『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶従業員はなぜ死んだのか』への批判を巡って。 高橋正人弁護士との対話

『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶女性従業院はなぜ死んだのか』表紙

黙秘と被害者の「知る権利」

━拙著ノンフィクション『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか』(潮出版社)アフター 第4回 高橋正人弁護士との対話

今年(2018年5月)に上梓した『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶従業員はなぜ死んだのか』には多くの高評をいただいている。感謝したい。被害者となった女性に報告をしたい気持ちでいっぱいだ。が、一方で弁護士や法律の研究者らから批判もSNS上で寄せられた。それは主に「黙秘権」をめぐる議論に関するもので、それらを整理・参考にしながら、犯罪被害者の権利拡大の運動を長年にわたり担ってきた弁護士の高橋正人弁護士と語り合った。

高橋正人弁護士
高橋正人弁護士

■ 「黙秘」が目的化していないか■

藤井 拙著『黙秘の壁 名古屋・漫画喫茶女性従業員はなぜ死んだのか』に対して、主にツイッター上で一部の弁護士から間接的・直接的に批判をいただきました。テレビなどコメンテーターをつとめる亀石倫子弁護士、野田隼人、木下裕一、市橋耕太弁護士らからの批判を参考にしながらお話をしたいと思います。本書はネットでもたくさん紹介されたのですが、「ハフィンポスト日本版」にインタビュー記事さんが出てから急にきました。本名を名乗らずに「アホーと言われたいんだろう」とか「釣られて買わないぞ」といったツイートは、弁護士からと思われますが名前が本名ではないので本物かわからないし、バカすぎるので無視して、本名で批判をくれた方の意見を取り上げさせていただきます。なお、「ハフィントンポスト日本版」はインタビューアーをしていただいた編集長の竹下隆一郎さんの地の文とぼくの発言への批判がわかれていたり、いっしょくたになってもいますが、ここではざっくりとぼくのへの批判だけを取り出して、参考にしたいと思います。

高橋 発言、見ましたよ。炎上してますね。

藤井 まあプチ炎上レベルです。おかけで広報になりましたが。でも僕には直接ほとんど飛んでこなくて3~4人ぐらい。いただいた批判には今後も議論していく必要がある視点も含まれていると思ったので、長年、全国犯罪被害者の会(あすの会・2018年解散)に関わり、副代表幹事として活動され、また、数十人の弁護士から成る犯罪被害者支援弁護士フォーラムの代表代行兼事務局長として活動を続けておられる高橋さんにお話をうかがおうと思いました。『黙秘の壁』は月刊誌『潮』に連載をしていたときからお送りしてましたし、連載途中で電話で高橋さんに何回か相談したの覚えておられますか? 

『黙秘の壁』で描いた被害者遺族が、娘さんが命を奪われた事件で、「死体遺棄」でしか加害者夫妻が起訴されなくて、嫌疑不十分で「傷害致死」では不起訴になり、ではその不起訴記録を開示してほしいと保管検察官に遺族が交渉を続けていてもにっちもさっちもいかない。どうしたらいいものか、高橋さんに電話して意見をうかがってました。

高橋 不起訴記録については、法務省の通達で一部開示することになっており、実況見分調書などの客観的な証拠は開示されます。しかし、被害者が最も見たいと思っている一つの、加害者や目撃者の供述調書などは開示されていないので実情です。

藤井 ええ。長年にわたって犯罪被害者問題、被害者の司法参加に関わってこられた弁護士として、こういうケース━想定はできると思うんですけど━を読んで、感想といいましょうか。どういうふうに思われましたか。

■刑事裁判への被害者参加も反対した■

高橋 今回たとえば(元教祖の麻原らオウム真理教幹部7人の)死刑執行に関して、全員に死刑を執行したら、真相が明らかにならなくなるという批判もありました。しかし、23年間もあったのですから、真相を明らかにする機会は十分にありました。今更、執行を先延ばしにしたところで、事件の核心にわたるような新たな真相が見えてくるとはとても思えません。そういう言い方をされる方は、死刑制度それ自体に反対のお立場か、あるいは賛成であっても、被害者家族の苦しみを共有されていない方々だと思います。それから、真相究明を阻んでいる一つの原因として、黙秘権の濫用もあるのではないでしょうか。死刑相当事件について、最初から一律に黙秘させるという弁護方針が背景にあります。

藤井 日弁連が、2015年に打ち出しましたね。死刑事件は黙秘するべきだという指針を。

高橋 死刑弁護の手引きというのを出してます。分厚い冊子です。実際の弁護活動でも、何が何でも黙秘させようという姿勢があるとしたら、そのこと自体が事件の真相究明を妨げていることになります。

