されているが、togetterのまとめ時間から分かるように既に様々な意見が交わされていた。時間をかけて調査すれば、もう少しバランスが取れた記事になる可能性があったのではないだろうか。

ユーザーローカル社「ソーシャルインサイト」によるツイート数推移
ユーザーローカル社「ソーシャルインサイト」によるツイート数推移

研究だけでなく表現にも影響を及ぼす可能性

むろん「ネットの話題」を多くの人が知るのは意味がある場合もあるが、対立を煽るようなタイプの記事で炎上を加速させると、一面的な意見だけが発表者が所属する大学や研究機関、学会に寄せられ、研究が萎縮する可能性もある。ライターでありリサーチャーの松谷創一郎さんは、この炎上騒動が「前例」となることを懸念する記事をヤフーニュース個人に公開している。

松谷さんの記事は、Twitter上で盛り上がった著作権的な問題、学会による研究手法や倫理の違い、pixivユーザーによる批判の危うさ、など多角的な視点で書かれており、とても参考になる。

松谷さんの指摘は、炎上により、研究だけでなく、一般ユーザーの表現(UGC)にも悪影響があるということだ。記事の最後は『インターネット上の「炎上」状況に振り回されるのではなく、冷静な対話と議論を期待する。』との関係者への呼び掛けで締め括られている。これはBuzzFeedとは大きく異る論調だ。

UGCを使った研究は、AI分野だけでなく、災害情報やメディアなどの分野でも行われている。仮にこの一件で、利用に大きな制限がかかるようになれば、それが前例となり、国内のAI研究、災害研究などに大きく影響するだろう。炎上が他の研究分野にも影響し「延焼」しかねない。

佛教大学社会学部現代社会学の吉見憲二さんは筆者とのツイートのやり取りで

両極の意見が断絶している状況だからこそ、メディアには整理と事実確認に徹してほしいのですが、抗議を焚きつける方向に向かっているのは残念です。

出典:吉見憲二@yoshimi_lecture

と指摘している。「ネットの話題」とはいえ記事の取り上げ方ひとつで、社会に大きな影響を与えてしまうのだ。

BuzzFeed日本版は「抗議を煽る意思は一切ありません」

BuzzFeed日本版の編集部は記事についてどのように考えているのだろうか。問い合わせを行った。編集部からは丁寧な返信があったので、長いがそのまま掲載したい。質問は1)から6)までで、全てに回答を頂いた。

1)本件についてTwitter上は賛否も含め多様な観点から議論が行われていますが、なぜ批判的な意見だけを取り上げているのでしょうか。記事はバランスを欠く、偏ったものに見えます。本記事はどのような意図で執筆されたものでしょうか。

本記事は24日(水)深夜に話題になってから数時間後、人工知能学会側がWebサイト上でPDFを非公開にする判断をとった25日(木)朝の段階で記事執筆をはじめました。「学会がネットで公開していた論文に関して、批判を受けて非公開とした」という点にニュース性があると考えました。記事は、論文の内容、批判のポイントから非公開の流れについて紹介しております。

2)仮にTwitter上では当初、批判的意見が多かったとしても、追記で対応も可能です。pixivの対応だけを追記し、多様な意見を追記しない理由はあるのでしょうか。また、今後追記したり、別の記事を書く予定はないのでしょうか。

現時点で、追記や新たな記事を書く予定はありません。とはいえ、この問題はさまざまな視点で議論の余地があるものです。有識者や専門家に聞くという別の観点から書く可能性は十分にあります。

3)>ユーザーからは「ピクシブは大学や学会に抗議すべき」という声も上がっている。という文言を記事の後半に入れているのは抗議を煽っているようにも見えますが、適切だと考えているでしょうか。

BuzzFeedとして抗議を煽る意思は一切ありません。「抗議すべき」という声が上がっている客観的な事実を紹介したものです。記事の中では「研究・教育利用は通常の著作権よりも広く認められており、「学術的引用」の範ちゅうとも捉えられる可能性はある」点も言及しております。

4)研究論文の執筆者に論文の意図や不備について質問してから記事を公開しても良かったのではないでしょうか。なぜ、大学や学会にいきなり問い合わせを行っているのでしょうか。

冒頭に記したように「学会が公開していた論文を抗議を受けて非公開にした」ことをニュースの主眼としております。そのため、まず第一に学会に取材いたしました。大学への取材に関しては、この当時、ネット上で「大学に問い合わせをしよう」という動きが出ておりました。大学としては直接は論文に関わっていないはずです。その点を私どもの記事で明らかにしておけば、それを読んだ読者が大学に問い合わせる前にその点を確認できると考えたからです。

5)質問4)とも関係しますが、執筆者の話を聞くことなく、いきなり大学や学会に批判的な問い合わせをするのは、研究者個人の自由な研究活動、さらにはウェブ上の表現活動の萎縮につながるという意見がありますが、どのようにお考えでしょうか。

繰り返しとなりますが、論文それ自体ではなく、公開されていた論文を非公開とする点が主眼です。後者について取り上げる中で、前者の中身も触れることになる訳ですが、論文の手法自体に問題があった、「自由な研究活動」として間違っている、という視点で書いている訳ではありません。

「批判的な意見だけを取り上げている」とのご指摘ですが、例えば、本文中で紹介した社会学者の金田淳子さんのご意見は、単純な批判ではありません。学術的な引用のあり方に触れつつ、「同人誌やインターネット上の私人の言動について」触れることに関する研究倫理を問うものであり、今日的な課題です。自由な研究活動、表現活動は大切にされるべきものですが、それは他者を傷つけかねません。その論点を取り上げることは重要であると考えました。

6)BuzzFeedの目標は「人々の実生活と世界にポジティブな影響を与える」であると認識していますが、このような記事は研究活動だけでなく、表現を萎縮させ、社会にネガティブな影響を与えてると思いますが、どのようにお考えでしょうか。

インターネット空間の言論を参照する研究・分析は今後さらに増えていきます。上記のような論点について記事に取り上げ、議論が広まり、深まる一助となれば、それはポジティブな影響であると考えております。

限られた時間の中で報道をしていく中で、毎回、全ての関係者にお話を伺うことは現実的には不可能です。その時々で最善の記事を書くべく、努力をしていきたいと考えています。

ジャーナリスト

徳島新聞社で記者として、司法・警察、地方自治などを取材。NTTレゾナントで新サービス立ち上げや研究開発支援担当を経て、法政大学社会学部メディア社会学科。同大学院社会学研究科長。日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)代表運営委員。ソーシャルメディアによって変化する、メディアやジャーナリズムを取材、研究しています。著書に『フェイクニュースの生態系』『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』など。

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