【連載】17歳の殺人者 第35回 「友だちっていいなという……」

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「友だちっていいなという……」

小学校三~四年の担任だったK先生は、かれが事件の加害者だということを、教え子の一人から聞かされるまで知らなかった。たまたま別の件で電話があったときに、

「そういえば、先生知ってますか。あの事件の(少年の)なかにB君がはいっていたんです」

と受話器のむこうで教え子が伝えてくれたのだった。

エッ?あのB君なの?K先生は驚きと同時に信じられない気持ちでいっぱいになった。なぜなら、それまでは事件のニュースを「よそのできごと」という思いで聞いていたからである。K先生は私に小学校時代のBの印象を語った。

「かれは体も大きかったし、スポーツマンでした。そして、いろいろな意味でリーダーシップのある子でした。スポーツ大会などで、かれがいるとチームが勝ったりして、クラスでは信頼されていたように思います。友だちがいじめられると、相手が大きかろうと強かろうと向かっていくところがありました。それに、私に力をかしてくれた。授業などで、私が静かにしてほしいとき、かれが"静かにしろよ"なんて言ってくれたんです」

三年生の一学期は学級委員をつとめた。K先生の期待を背負ったが、それが裏目にでることがおうおうにしてあった。

その頃の体験についてBは弁護人の質問に次のように答えている。

弁護人:小学校三年ぐらいから、君と同級生の関係はどうだったの。

「ぼくはよく同級生の友だちを殴ったりしていました」

弁護人:それはどういうことで同級生を殴ったりするの。

「自分が思うようにいかなかったり、そういうときに殴ったりしていました」

弁護人:きみ自身がなんとなくむしゃくしゃすると、同級生を殴ったりしていたのかな。

「はい」

弁護人:だけれども、君としては同級生を殴ることはやめられなかったのかな。

「やめられないというか、自分は普通にやっているというふうに思っていたと思います」

弁護人:そうすると、それはお母さんがやっていたようなことと同じようなことにはならないの。

「はい」

弁護人:だけれども、君としては同級生を殴ることはやめられなかったのかな。

「やめられないというか、自分は普通にやってるというふうに思っていたと思います」

弁護人:同級生を殴って、先生に叱られたことはありますか。

「はい」

Bは友人をいじめているつもりではなかったらしい。しかし、クラスメートの目には、はっきりと「いじめ」だと認識されている。

Bが四年生の二学期に転校する直前、数人の子どもたちがK先生にある訴えを持ってきた。先生がたまたま授業を留守にして自習を頼んだとき、Bがうるさくしていた子を殴りつけたのだった。

弁護人:小学校三年生のことになにか嫌な思い出があるということだけれども、どういうことがあったのかな。

「ぼくが暴力をふるっていたら、担任の先生が劇をつくるというふうに言ったというか……」

Bが嫌な思い出として挙げた「劇」。それは「ひとりとみんな」と題したものだった。大筋は、つぎのようなものである。

――先生が学校を一日だけ休むことになった。先生は学級委員や班長さんと協力してしっかりやってください、と言って出かけて行く。が、図工の時間に男子五人がふざける。それを見て怒った学級委員が「ふざけたやつ、前へ出てこい」と言い、級長とそのとりまきの何人かで殴り、みんなの前で「すみませんでした」とあやまらせる。

翌日、先生は「昨日はちゃんとできましたか」とたずねる。子どもたちはくちぐちに昨日のできごとを訴えた。先生はそれを聞き、「それで、みんなはなにをしていたの……だまって見ていたの?」と問い返す。

何人かの生徒が、暴力をとめられなかったのは、学級委員である○○君が怖かったからだと話し合う。

「○○君を学級委員からはずすべきだ」

「そうだ、はずすべきだ」

「学級委員をやめさせよう」

「やめさせよう」

「でも、○○君より学級委員にふさわしい人がいるだろうか」

「みんながうるさい時、○○君がいつもひと声をかけてくれた」

「するとみんなは、すぐしずかになった」

「ほかのクラスの子にいじめられている時には、いつも助けてくれた」

「フットベースの試合の時、○○君がいると勝てる」

「体育でも朝礼でも、○○君がいるとすぐならぶ」

「○○君がいうことならなんでも」

「なんでも」

「すぐにみんながいう通りにする」

「いう通りにする」

「でも」

「でも」

「それは○○君が怖いからだ」

「あとのしかえしが怖いからだ」

そのあとの学級会で「暴力はいけない」ということで意見が一致し、学級委員を仲間外れにし、反省をうながそうということになる。生徒のひとりが先生にそれを提案し、多数決で可決される。

学級委員をやめさせられ、仲間外れになった○○君は元気がなくなる。そこへ転校の話である。転校する日、○○君はお別れのプレゼントをクラスのみんなから受け取るために、前へ出る。クラスの代表が「新しい学校へ行っても、元気でがんばってください。ぼくたちも自分勝手なリーダーを出さないように、みんなで力を合わせてがんばります」とプレゼントを渡す。○○君は「きょうはどうもありがとう。ぼくは一学期に仲間外れにされて、とてもさみしかったです。中休みや昼休みに、みんなと遊べなかった時、自分のいけないところをいろいろ考えました。新しい学校へ行ったら、同じことを繰り返さないように、がんばります」と言っておじぎをする――。