藤井 死刑事案、死刑の可能性があるものはとにかく黙秘。今回の事件の名古屋の金岡繁裕弁護士も、「刑事弁護」という専門誌の「黙秘は武器になる」という特集で是が非でも黙秘せよと書いています。今回の事件の刑事弁護人は、死刑事件じゃなくとも被疑者・被告人はとにかく黙秘という主義の人たちで、それを公にして弁護士業界にも訴えかけています。

高橋 「黙秘は武器になる」という言い方は、一歩間違えれば、真実を知りたいという被害者の守られるべき正当な利益をないがしろにすることになりかねないです。

藤井 黙秘が重要な権限であることはもちろん知っていますし、今回の本でも黙秘権の説明についてページをかなり割きました。なんでも黙秘という流れというのは、高橋先生から見てどう思われますか?

高橋 被害者参加制度を導入した改正刑事訴訟法が2007年(平成19年)に成立する前に、法制審議会が平成18年に開かれました。その時、刑事訴訟法の大家の、ある教授が、興味深い発言をされていました。要するに被害者参加制度をつくるにあたって日弁連が教条主義的な反論ばかりする。損害賠償命令制度についても同様で、いわゆる「起訴状一本主義」(公訴提起の際、起訴状だけを提出して裁判官に予断をいだかせるような書類や証拠物などを出してはいけないという原則)に反すると言うのです。これに対して大家の先生が、起訴状一本主義がいつの間にか物神化してしまっていると。起訴状一本主義が、自己目的化し、本来手段のはずなのに、それがどんどん拡大解釈されてしまっています。

藤井 被害者の刑事司法参加は、いまだに弁護士や研究者、一部のジャーナリストなどに反対論が根強いですね。裁判官・検察・弁護士(被告人)の三者主義から、そこに被害者参加人を加えてた四者主義を認めたくない。

高橋 黙秘権というのは本来は黙っている権利であって、嘘をつく権利ではありません。しかも、黙秘権というのは手段であっても、それ自体が目的ではない。黙秘権の目的の一つに、あるいはその効果と言っても良いかもしれませんが、冤罪事件を生まないということがあります。

 犯罪被害者からすれば、えん罪は真犯人がのうのうと生活している現実を突きつけ、いままで真実だと思っていたことを根底から覆すのですから、本当のことを知りたいと願う被害者はどん底に落とされます。被害者からすれば黙秘権は真実発見のために使って欲しいと思っているのです。

 それを超えて、いつの間にか、本当は犯人で、捜査の内容に思い当たる節があるのに、罪を軽くしたいだけの理由で黙秘権を利用したり、あるいは、真実はどちらでも良いから、訴訟戦術として、とにかく黙秘しろ、などと指導する刑事弁護のやり方は、被害者からすれば我慢がならないのです。刑事司法は本来、社会秩序の維持や被疑者・被告人の人権のためだけにあるのではなく、犯罪被害者の権利利益の回復という被害者のためにもあるのです。このことは平成17年12月に閣議決定された第1次犯罪被害者等基本計画に明記されています。しかも、この閣議決定は、単に行政府の意思に止まらず、犯罪被害者等基本法第3条に根拠を持っています。全て犯罪被害者等は尊厳が保障され、尊厳にふさわしい処遇を保障される権利があると書かれています。なんでもかんでも黙秘しろという弁護方針は、この犯罪被害者等基本法に反するやり方であると私は考えています。

 異論はあるかもしれませんが、日本人の悪いところの一つに、諸外国から制度を取り入れたとき、どんどんそれが自己目的化していくことにあります。本来その制度がなんのためにできたかということが、いつのまにか脇に追いやられてしまい、思考を停止してしまうのです。これからの刑事弁護は、犯罪被害者等基本法も踏まえた、犯罪被害者の利益(真実を知りたいという利益)にも配慮した、バランスのとれたものでなければならないと思います。黙秘権の行使の可否についても、こういった視点が加味されれるべきではないでしょうか。

■逮捕されてアタマが真っ白になって弁護士にまかせてしまった■

藤井 なるほど。「やりました」と言っていても黙秘させる。黙秘が目的化しているということですね。今回の事件で、加害者夫妻の肉声が出版後に手に入ったんですけど、この加害者も最初は取り調べに素直に応じてしゃべっていて、それは拙著に書いています。自白をして、反省の言葉を口にしています。しかし、弁護士がついてから頭が真っ白になって、(弁護士の説得に)任せきりになってしまって黙秘に転じたと本人が語っているんです。本人の意思というより、弁護士の意思だということになります。弁護方針は刑事弁護士がアドバイスするわけですから、身柄を拘束されていたら弁護士にすがりたくなるのは犯罪者の心理としては当然でしょうね。

