【連載】17歳の殺人者 第41回 意思がないんですよ

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意思がないんですよ

S弁護士と一緒にDを弁護したもう一人の弁護人による、出身校である足立区立東綾瀬中学校についての質問に、Dはこう答えている。

弁護人:中学校時代の全般を思い出して楽しかった?楽しくなかった?

「やはり、楽しくはないですが」

弁護人:どうして楽しくなかった?

「行きたくないですから」

弁護人:中学一年のときに学校を休んだのは何日休んだの。

「確か三日ぐらいだと思いましたがL

弁護人:中学二年生ぐらいになってから、学校休むようになったでしょう。最初はどのくらい休んでいた?一カ月に一回とか二回とかいうかたちで。

「一カ月に二回ということはなかったと思いますけど」

弁護人:一カ月に一回。

「か、二カ月とかに一回ぐらいで」

弁護人:それで徐々に学校に行かない日数が増えていったの?

「はい、だんだんと」

弁護人:学校に結局は行かなくなったわけでしょう。その原因はなんなの?

「うちのお母さんと学校ですか」

弁護人:じゃ最初に学校のことから聞くけども、学校が原因というのはどういうこと?

「けっこう、規則も厳しいですし、暴力ばっかりふるわれるし」

弁護人:暴力ふるうのはだれ?

「先生です」

Dは教師たちが毎日理不尽な理由で生徒を殴っていたことを述べた。D自身も、礼をするとき、ひとりだけ「顔が上に向いていた」と教員にとがめられ、殴られたことがあったという。

Dとは小学校五~六年と同じクラスであり、中学校時代はたぶんもっとも時間をいっしょにすごしたであろうゴロウ(仮名・十七歳)に会った。Dが空調設備の仕事をしていたのはゴロウの父親が自営する会社だった。

「中学生になってからいっしょに遊ぶようになったんですよ。あいつ、中学一年のときは学校七回しか休んでないとか言ってた。"すげえ"って言ったら、"そうだろう"って自慢してました。

中二になって登校拒否っぽくなってきたのは、ジブンと遊んでたんですよ。夜ずっと遊んで、夜中の三時ぐらいに帰るんですよ。で、明日ぜったいに学校で会おうな、とかって約束するんですよ。でも、けっきょくジブンも休んじゃってたんですけど……」

ゴロウはDとなにをよく話していたのか、私はたずねてみた。

「あのころは夜うろついてるだけが楽しいっていうか。コンピニとかの前で女とか単車の話してました。Dがいちばん熱中してたのは、ファミコンかな。ジブンとかと遊んでる以外はファミコンやってました」

ゴロウはDから、Aとの付き合いについて相談をうけていた。

「A先輩と遊びたくないって言ってましたね。一緒にいても、おもしろくないってぼやいてましたよ。やっぱ、怖いとか自分がだめになっていくっていうのがあるんじゃないスか。Cの家だって、ほんとはいたくなくて、A先輩がいろって言うから行ってたみたいです。あいつ、昔から自分の立場がどんなに悪くても、悪いほうに誘われたらすぐ行っちゃう。意思がないんですよ」

意思がない。言い得て妙だ、と私は思った。

「でも、いいところもあるんですよ。動物かわいがったり、やさしいですよ。おれが前に悪さして鑑別所はいったときも手紙くれた。あいつの夢ってやたらとでかいんですよ。まわりが車の免許とるとかって言ってるときに、あいつは戦車。完壁に冗談みたいな話ですよ。Dと話していると夢の話が多いんです。もし、宝くじ当たったら、とか」

Dが家のなかで暴れだすようになったのは、中三に進級してからである。母親に特定の男性から頻繁に電話がかかるようになり、そのたびにお膳をひっくり返したり、物を投げてガラスを割ったりした。ただし、母親に直接手をあげることはしていない。このころ、かれはほぼ学校に行かず、家のなかでファミコンばかりしていた。

母親は四二キロあった体重が三七キロになり、胃潰瘍にもなった。母親は中学の担任のところへ相談に行った。息子が卒業できるかどうか、という心配もあったからだ。

三年の担任だったN先生は当時をこうふりかえって、私に言った。

「Dの部屋には友だちもだいぶ来てて、煙草を吸ったりしてました。私もお母さんから何回も連絡をもらって見に行きました。窓から出入りしてましたから、近所からも苦情がいっていたみたいです。お母さん、夜も眠れなくてノイローゼみたくなっていたんです。ほんとうにお母さんの状態が悪ければ、警察のほうへ相談しましょうということだったと思います」

学校からDのことで相談を受けた綾瀬警察は、八八年九月五日の早朝、自宅からDを連れて行った。その日のうちに息子は帰ってくるものだと思い、母親は仕事を休んで待っていた。が、いっこうに戻ってこない。中学校に電話をしてみてはじめて事情がのみこめた。Dは虞犯少年として鑑別所に送られていたのだった。以後、Dは暴れなくなったかわりに、母親と食事をすることをやめる。

「中学のとき、鑑別所にはいってから、Dは人間的なつき合いをやめた。母親をどなりつけたり、ちゃぶ台をひっくりかえすということは人間的なリアクションを求めているということなんです。それをしなくなったということは、人間的なかかわりをあきらめたということじゃないでしょうか」

こうS弁護士は分析する。

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