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世界王座奪取!“天才ムエタイ少女”はなぜ強い?

藤村幸代フリーライター

16歳のムエタイ世界女王が誕生

9月27日、東京・ディファ有明でムエタイイベント『SUK WEERASAKRECK X』(主催:ウィラサクレック・フェアテックス)が開催され、メインイベントのWPMF(世界プロムエタイ連盟)世界女子ピン級タイトルマッチで伊藤沙弥(尚武会・16)が判定勝利、念願の世界王座奪取を果たした。

王者のLittle Tiger(リトルタイガー・32)は2007年のプロデビュー以来、対戦相手を翻弄する多彩な蹴り技で国内外合わせて8本ものベルトを獲得したトップファイター。対する伊藤は4歳からムエタイを始め、数多くのジュニア王座を獲得してきている。16歳にして実戦経験はすでに200試合以上。8冠女王vs天才ムエタイ少女の一戦は、女子最軽量級(-46Kg)屈指のカードとして注目を集めていた。

相手の必勝パターンを封じる強力なプレッシャー

試合開始早々、相手の動きを制すべくローキックを繰り出すTigerに対し、「想像していたよりローが強かったけど、行くしかないと思って前に出ました」という伊藤は、安定感抜群の重い右ミドルでプレッシャーをかけていく。

距離を取って豊富な蹴りのバリエーションで試合を組み立てたいTigerだが、挑戦者のパンチやヒジを絡めた圧力のある蹴りに押され、必勝パターンに持ち込めない。2分5ラウンドの攻防はジャッジに勝敗をゆだねられ、判定3‐0(50-47、50-47、50-48)でベルトは新王者の腰に巻かれた。

伊藤勝利の要因はどこにあったのか? 天才ムエタイ少女の強さの秘密は?

今回は、1990年代に女子キック世界三冠王座奪取を成し遂げ、“最強キック女王”と呼ばれた熊谷直子さんに試合を観戦してもらい、感想を聞いた。

試合後、伊藤選手(右)を訪ねた熊谷さんは「リングで見るより小柄ですね!」
試合後、伊藤選手(右)を訪ねた熊谷さんは「リングで見るより小柄ですね!」

女子キックのレジェンドも「驚きました」

熊谷さんがまず口にしたのが、伊藤がもっとも得意とする「蹴り」について。

「1ラウンドしょっぱなの動きを見て、伊藤選手の一発の蹴りの強さ、バランスの良さに驚きました。伊藤選手の右ミドルで、Tiger選手の左腕もだんだん赤く腫れてきていましたよね。試合後、控室で伊藤選手と初めてお会いしたんですが、思ったより小柄(155cm)でした。あの体であんな強い蹴りを出せるなんて、ますますビックリです」

強い蹴りを生み出す要因にして、伊藤の最大の長所は「距離を知っている」ことだと熊谷さんは分析する。

「少しでも後ろに下がると、Tiger選手の飛び蹴りや横蹴りを食らってしまう。そこを下がらず、しかもパンチと蹴りのコンビネーションで前に攻めるので、Tiger選手は単発のローやミドルで終わる印象になってしまいました。

4ラウンド後半から、伊藤選手はセコンドの“回れ”という指示を受けて、体を振りながら左右に回って攻撃を出していましたよね。あれは本来、Tiger選手がやらなければいけない動きなんです。回って攻撃すれば、たぶんTiger選手の距離になっていた。でも、前に行くしかなくて距離をつぶされてしまったんですね」

「彼女には“本能”がある」

伊藤を指導する尚武会・今井勝義会長によれば「距離をつぶす練習を徹底的にやってきました。あの練習からすると、もうちょっと行けるかなと思ったのですが」。王者の動きを読み尽くした戦略も、勝利の要因といえる。

緻密な戦略と200戦を超える実戦のキャリア。だが、伊藤の強さは「本人の資質にもよるところも大きいのでは」と熊谷さんは言う。

「たぶん、彼女には“本能”があると思うんです。今の選手はイメージで闘う人が多くて、いま行くべきというところでもイメージで3発打って終わりという闘い方をする。でも、伊藤選手は本能で行く時は行く、行かない時は行かないという動きができる。『ここで蹴ったらいいのに!』という瞬間に蹴りが出てくるから、見ているほうは面白いしスカッとするんですよ」

熊谷さんが活躍した時代は、キックやムエタイのアマチュア大会がほとんどなく、小中学生が男女混合で試合をする機会も新空手などに限られていたという。

「それを考えると、強い男子とも試合を重ねてきているし、話を聞くと彼女は相当の負けず嫌いで、負けた相手に練習をつけてもらったりもしたそう。時代に恵まれ、何より本人が強さを目指して努力しているからこそ、16歳にしてここまでスタイルが完成されたんですね。体形も変化していくこの先、完成されたところからどこまで伸びていくのか。楽しみにしていますし、どんどん女子の立ち技格闘技を盛り上げてほしいと思います」

試合後、「ベルトを取ったからには誰が相手でも防衛したいし、違う階級でも(世界に)挑戦してみたい。キックは有名だけど、ムエタイも凄いんだぞというところを見せていきたいです」と目標を語った伊藤。レジェンドならずともその成長と快進撃には要注目だ。

2015年9月27日 (日)東京・ディファ有明

ウィラサクレック・フェアテックス

「SUK WEERASAKRECK X」

◇メインイベント(第10試合)WPMF世界女子ピン級タイトルマッチ 2分5R

●Little Tiger(WSRフェアテックス三ノ輪/TEAM TIGER/同級王者)

判定3‐0(50-47、50-47、50-48)

○伊藤紗弥(尚武会/WPMF日本女子ピン級王者/挑戦者)

※伊藤が新王者となる

フリーライター

神奈川ニュース映画協会、サムライTV、映像制作会社でディレクターを務め、2002年よりフリーライターに。格闘技、スポーツ、フィットネス、生き方などを取材・執筆。【著書】『ママダス!闘う娘と語る母』(情報センター出版局)、【構成】『私は居場所を見つけたい~ファイティングウーマン ライカの挑戦~』(新潮社)『負けないで!』(創出版)『走れ!助産師ボクサー』(NTT出版)『Smile!田中理恵自伝』『光と影 誰も知らない本当の武尊』『下剋上トレーナー』(以上、ベースボール・マガジン社)『へやトレ』(主婦の友社)他。横須賀市出身、三浦市在住。

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