高橋 弁護士の中には、ご自身の主義主張を押し通すためだけに、被疑者や被告人の更生など考えずに、とにかく黙秘しろと迫ってくる人もいます。しかし、やったものをやらないものにするために黙秘権を行使させることは、犯人の更生に全く役立たないだけでなく、被害者の尊厳も踏みにじることになり、基本法違反だと思います。

 時代は昔と変わってきているのです。被疑者や被告人の人権だけを守れば良いという時代は、平成16年の基本法を境に終了しました。真相を知りたいという犯罪被害者の正当な利益もまもらなければならないのが今の法制度です。

 従来から刑事弁護を熱心にやられてきた古い弁護士の一部の中には、時代の変遷を受け入れることができず、思考が昭和の時代まま止まってしまっているひとが沢山います。犯罪被害者等基本法を認めることは、自分の人生を自己否定すると捉えてしまうようです。失礼な言い方で恐縮ですが、このような先生は、被害者からみれば、「生きた化石」にしか見えないのです。

藤井 先ほどの「手引き」が出る前から、黙秘こそ検察や裁判官などの国家権力と闘う最大の武器だと考えていた弁護士は多いと思います。

高橋 そうです。手引きが出る前から刑事弁護士の中では主流にはなってましたけど、手引きが出てからよりいっそう、そうなった気がします。「手引き」を作ったのは日弁連の中の刑事弁護を熱心にやられている先生方で、日弁連の名前で発行しています。

藤井 一部の人の主張を日弁連という看板を使って出すから、すごく権威付けされちゃうし、それが弁護士総体の意思だと世間には思われるんです。弁護士の中には迷惑がっている人も少なくないです。

高橋 その通りです。

藤井 刑事弁護に熱心に取り組んでいる弁護士でも、積極的には黙秘させない方針を取る人もいます。やってないってことがはっきり分かればさせますけど、基本的に(被告人が事件について)言いたいなら言わせる方針。しかし、警察や検察に乗せられてやってもないことを言わされてしまう可能性があるときは黙秘をさせるそうです。頑なにとりあえず黙秘っていうのは、先生から見て(刑事事件を担当する)全体のどのくらいなんだろう。たまたま国選で回って来た弁護士がそういう方針じゃない場合もありますよね。

高橋 実際は事務所の中で刑事弁護の割合が圧倒的に多くを占めている、そういう人たちのことを母数にすれば、半数以上が、真相はともかく、とにかく黙秘をさせる派ではないでしょうか。こうした弁護士が増加した背景の一つとしてあるのは、冤罪事件が立て続いたことがあります。

藤井 かつての死刑事件や無期懲役事件が冤罪だったのが明らかになったのが相次いだこともあると思います。そして長年の懸案だった取り調べの可視化、録画ができるようになり、高圧的な取り調べができなくなったと同時に、黙秘がやりやすくなった。これはさきの「手引き」に関わった弁護士も一般誌の取材に答えています。

高橋 なるほど。でも、私はあまり可視化とは関係ないと思っています。たまたま付随的な効果として、いまおっしゃった後押ししたとかがあるかもしれないけれども、あまり可視化と黙秘は関係ないように思います。

藤井 黙秘にこだわるのは最強最大の防御権だからですか。じっさいには貫黙できる人は少ないと思います。それに証拠が揃えば検察は黙秘していても起訴して有罪になるケースもあります。今回の『黙秘の壁』で書いた事件は、遺体も白骨化して死因がはっきり特定できなかったことも検察官が起訴を見送った理由の一つにあります。

■国家(裁判官・検察官)は敵であるという思想信条■

高橋 国家が敵だと思ってるそういう偏見を持っている弁護士が少なくないですね。冤罪をなくすという目的ではなく、そもそも国家に刃向かうことそれ自体が自己目的化してると思います。これでは、何も考えない思考停止です。国家は敵だということを先輩弁護士からたたき込まれ、黙秘権を目的化することを教えられて、何も考えずにそれをやってしまうのは、非常に危険です。

 刑事弁護の本質は、刑を軽くすることにあるのではなく、本人に更生させることにあると思います。だったら、やったものはやったと言っているのですから、それに嘘をつかせたら更生は遠のきます。更生が遠のけば当然、第二の被害が生まれてきます。社会をさらに悪くします。黙秘して罪が軽くなってあっと言う間に刑務所から社会に出てきた、今回、藤井さんが取材されたような事件の加害者は「社会なんてこんなもんだ」と舐めてかかることになります。それが社会のなんのプラスになるのでしょうか。社会を悪くしているのに加担しているのが刑事弁護人だと思われても仕方ないですね。

藤井 黙秘を推奨する弁護士たちは、「検察官ストーリー」を認めさせないためには一番強力なのは黙秘であると言います。国家は勝手なストーリーを作ってくると。99パーセントの勝率を維持するために、被疑者・被告人もそういう取り調べでストーリーに乗せられてしまうことが多いので、とにかくバカの一つ覚えで黙秘させるという弁護方針です。検察官は起訴して勝ちたいわけですから、その起訴内容に齟齬が出ないように矛盾が出てしまうことはある。それは問題です。そこと対抗する弁護士の役割というのは重要だとは思います。

