【連載】17歳の殺人者 第56回 半年間の少年院での生活

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半年間の少年院での生活

「審判の時に裁判官は、まず事件の社会的影響を説明しました。そして、当時僕は夜学に通っていたんですけど、これからもそれを続けることを約束するという条件で短期の少年院にするということを言いわたされました。主犯の四人は家庭裁判所から検察に逆送致されたことはあとから知ったのですが、詳しいことはまったく知りませんでした。鑑別所にいるときに新聞とか読めるんですけど、僕に関しては事件についての記事を一切切り抜かれたり、マジックで塗りつぶされた状態で手元に来るので、事件については捕まってから分からない状態だったのです。少年法についての知識は、鑑別所があって少年院がある、程度の知識だったと思います。よほど悪いことをしたら、少年院に送られると。事件によっては大人と同じ刑事裁判を受けることは知りませんでした」

少年院での生活はどんなものだったのか。

「短期の少年院送致となりましたが、家裁ではどこの少年院かは言われませんでした。その時、少年院は刑務所みたいなイメージがありましたから、やっぱり自分のしてきたことの重大さを改めて認識しました。でも、仕方のないことだと思いました。少年院に送られ、初めは個室に入れられ、少年院での生活の仕方のマニュアルを貰いました。少年院の生活に馴れるための個室という感じでした。その部屋には鍵がかかります。

ひとりだけで、とにかく一番考えたのは、被害者の方のことばかりです。少年院に送られてしまったことのショックよりも、自分のしてきたことのショックが大きかったです。個室でひとりでいる状態は、鑑別所でもひとりだったので初めてではないですが、鑑別所と比べて全然違います。自分がいるところは少年院だという頭もあるんでしょうけど、そういう意味も含めて考えることがたくさんあって、時間が経ち、日にちが経つにつれ、本当に自分がそういう所に送られたんだということを実感できるようになりました。最初は、あまりにも自分のしてきたことが凄すぎたんで、どうしてそこに自分が関係してしまったのかを認識するまでに時間がかかりましたが、周りになにもない少年院の中でひとりで考え抜くうちにわかるようになりました。ひとりで考え抜くのは辛いことではありませんでした。被害者に与えてしまった苦痛を考えれば、僕の辛さなんてたいしたことないと思いましたから……」

カズキが処遇されていた少年院では仮出院が近づくと、老人病院に行って寝たきり老人の介護を手伝ったり、街に出て一般の工場で労働をするプログラムになっている。ボランティアではなく、そこの労働者とともに働くのだ。監視はつかない。少年院からひとりで出かけていって、ひとりで帰ってくる。

「一般の人と混じって仕事をしたときの気持ちは変なもので、うれしかったです.やっぱり社会に触れられているという実感がありましたから。いくら(少年院の雰囲気が)開放的といっても自由がないことに変わりはなく、社会と隔絶しているので、工場で働くと、一日も早く少年院を出て、早くこういうふうに自分の仕事を見つけて働きたいという気持ちが高くなりました。

規則ですべて日課が決められている少年院の生活は最初はとにかく苦しかったです。今まで自分のやりたいことをやりたいようにやって、好き勝手なことをしていたのに、少年院は自由がないですから、苦しかった。処遇期間の半年間というのは僕にとっては長かったです。普通に生活していたら半年は――人にもよるでしょうけど――そんなに長い期間ではないと思いますが、僕にとっては大袈裟になりますけど一○年くらいいたんじゃないかという感じがしました。でも、それくらい一日一日に濃いものがありました。ただ、のんべんだらりと暮らすのではなくて、その日に決められた課題があって、やらなくてはいけないことがあって、とにかく自分はそれを一生懸命やるしかないんです。初めは嫌々やっていたんですけど、いま自分がやらなくてはいけないのは、ここで与えられている課題をこなすことだと思い、やりました。僕のいた時期は、まわりのみんなが協力してやるという雰囲気がすごくあったので、非常に良かったと思います。

他の少年院はどうか分かりませんが、僕のいた所は、課題を自分で考えて工夫をしてやらせる方針だったので――もちろん、初めは命令みたいな形になるんでしょうけど――自分のやる気を大切にしてやることができました。それが未だにいい面として出る場合もあって、多少、苦しいことに直面しても自分はあそこに行って、あれだけの思いをして半年間我慢してやってこれたんだから、やれないことはないんじゃないかという思いに持っていけることがあります。仕事で辛いことがあったとき、悩みごととか、自分が逃げだしたいことがあった時、そのときは少年院の生活を思い出します。あの時のことに比べれば全然大したことないと。それに、少年院に入るまでは、相談する人もいなくていつも自問自答でした。ある意味で、あそこに行ったことで全部出せて楽になりました」

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