この「主人公」である学級委員の「○○君」は、Bと一字違いの名字である。つまり、この台本は子どもたちがK先生に訴えたことをもとにしている実話なのだ。

この劇はBが転校してから学芸会で上演された。K先生はこの劇のことをBが知っているとは思っていなかったのだと言う。K先生は私に語った。

「B君の言いなりになっているクラスの子どもたちに対して、誰がやっても、悪いことは悪い、正しいことは正しいという、そういう判断ができればいいね、という思いをこめて私が脚本をつくりました。他のクラスの先生が(劇を)自作自演でやられるというので、よし、私も作ってみようと思ったんです」

ところが、この劇の存在をBは知っていた。Bは公判の中で、転校した理由として父親のところへ行かなければならなくなったということのほかに、その劇から逃げたかったと供述している。

「かれが傷ついていることを知りませんでした。もし、私のあやまちがおおきなこと(事件)につながっているとしたら、という自戒の気持ちです。教師という仕事の意味を深く考えさせられています」(K先生)

転校して、三カ月後、Bはまた、もとの小学校に戻ってくる。当時の学級通信には「お家のつごうで、九月一二日(土)にお別れしたB君が、きのうから××小の四年三組の一員としてもどってきました」とある。

そこにBはこんなふうに書いている。

〔ぼくは、一学期にぼう力や自分かってなことをやったり、ゆったりしていて、みんなからなかまはずれになった。ぼくは前の学校でも注意されて、反省したと思っている。今、そういう人がでたら、ぽう力ではなく、口でどんどんなおしていきたいと思う。もう、ぽう力をしないということをみんなと約束します。それをなおしたら、言ば使いもなおします〕

この文章はBが自分の「おこない」がどう評価されていたかをしっかりと自覚していたことを表している。

Bは四年生最後の文集に次のように書いている。K先生が「思い出を詩や文にしてください」、とクラスの生徒たちに書かせたものだ。△△小とはBが転校し、三カ月だけ在校した小学校のことである。

「友」

ぼくは学校が二回変わった

それで友だちは力でおさえつけてはいけない

ということがわかった

友だちは心と心が通じあうと

友とよべることができると思う

ぼくは△△小でそのことを学んだ

それから△△小ではじめて真友という言葉に会った

その時はじめて

友というのに気がついた

ぼくは△△小に行くまえの学校にいる

でも

心には真友という言葉が生きている

弁護人:君は△△小へ行って、同級生との付き合い方で考えたことがあるんだって。

「はい」

弁護人:どんなことを考えたのかな。

「友だちっていいなという……」

〔前略 藤井さん

手紙、歌詞カード有り難うございました。本当に嬉しく思っています。『友』という詩の事についてなのですが、全く覚えていないのです。

すみません。僕自身にとって凄く残念に思っています。それに真友という言葉も覚えていないのです。

しかし、△△小の時の担任であった先生が教えてくれたのかもしれません。

僕にとって友達というのは、事件当時頃は、友達関係が切れたら敵になる様に思っていたと思います。それだけではないにしても、僕は不信感として持っていたと思います。友達関係が切れるというのは、今の僕にとっては疑問があります。

僕の中には、好きな友達はケンジ君たちでした。この一年でも何回となく思いだしました。それにCの兄、C、Dです。

今の僕にはしん友というのは使うことができません。切ないような、何か気持ちの中でおさえるものがあるのです。

もっと説明できるような気もするのですが、難しいです。

僕から尋ねたい事があるのです。先日の面会の後に残った疑問なのですが、藤井さんは人を受け入れるということをどの様にして学んだのですか。

平成二年四月十八日B〕

中学校にはいってからのBはプロ野球の選手を目指すという意思を持って、野球部にはいった。長身や運動神経のよさは他の種目でも発揮され、バレーや陸上選手としても活躍した。しかし、中学二年の冬休みにスキーで骨折。スポーツを続けることは断念せざるをえなくなった。

中学一年のときにささいなことからけんかをしたが、三年生の三学期になるまでこらえた。三年生のときのけんかは、カツアゲされた友人の仕返しをするためにけんかをしたのだった。やむにやまれずの暴力だった。

公判でBは、けんかをするようになった理由を「けんかをしないと"弱い"とばかにされるから」「友だちが変わったから」と証言している。

弁護人はBの中学校時代の友人関係を聞き、どんなタイプの友人がいて、なにをして遊んでいたかなどを聞いたあと、「ときにはけんかしたりする友達もいましたか」とたずねた。「はい」とBは答えた。

弁護人:これからけんかのことを聞きたいのですけれども、君がけんかをするようになったのは、いつごろからですか。

「小学校のころからです」

弁護人:そのきっかけはどういうことですか。

「僕の住んでた団地内に子供が十人ぐらいいて、それが分かれてけんかするときに、(どちらかに)入らないとあとで遊んでもらえなくなるから、けんかをするようになりました」