高橋 でも逆に、検察官のストーリーと被疑者・被告人のストーリーが概ね一致していることも多々あります。逆に、全く違うストーリーだというのであれば(冤罪)、黙秘させることも強力な武器になりますね。

■「真実の発見義務」とはなんだろうか■

藤井 拙著に寄せられた批判としても、「真実の発見義務」について、藤井はそれを取り違えているんだというものが目につきました。真実を探す義務は裁判官にあるんだと。刑事訴訟法の一条には、「事実の真相を明らかにする」と書いてあります。実際の解釈としては刑事弁護人の役割としては依頼者・被疑者被告人の人権を擁護すること。でも一方で公益性もあるということも書いてあります。

高橋 弁護士法一条には被疑者被告人の人権擁護とは書かれていません。社会正義の実現と基本的人権の擁護です。そして、社会正義の実現とはまさに真実の発見であって、真実をねじ曲げることではありません。また、人権は、決して被疑者・被告人の専売特許ではありません。人権は、被害者のためにもあります。このことは犯罪被害者等基本法を見ても明らかです。同法3条には、全て犯罪被害者等はその尊厳が重んじられ、尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有すると明記されています。従来からのやり方しか知らない、ほんの一部の刑事弁護人らは、この法律を知らない、あるいは見たくない、無視したいのではないのではないでしょうか。

ところで、被害者の尊厳、特に刑事手続きにおける尊厳とは何でしょうか。それは、被害者にも刑事手続きにおいて正当に保護されるべき利益があるということです。その中身には3つあります。一つは、加害者に適正な刑罰を科して欲しい、一つは、名誉を守って欲しい、そして最後に、真相を明らかにして欲しいという利益です。 

「私は罪を犯しました」と認めている被疑者や被告人に、弁護士の個人的な見識だけで、やみくもに黙秘を指導することは、被害者の正当に保護されるべき利益(人権)に対する間接的な侵害であり、社会正義の実現への挑戦だと思っています。

藤井 ツイッターでいただいた批判は、亀石倫子弁護士のツイートから火がつくようなかたちでしたが、何人かの弁護士が批判していたのは、「ジャーナリストは真実の追求が義務だが、弁護人・被疑者はおろか警察の職務ではない」というものです。それから、数少ない防衛権である黙秘権に対して、「被害者の知る権利」という副次的な価値を根拠に疑問を呈するべきではないというものです。野田隼人弁護士という方からはツイッターで━この弁護士はハフポスの記事だけでなく本書を読んでいただいたようで━[やはり歴史的経験に対する敬意を欠くアレな人以外の評価はない。真意を供述させる自白剤でもあれば話は別が、残念ながらそんなものない。]と「アレな人」認定されました。(笑) この人、上から目線で何でも決めつけないと気が済まないアレな人ですね。ぼくは本で黙秘権について否定していないし、現実に起きた事件を詳しくレポートをして、社会で考えてくださいというスタンスなのですが、何か触れてはいけないものに触れてしまったかんじです。

高橋 犯罪被害者等基本法ができる前はそういう考え方が中心でした。しかし、第一条には[この法律は、犯罪被害者等のための施策に関し、基本理念を定め、並びに国、地方公共団体及び国民の責務を明らかにするとともに、犯罪被害者等のための施策の基本となる事項を定めること等により、犯罪被害者等のための施策を総合的かつ計画的に推進し、もって犯罪被害者等の権利利益の保護を図ることを目的とする。]とあります。国、地方、公共団体、国民すべてが犯罪被害者の施策のために協力しなければならないという意味です。その中から刑事弁護人と被告人を除くとは書かれていません。従って、刑事弁護人といえども、基本法施行以降は、被害者の尊厳に配慮しなければなりませんし、真実発見に協力していただかなければならないと私は考えます。

■刑事弁護人と犯罪被害者は「敵」なのか■

藤井 さきの野田隼人弁護士は、[先進国における人権保障水準を維持するならば、有罪の認定手続きと被害者のための真実の探求手続きとを別に定めるインセンティブをどのように設定するかは問題なのであるが]ともツイッターで書いておられて、それはごもっともなのですが、日弁連から被害者が納得するような新案提示がなされたことはないですし、現時点では被害者と加害者両方の権利の平等的な確立を主張するのはぼくからしたら寝言です。刑事でも民事でも「敵対」する関係にあるのが現状です。被害者参加によって、被疑者・被告人は防衛一方にならなければらないことが増えた。被害者側、あるいは被害者代理人を攻撃して、自分たちを防衛しようとする。それが現実じゃないですか。取材したら誰でもわかる。

