【連載】17歳の殺人者 第43回 少年Dの心を揺さぶった一冊の絵本

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少年Dの心を揺さぶった一冊の絵本

S弁護士は逆送致される前、鑑別所収容されているDに一冊の絵本を差し入れた。それはS弁護士が学生のころから愛読している、「わたしたちのトビアス』という絵本だった。

この絵本は四人の兄弟と障害児である弟トビアスが、分け隔てなく自由に暮らす様子が子どもたち自身の文と絵で表現されている。トビアスによって家族がさまざまなことを教えられていく。

「こんな人間観をみんなが持てればもっといい社会になるんじゃないかと、私に希望を与えてくれた本なんです。Dと話ができるきっかけにでもなればと思って。まあ、私の好きなものを分かってもらいたいなあ、という気持ちです」

本を差し入れた日、S弁護士はDにこんな質問をした。

「君は暴力はきらいといっているけど、三人がFさんをなぐっているところに君がいたのは、おかしいんじゃないのかい?Dが友だちを選ぶ基準はなんだい?」

「暴力をふるわない人です」

「おかしいじゃないか」

「自分に対して暴力をふるう人はいやです」

「じゃあ、自分以外の人に対して暴力をふるう人はいいのか?」

Dは、いやだなとは思うが他人に暴力をふるうことは自分には関係ない、というような意味のことを言った。

「君は好きな女の子はいるのか?」

S弁護士は「いる」と返事をしてくれることをひそかに期待していた。

「いない」

「でも、君が将来だれかを好きになることはあるかもしれないよね。その人に暴力をふるう人がいたら、その人は友人になれるかな?」

「友だちにはなれない」

「君が最初に言った基準とだいぶちがうんじゃないの?」

S弁護士はDの「ちがいますね」という返事を待っていたが、

「そうですか」

という、そっけない返事であった。

S弁護士は「なぜ、話が続かないんだろう」といらだちを覚えながらも、「本を差し入れておいたから、読んで感想を聞かせてくれよ。字が少ないから安心しろよ」とDに話しかけ、簡単にストーリーを説明したうえで、「内容はおすすめだからな」とつけ加えて鑑別所をあとにした。しかし、それ以後は、審判の前日までS弁護士は何度か面会に出かけているが、差し入れた絵本についてDに感想を聞くことは忘れていた。検察への逆送致は明らかだったため、刑事公判での陳述を前提にした聞き取りに懸命だったせいもある。

審判を明日にひかえた日、S弁護士はDをたずねた。ひととおりの打ち合わせがすみ、S弁護士が帰ろうとすると、Dが引き止めた。

「この前の本のことなんですけど、こういう家族ってあるんですね。家族っていいもんなんですね……」

「えっ……」

S弁護士は心底おどろいた。頭には明日の審判のことしかなかったうえ、Dから話しかけられるなんて……。

つづけて、Dはこうも言った。

「友だちを選ぶということについても、ずっと考えてて、頭が痛かった。こんなに痛くなったことってなかった」

S弁護士はまた、暴力について前と同じ質問をすると、Dは答えた。

「自分だけじゃなくて人に暴力をふるう人もいやだ」

「その友だちが、人に暴力をふるったらどうするの?」

「止める」

「止めたら、暴力ふるわれるかもしれないぞ。それでも、いいの?」

「でも、止める」

「でも、その友だちはもうつき合ってくれないかもしれないぞ」

Dは考えながら、「でも、……しょうがない」と言った。

「だったら、さびしいんじゃないか?」

「さびしい」

「じゃあ、止めないほうがいいよ」

S弁護士はあえて意地の悪い質問を重ねる。

「でも、ほんとうの友人だったら時間が経ってからでも、止めたことを理解してくれる。そのときにまた、友人としてつき合っていければいいと思う」

「わかってくれないかもしれないぞ」

「しょうがないです」

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