【連載】17歳の殺人者 第42回 「(会いたい人は)特にいないです」

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「(会いたい人は)特にいないです」

Dの声は四人のなかでもっとも聞き取りづらい。口数が少ないうえに、言葉がとぎれとぎれになり、もつれる。傍聴人は耳をそばだてるが、弁護人の反謁がなければメモをとることが困難である。Dの重い口はそのまま彼の内面を物語るようである。

Dの弁護人は冒頭陳述でこう述べた。

〔被告人は、小さいときから、他者とのコミュニケートがうまくできない子であったことから、誤解されやすく、他の子どもからいじめられることが多かった。一歳年上の姉は、被告人をなんとかまもってやろうと努めた時期もあったが、姉の努力にもかかわらず、被告人の態度に大きな変化が生じなかったこともあって、姉は半ばあきらめてしまった。母親は、いじめられて帰ってくる被告人に対し、なんとかたくましくなってもらいたいという思いから被告人を叱咤激励していた。しかし、それがかえって、被告人に心の安らぎの場を与えない結果となってしまった。

そのため被告人は、家族も含めて他人に対して心を開いて他人を信用することを知らない。他人の気持ちを理解しお互いの理解を深めたいというような考え方を持ち合わせていない。他者に対して積極的にコミュニケートしていこうという姿勢がない。対人関係であるのは、いかにして自分をまもるかということだけであり、「自分に攻撃の矛先が向きさえしなければ、他人がなにをやろうが知ったことではない」という考え方で徹底している。

そして、被告人はそのことの悲劇性をまったく認識していない。

被告人には、他者に対して積極的に加害行為をしようという考えはない。自分はあくまで他者と無関係なところにいられればよいのである〕

十一月十七日の第六回公判の弁護人質問。

弁護人:君は今回の事件で、今年(八九年)の四月から二○○日以上も身柄を拘束されているわけだけれども、ずっと独房にいるよね。

「はい」

弁護人:一人でずっと二○○日以上もいて、早く外に出たいとか、家に帰りたいということを考える?

「いえ、別に考えてないです」

弁護人:考えない。

「はい」

弁護人:早く家に帰って、お母さんに会いたいというようなことを考えない?

「いえ、考えてないです」

弁護人:お母さんに早く会いたいとも思わない?

「いえ、思わないです」

弁護人:君にはお姉さんがいますよね。

「はい」

弁護人:お姉さんにも、早く会いたいとは思わない?

「いえ、特に思わないです」

弁護人:ほかに、あなたとしては、いま会いたい人というか、毎日考えているような人がいるかな?

「特にいないです」

弁護人:君には中学、高校のときの友達なんかがいるね。

「はい」

弁護人:これから名前が出てくるけども、そういう友達で面会に来てくれた人がいたでしょう。

「はい」

弁護人:そういう人達と、また外で一緒に遊びたいとかいうことを考えない?

「いえ、考えてはいないですね」

Dは常に両手を膝のうえに置いたままである。彼の容疑は猥褻誘拐・略取、監禁、強姦、殺人と、ほかの三人より死体遺棄と窃盗がないだけ容疑が軽いわけだが、法廷で見るかぎり、Dがもっとも自分をかたく閉ざしたままである。

同弁護団は意見書を提出。「被告人を家庭裁判所へ再送致するのが相当」と主張していた。

再び、Dの弁護人の冒頭陳述。

〔自分の心を固く閉ざして強い者に迎合することは、被告人の得意とするところである。いじめられ攻撃され続けてきた被告人にとって、少年刑務所の支配服従関係の生活はさして苦痛にならないであろう。それどころか、そこでの生活に完全に「適応」してしまうことが、十分に予想される。現に被告人は東京拘置所に収容された当初こそ、家族や弁護人が面会にくるのを楽しみにしていたのであるが、次第に拘置所の生活に慣れてしまい、最近では、「別に面会に来てくれなくてもよい」と、表情を変えずに平然と言い切るようになってしまったのである。しかも、現在の被告人には、事件に巻き込まれたという意識が強く、自分に大きな責任があることを十分自覚できていない。そのような被告人を少年刑務所に収容するのは全く無意味である。

被告人に人間らしい心が芽生え、自分のやったことの罪の深さを真に理解したときに、被告人の本当の罰が始まるのである。そうしてみると、被告人を少年院に送致し、被告人の心を育てるカウンセリングからまず始めるべきである〕

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