そういう例も高橋先生はいっぱい知っておられると思うけど、たとえば今回、市橋耕太弁護士という方もツイッターで、[「犯罪被害者と刑事弁護人が敵どうし」などという間違った考えを広めないで欲しい。弁護人はあくまで、国家権力の発動としての捜査や刑罰の適用がが適正になされるように、国家権力である警察・検察・裁判所と対峙する。被害者とは敵ではない。被害者の救済をのぞまない弁護士なんていない]という意見をリプライしてきました。なんか教科書みたいな批判ですが、ぼくは「敵」というふうにカギカッコをつけて書いていたのですが、わかりにくかったかな。システム的には敵ではないから、現実としては「敵」になっているという意味です。そうしたら、ツイートで、「被害者側にとって刑事弁護人(民事でもそうなんですけど)は敵以外の何者でもありません」というリプライがすぐに来ました。たぶん犯罪被害者の御遺族からでしょう。

『黙秘の壁』でも、謝罪の手紙を出しておきながら事実は何もしゃべらない。遺族は黙秘権を認めたくはないが、権利としては法律に定められているというジレンマをかかえながら、加害者は事実のすべてを話すことが贖罪の第一歩だと考えておられたから、「謝罪」と「黙秘」を同時にやらせている弁護士が「敵」として見えるのは当たり前です。民事でも不起訴記録を開示することを保管検察官以上に激しい論理で反対、攻撃してきました。デマまがいのことまで準備書面で書いてきたこともあります。これを被害者から見て「敵」と言わずしてなんと言うのでしょうか。本書のご遺族は、とにかく加害者の弁護人たちを恨んでおられました。この市橋弁護士は被害者遺族の気持ちに接したことがないのでしょうか。そんなことはないと思うのですが。

高橋 刑事訴訟手続きとしては別に敵同士でもなんでもない。被害者の権限を認めたからといって被告人の権利が削られたわけではありません。むしろ被害者の権利がゼロだったのが、被告人と━完全に一致はしてないけども━近くなるぐらい被害者の権利が増えてきたということだと思います。私が被害者参加弁護士としての職務を遂行するときに、被告人や刑事弁護人を敵と思ったことは一度もありません。ただ、刑事弁護人が、被害者に法律上認められることになった様々な新しい権利について、これを潰そうとしたり、曲解しようとしたりしたときは、法廷で徹底的にやり返します。多くの場合、刑事弁護人は一言も反論できないことが多い。というのは、彼らは犯罪被害者等基本法や、被害者参加制度が創設されたときの法制審議会での議論についてまでは勉強していないことが多いからです。私なら、そこまで議論をさかのぼって発言します。

しかし、これらの反論も、相手を敵だと思ってやっているわけではありません。法律の土俵の上で、対等に闘っているという意識にすぎません。

藤井 なるほど。でも、被害者や遺族にとってはそうではないと思います。それは明らかに敵対関係にあると認識されていると思います。もちろん、弁護士が被害者や遺族をおとしめてやろうとは思っていないとは思いますが。

■被害者参加人弁護士の発問まで封じ込められた■

高橋 被害者の権利に対しての妨害は多々あります。私が被害者遺族の代理人を務めた、小沢樹里さんが遺族になった悪質な交通犯罪事件 http://www.moj.go.jp/content/000083720.pdf では、包括的な黙秘権を行使すると刑事弁護人は主張した。そして、包括的に黙秘するのだから、被告人が黙っているだけでなく、そもそも、検察官も被害者参加弁護士も発問自体すべきではないと強弁してきたのです。即座に私から、「黙秘は黙っている権利であって、相手の発言を封じ込める権利ではない」と異儀を述べましたが、裁判官は弁護人のおかしな論理に乗っかってしまいました。私は今でも、このような訴訟指揮は違法であると思っています。黙秘権をして、相手に発問自体を封じ込めるなどと曲解するのは、まさに黙秘権の物神化と同じことです。ここまでおかしな解釈をされると、さすがに私も、感情的には刑事弁護人を「敵」だと思いたくなりますね。

藤井 『黙秘の壁』の事件では、民事でも刑事と同じ弁護団が付いて「証言拒否」でした。被害者の弁護人が質問しようとしたら、すごい剣幕で抗議をしていました。被害者の代理人弁護士の発問も許さない。質問をやめろと。

高橋 裁判長の訴訟指揮はどうでした?発問させましたか? 発問自体を裁判長が制限することはなかったですか?