弁護人:じゃあ中学校時代はどうでした。

「一時やめたのですが、中学校三年生の終わりごろになってやるようになりました」

弁護人:そのきっかけはなんですか。

「C君の友達が暴走族にカツアゲされたことがきっかけで、やるようになりました」

弁護人:けんかのやり方で、例えば、自分からは仕掛けないとか、いろいろあるでしょう。

「自分からは殴ったりしませんでした」

弁護人:けんかするとどんな気持ちがしましたか。

「中学校の仲が良かった友達に頼まれてやることが多く、やったあとはすっきりするということはありませんでした」

弁護人:けんかのとき、相手を殴ったりしますよね。そのことについてどう思ってましたか、

「ごく普通のことだと思っていました」

弁護人:あんまり自分が特別なことをしてるという感じじゃなかった。

「はい」

Bは高校に進んでからも、中学時代の友達に頼まれるとけんかをつづけていくことになるのだが、高校を中退してから「けんかは勝たなくてはならない」と思うようになる。そう信じこむ理由と高校を中退する理由は同じだった、とBは公判で述べた。

「高校で六人ぐらいのやつらに突然殴られたり蹴られたりして、けんか(をした)相手のクラブの先生に目をつけられたことがきっかけで高校をやめざるを得なくなったからです」

弁護人:そのとき君は一対六でやられちゃったわけ。

「はい」

弁護人:どれぐらい殴られましたか。

「時間はわかりませんでした」

弁護人:自分で気絶しちゃったとか、そういうことはありましたか。

「途中でわからなくなって、気絶したような感じになりました」

弁護人:自分でどうして殴られたかは分からなかったの。

「理由は分かりませんでした」

弁護人:それをきっかけにして高校をやめて、そのあと自分自身について、変わったなあとか思いますか。

「やけっぱちになったと思います」

Bは低音のくぐもった声で自分の過去の気持ちを言葉にする。弁護人の質問は親子関係にはいっていく。

弁護人:高校をやめたことについてお母さんからなにか言われましたか。

「小さいときから、高校は出ないといけないと言われていたので、どうしていいか分からなくなってしまいました」

弁護人:いつ、やめたんだつけ?

「高校一年の秋ごろです」

弁護人:それをきっかけに君とお母さんの関係はどうなりましたか。

「それまで逆らわなかったのですけど、反抗するようになりました」

弁護人:そうすると、君とお母さんの気持ちの通じ合いというか、そのころどんな感じでしたか。

「ないような状態でした」

弁護人:それ以前は気持ちは通じていましたか。

「あまり通じていませんでした」

弁護人:食事なんか一緒に食べたこと、ありましたか。

「ありません」

弁護人:いつごろから、一緒に食事食べたことないの。

「小学校二年生ぐらいからです」

弁護人:小さいころから気持ちがあんまり通じてなかったけど、これはもう決定的に駄目だなと思うようになったことはありますか。

「去年の八月ぐらいに、小遣いをねだったことで僕が壁をたたいていたのですが、そのことで一一○番に通報されて」

弁護人:一一○番を呼ばれて、君はお母さんに対してどう思いましたか。

「もう家族とは関係ないなと思いました」

弁護人:お母さんと気持ちが離れちゃって、そのあと君が、自分がいていちばん落ち着けるところ、気持ちが休まる場所というのはどこになりましたか。

「Cの部屋でした」

Bは公判のなかで「中学校のとき友だちはいっぱいいた」と答えているのに、その友だちに相談することはなかった、とも証言している。

弁護人:それはどうしてですか。

「(相談を)される側だったからです」

弁護人:じゃあ、あんまり自分の弱みを見せるとか、そういう感じの子じゃなかったのね、君は。

「はい」

弁護人:あの事件から一年たちましたけど、この間どんなことを考えていましたか。

「自分がFさん(被害者女性)にしてしまったこととか、Fさんのやけどの手とか足とか、腫れた顔とかです」

弁護人:そういうものが繰り返し浮かんでくるわけね。

「はい」

弁護人:それで、特にこの年末、年始あたりは、事件のことなんかいろいろ考えたのかな。

「はい」

弁護人:それで、君自身一年前と比べて自分が変わったなと思うことはありますか。

「自分の行動に一つひとつ責任があるということとか……」

弁護人:責任があるということを考えるようになったということね。

「はい」

弁護人:それから、自分の行動について意味づけを考えるようになったということもあるのかな。

「はい」

弁護人:それは、もう少し君なりの言葉でいうと、どういうことを考えるようになったんですか。

「言葉とか態度で相手の人が傷つくとか、そういう自分の態度の意味というか……」

弁護人:Fさんの事件の君なりの原因というのはなんだと思っているの。

「相手のことを考えなかったり、自分が見たまま感じたままに行動していました」

弁護人:その相手というのは、Fさんのほかにも、相手のことを考えてなかったなと思う対象はいるわけ。

「はい」

弁護人:どういう人たちですか。

「CとかDとかA先輩とかもそうですけど、自分のガールフレンドとか、あとお母さんとかお父さんのこととかです」

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