登山家・栗城史多が出発直前、私に語っていた「夢」と「挑戦」

2018年3月インタビューに応じる栗城氏。写真:ワードアンドセンテンス

 2018年5月21日。エベレスト8度目の挑戦中だった登山家・栗城史多氏(35歳)が亡くなった。

 私は、今回のチャレンジ直前にインタビューの機会を得た。その模様はすでに公開しているが、今回の訃報を受け、未公開部分を中心に再編集をした。栗城氏は8度目挑戦への思い、数々の批判についての正直な思いを語っていた。

(2018年3月都内で出発直前のインタビュー)

ネット上の批判について

 栗城氏の登山スタイルについては賛否両論、様々な議論がある。ネット上の批判に対して彼はまずこう言った。

「まぁしょうがないかなと思います。やはり登れていないので。」

(気になりますか?)

「いや。ぶっちゃけ実はあんまり気にならないです。それも冒険のうちかなと」

(批判されるのが?)

「そう。ただ”あいつは登れないとわかってて登ってるんじゃないか”とか、”あいつは嘘つき”だとか言われるのはショックです。ショックというかそれは違うなと思います。まぁ、山の先輩とか一緒に山を登ってきた人は、"栗城がどういう人間なのか"は知ってくれてると思う。」

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(2018年3月 写真:ワードアンドセンテンス)

 さらに栗城氏は、登山家ではなく下山家という批判に対して苦笑いを浮かべながら、こう反論した。

「はははは。下山家ね。でもね、下山しないとダメですからね。みんな、表面しか見ていないんだなと思います。登ったか登らなかったかそれがすべてだと。だけど、スポーツの中ではそれがあっても、本当の命がけの自然と向き合った時に、成功とか失敗とかそんな領域じゃないってことがある。それをわかってる人は、ちゃんと生きて帰ってこなきゃいけないとかわかるんです。」

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(2018年3月 写真:ワードアンドセンテンス)

生きて下山。目指していたもの

 登山は、登山家自身が目標・ルール・方法を定めて山に挑む。もしそこに明確なルールがあるとしたら、生きて下山してくること。生きて下山すれば何度でも自分のスタイルで山に挑戦できる。

 栗城氏は自身が定める登山スタイル"単独無酸素"とネット中継による"冒険の共有"を通して、人々が諦めていた何かに挑戦する世界、"否定という壁への挑戦"を最終目標に定めていた。

「なんかこうみんな正しいことを言おうとするんですよ。"否定の壁"が何かと言えば、一つは正しさとか常識です。ネットではこう書いてあるとか、常識ではこうだからというのが一つの壁になってる。そういうのを一つ一つ取り崩していきたい。やっぱり自分が生きてる時間って短いじゃないですか。その生きてる間に、魂がワクワクして、自分がちゃんと生きられたと思えることがすごい大切だと思う。」

空気は変わっていく

 残念ながら無事にエベレストを下山することが叶わなかった栗城氏。しかし、"否定の壁"を崩すという最終目標は、栗城氏以外の人でも達成できる。新しい一歩に挑戦できる世界作りは、単独では完成しない。インタビューの終盤、彼はこう希望を述べた。

「やっぱ空気って変わっていくと思いますね。2007年の動画配信をやったときの空気と、いろんなSNSとか出てきてからの空気とでは、どんどん変わってきてる。やっぱ、まだまだ人間どうしても弱い。自分の中でわかんないものに、答えを知らないと動けないとか、共感できないとか、理解しようとしないという空気はすごくあると思う。そこを超えられる世界ができたらなと思います」

(2018年4月17日羽田を出発する栗城さん 提供:たお)

栗城史多さんの挑戦がより良い世界を導くことを願い、心よりご冥福をお祈りいたします。