藤井 なかったです。ずっと黙ってました。被告の弁護人たちが大声を出したけれど、それを裁判官が阻止することもなかった。静かにしなさいとも言わなかった。被告はずっと黙っていました。

高橋 民事の証言拒絶権も、相手の発問すること自体を制限する権利ではありません。刑事弁護人の中には、本当に教条主義的でひとりよがりな人が一部におられる。そのような弁護人を相手にすると、ご遺族からすれば、敵以外のなにものにも見えないでしょうね。

■「被害者の知り権利」は副次的なものか■

藤井 拙著に寄せられた批判の中で、[被疑者や被告人の「黙秘権」は強大な権力を用いて捜査する警察・検察への数少ない防御手段であって、「被害者の知る権利」という副次的な価値を根拠にして黙秘権に疑問を呈するのはおかしい]というロジックがあります。副次的という言い方がいかにも従属物的な意味合いがして気になりますが、黙秘から生じる「被害者の知る権利」の阻害はそもそも関係がないのということなんでしょうか。それらを対立させて考えるなという意味だと思いますが。

高橋 犯罪被害者や遺族の「知る権利」が副次的な価値だと捉えていること自体、大きな間違いだと思います。被害者、とくに遺族にとって、どうして息子が殺されたのか、なぜ、うちの娘が犠牲にならなければならなかったのか、息子の最期はどんな様子だったのかなど真相を知る権利は、副次的な価値ではなく、被害者の法律上正当に保護された利益の核心部分です。

 ですから、裁判官も、もう少ししっかりして欲しい。被告人が黙秘しますと言われたからと言って、「はい、わかりました」で終わっていてはだめです。被害者の真相を知りたいという正当な利益に配慮して、強制にならない程度に、被告人に真相を話すよう促すことぐらいはするべきでしょう。たとえば、「この裁判は、あなたに罪が成立するかどうか、成立としてどのような罰が適切であるかを審理するためものです。しかし、同時に、この裁判は、被害者のためにもあるということを貴方は理解できますか。被害者の事件の真相を知りたいという利益を守るためです。冒頭で述べましたように、貴方には憲法上、黙秘権が保障されていますから、誰からも供述を強制されることはありません。そこで、貴方の自由な意思で、貴方の考えている事件の真相について、この場で語ることはできませんか」というくらいのことは言うべきでしょう。

藤井 『黙秘の壁』で取り上げた事件の刑事裁判(死体遺棄)では、検察官は冒頭陳述で、黙秘していることに対して抗議することを書いていました。

高橋 冒陳じゃなくてその場で言わないとだめです。小沢樹里さんの事件では私は加害者の弁護人に対してその場で強く異儀を述べました。

■検察官は高打率だけを狙うな■

藤井 『黙秘の壁』の事件は、検察官はどうすれば良かったと思いますか。

高橋 検察官は打率99パーセント狙うのではなく、こういう事件は起訴して、裁判員裁判に判断させないといけないと思います。

藤井 傷害致死だったら裁判員裁判になるけれど、死体遺棄はならない。打率が6割でもいいから法廷に委ねるということですか。

高橋 6割~7割がいいのか、99パーセントがいいのか議論はあると思いますが、少なくとも、今のようなほぼ100パーセントを狙うようなやりかたは考え直して欲しい。せっかく裁判員裁判制度を作ったのですから、もう少し一般市民の判断に任せてみるという勇気ある選択肢があってもいいと思う。

藤井 今回は検察審査会で不起訴不当という議決が出たけれど、検察は再捜査をして同じく不起訴にしました。民事の承認尋問で、鑑定医が検察官の説明が足りなすぎたと怒っていました。もっと状況を説明してくれれば、暴行と死の因果関係をはっきり書いた鑑定書を出せたのにと。

高橋 検察にもメンツがあるのかもしれませんが、ただ、これはメンツだけの問題ではなく、そもそも、検察官としたら、法律家の立場から見て公判を維持出来るだけの証拠が十分ではないと判断したからこそ、不起訴にしているところに目を向ける必要があります。つまり、そこで言う「証拠が十分ではない」という判断自体が、果たして、本当に一般市民の常識にかなうものなのかどうか、その点をしっかりと吟味する必要があります。検察審査会で、強制議決にまで至らなくても、不起訴不相当という判断であったとしても、検察は、その重みを真摯に受け止めて、本当に自分たちの証拠評価が社会通念にかなうものなのかどうか、ひょっとしたら自分たちの評価は浮き世離れしていなかったのかどうか、謙虚に反省し、「真剣」に再捜査をすべきです。そうでないと、検察審査会を設けた意味がありません。

■弁護士全体が社会から信用されるかどうか■

藤井 高橋先生がおっしゃっていた、本来は日本の矯正行政は社会に戻すっていうことを目標にしているのであれば、自分の罪のことについてまず真摯に向き合うことがと思います。しかし、嫌疑不十分で罪が罪と認められなければ、懲役2年ちょっとで社会復帰できちゃった。弁護士先生、罪を軽くしてくれてありがとうみたいなふうに考えてしまうのではないでしょうか。考えたくないですが、モラルハザードが起こるのじゃないかと思いました。じっさい今回の加害者も遺体をどうやって遺棄したらいいかインターネットで調べまくっている。犯罪者が真似をしようと思えばできてしまう。こういうのが当たり前になったら殺人マニュアルができちゃう。

高橋 生の事件では確かに、被害者と加害者は敵同士かもしれませんが、刑事裁判の中では、敵同士という認識でやることではありません。ただ、「完全犯罪」を助長するようなやり方をするのであれば、たとえ刑事裁判の中でも、敵同士にならざるを得ないですね。

藤井 検察官が起訴すらしていない案件を、刑事弁護人がわざわざ持ち出すことはありえません。罪として立証されてないということですから。こういう例は、先生が今まで遺族の話を聞いてきた中でありますか?

高橋 宮崎で起きた強姦事件 https://mainichi.jp/articles/20180629/k00/00m/040/136000c があります。刑事弁護人が被害者の代理人弁護士のところに電話をかけて、強姦の現場を撮影したビデオの原本を返してほしければ告訴を取り下げて、示談に応じろ、しかも、示談金はゼロだと交渉を持ちかけてきたことがありました。さすがに、検察も動いて、没収の対象とするよう主張し、裁判所もこれを認めて、犯罪供用物件として没収されることが最高裁で確定しました。こういう刑事弁護のやり方をしているようでは、一般市民から弁護士全体が信用されなくなります。被害者から弁護士が敵だと思われるのは当然でしょう。

藤井 『黙秘の壁』でも、検察官が「傷害致死」の不起訴記録を民事の過程で「説明」しているのに、被告の代理人弁護士はそれはあり得ないと決めつけて、勝手に被害者が不当なやり方で取ってきたんだと、それを弁護人は止めるべきだった、みたいなむちゃくちゃな書面が来るわけです。懲戒請求ものではないかと思ったぐらいですが、敵対関係を向こうから投げてるようなもんです。今回の反響では、民事については被害者と被告弁護人はたしかに敵対関係になると書いてきた弁護士もいました。刑事と民事は仕組みが違うけれど、被害当事者がどれだけ弁護士を恨んでいるかをもっと、弁護士さんたちは認識したほうがいいと思う。法律を駆使して淡々とゲーム感覚みたいにしてやっていても、当事者は生々しい感情を背負っているのですから。

■支払う予定なし。何のための民事裁判なのか■

藤井 『黙秘の壁』の事件は民事で被告は「有罪」になりました。傷害致死の因果関係を認め、9000万円以上の賠償額の支払いを命じました。被告側は控訴せず確定しました。民事を通じて、刑事で不起訴になった傷害致死関連の不起訴記録もすべて、文書送付嘱託などの方法でオープンになりました。被告側の主張はことごとく退けられたわけです。それで賠償金を請求したら、すぐに代理人の名前で、払う意思はないと返事がきました。そのときはそう代理人に伝えたのでしょうが、あとで入手した加害者夫妻の肉声によると、こつこつと払っていくとか言っているのです。信じることはとうていできませんが、本来なら、たとえば支払いの予定を組むことを代理人が被告と相談をするのが筋で、それが倫理であり、社会正義だと思いますが、ぼくが能天気すぎるんですか。

高橋 もし仮に、依頼者が払う意思があると言ってるのに弁護人が払う意思がないと伝えてきたのなら、それは懲戒事由でしょう。依頼者の意思に反し、その利益に背いているのですから。

藤井 民事では、暴行と死の因果関係が認められて、賠償責任が認められ、支払い命令が出ました。控訴をしなかった。そして、支払う予定がないと通告してきました。それでがまかりとおってしまったら、民事の判決の権威もなんにもなくなります。

高橋 おそらく、国家に楯突いてるのでしょう。国家の秩序を否定しているわけです。代理人は判決が出た以上は依頼者に対して払うように説得しないといけません。もし、それでも、依頼者が払わないっていうのであれば、代理人を辞任するしかないです。逆に、本人が払うという意思を持っていて、代理人が払わなくても良いといったとしたら、とんでもない話ですし、そんな権限は代理人弁護士にはありません。

藤井 賠償金を支払わずに逃げる、無視するという、「逃げ得」がほんとうに多い。財産がないのなら、はたらいて支払いをする者はごくごく一部。賠償金を国が建て替えで払うという仕組みがずっと議論されてきました。

高橋 立替払いという法的なシステムについては、私はあまり賛成できません。立替払いではなくて、犯罪が起きたということは、国が国民を守ってやれなかったということですから、国家固有の責任として補償してほしいと思います。加害者の負債を国家が建て替え払いするというのは、おかしな話だと思います。国が立て替え払いすると言っても、それは私たちの税金から払うのです。加害者でもない、被害者にもなってない、まったくの第三者の税金で、本来は加害者が払うべき負債を代わりに弁済してやるとなったら、国民も納得できない。やはり、市民を守れなかった国家固有の責任として補償すべきだと思います。

藤井 なるほど。国が加害者から取り立てるという議論もありました。

高橋 加害者から何千万円ものお金を一生涯、取り立てようとしたら、加害者は自暴自棄になって、再び犯罪を犯す危険はないでしょうか。

藤井 刑務所に入ってる加害者からは取れない。

高橋 経済的な補償で加害者にダメージを与えるのではなく、本当は刑事罰でダメージを与えるべきです。刑事罰でうまくいかなかったことを民事でリカバリーしようとしても、どうしても限界があります。だからこそ、刑事手続きの中で、検察官にはがんばってもらわないといけない。裁判所も、従来のような甘い判決を下すのではなく、思い切った判断を下して欲しい。今の刑は、応報刑という視点で見たとき、あまりにも軽すぎます。

■国家=敵だと考える弁護士の思想■

藤井 多くの弁護士は、民事があるんだから、刑事の「再審」として民事でやればいいじゃないかと言います。意味はあると思いますが、かなり徒労に終わることも多いです。被害者代理人として働く弁護士が、いろんなケーススタディを知って刑事裁判の前からついて、検察官をどんどん背中を押したり、意見を言うことが重要だと思います。

高橋 その通りです。ただ、困ったことに、今まで、被告人の刑事弁護しかやってきたことがない弁護士が、たまたま被害者側の事件をなんらかのかたちで引き受けると、本当は検察官と十分コミュニケーションをとりあって、共闘関係を築かないといけないのに、検察官イコール国家、国家イコール敵だという頭が抜けなくて、検察官と喧嘩をし出す弁護士がおられる。依頼した被害者からすれば、迷惑千万です。そのような弁護士は直ぐに解任して、別の弁護士に依頼し直した方が良い。もちろん、着手金は全額、返してもらって良い。その弁護士は、被害者参加制度の趣旨を全く理解していない素人弁護士だから、プロとしての対価を払う必要自体がありません。

 やはり、加害者の責任を追及する本籍地は刑事手続きです。あとで民事があるからと思って、それに過度の期待をして被害者を支援するのは大間違いです。刑事の段階で、被害者、被害者参加弁護士、検察官の三者がしっかりと協力関係を築いて、それなりの判決をもらえれば、民事は、それに乗っかって、自動的に上手くいくことが多いです。

藤井 『黙秘の壁』は、刑事弁護人たちの腫れ物みたいなところを触れちゃった感じですかね。

高橋 触れてしまいましたね(笑)。でもそれは、自民党や公明党の多大な協力によって、被害者参加制度を作るときもそうでした。あのときも、制度創設を訴えたときは、腫れ物に触れてしまったわけで、徹底的に攻撃され、批判され続けました。

 でも、今では、被害者参加制度は当然のような制度になっています。検察官の隣に被害者が座っていることに誰も違和感を感じていません。

藤井 最後に、黙秘との関係で、何か付け加えたいことはありますか。

高橋 黙秘と裏腹の問題ですが、被害者参加制度を創設しようとしたとき、日弁連などから、被害者が被告人の目の前現れることで、被告人は言いたいことを言えなくなる、萎縮する、という批判を受けました。この制度が施行される直前の平成20年2月15日、スウェーデン弁護士連合会の理事が、都内のスウェーデン大使館で同国の被害者参加制度について講演をされたときのことです。「我が国では、被害者を目の当たりにすると被告人が言いたいことが言えなくなるとの理由で、ある団体が猛烈に反対しているがどう思うか」と感想を聞いたところ、なぜそのような質問をするのかと言わんばかりに困惑した表情になられ、少し間をおいてから、きっぱりとこう言い切りました。「そのような『フィクション』で反対する理由が私には全く理解できません」「刑事司法は全ての人のためにあるはずです。被告人のためにも、被害者のためにもあるものです」(高橋正人他2名著、岡村勲監修「犯罪被害者のための新しい刑事司法(第2版)」明石書店100P)。

 スウェーデンに限ったことではありませんが、欧州では、刑事裁判は被害者のためにもあるということは常識になっています。ところが、わが国の一部の刑事弁護人はそれを頑として認めようとしない。被害者のためにもあるという視点があれば、やみくもに黙秘させることはないはずです。刑事裁判は、被告人の人権のためであり、被害者のためではないという考え方は、平成16年の基本法を前提にした場合、生きた化石のような考え方です。歴史的な進展についてこられないのです。

藤井 今回はありがとうございました。勉強になりました。

(協力・鈴木さやか)