【連載】17歳の殺人者 第34回 少年Bの生い立ち

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少年Bの生い立ち

一九八九年七月三一日。

第一回公判は、東京地方検察庁検事による起訴状朗読、罪状認否で始まった。Aだけが「未必の故意」ではあるが殺意を認め、ほかの三人は傷害致死を主張した。「未必の故意の殺意」そのものは直接犯罰になることではないが、自身の行為が死に至らしめることを予想していた場合には、故意に殺害したのと同じに認められてしまう。

法廷内にはいると、主犯格のAの後ろ姿に目が行く。体は小柄だがぶ厚い背中である。傍聴席側から見て、四人のうちいちばん左側に座るそのAだけが、顔をあげ背筋をのばしている。ひきしまった横顔。被告人や裁判官席をじっと見据えている。

しかし、ほかの三人はそれとは対照的である。傍聴席から見て、Aから右に準主犯格B、自室が犯行現場になったC、いちばん右側に座るのはD。かれらは頭を垂れ、うつむいたまま顔をあげようとしない。午後一時一五分に始まり、一五分程度の休憩時間をはさんで四時をゆうにまわるころまでつづけられる公判中、その姿勢をくずそうとしなかった。

九月四日の第二回公判。四名の各弁護人の冒頭陳述があり、同月二一日(第三回)には弁護側からの、「検事側が証拠として提出した被告人供述調書は任意性に欠ける」という申し立てにもとづき、弁護人による被告人質問が始まった。

第三回と第四回(十月二日)は、Bに対する質問である。まず、弁護側の冒頭陳述。

〔被告人の父親は被告人が幼稚園児の時から母親以外の女性と親しく交際し、被告人が小学二年生のとき、完全に同女と同棲するに至った。被告人が小学四年生の冬の頃、父親は二カ月間の間被告人を同棲中の女性とその子供と一緒に生活させたが、被告人はこの家族と必ずしもうまくいかずに母親の元に逃げて帰り、かと言って母親の家に入ることも出来ず、母親宅の団地敷地内駐輪場で近所の人に発見されるまで潜んでいるなど、小学校時代に非常につらい思いをした〕

Bは一九七一年、足立区綾瀬で生まれた。父親はBが幼稚園のころに、べつに女性をつくる。父親が家を出てその女性と暮らすようになるのは、Bが小学校二年生のときである。

当時のBをよく知る人物は、私にこう語った。

「小学校四年生の冬に父親はBを呼び寄せ、自分と同棲中の女性とその子どもと二カ月の問生活させたんです。Bは転校をして父親のところへ行ったのですが、Bはこの生活になじむことができなかった。母親のところへもどるときに再びもとの小学校へ転校しているが、そのとき、放課後にちょっとした家出騒ぎを起こし、友人と道路をあてもなく歩いているのを担任教師に発見されたこともありました」

弁護人のBに対する質問。

弁護人:君は幼稚園のことを覚えていますか。

「はい」

弁護人:幼稚園のころはどんな子どもだったんですか。

「がき大将というか……」

弁護人:君は強かったの。

「強いというか、よく人を殴っていました」

弁護人:自分と同級の子供をよく殴ったりしていたの。

「はい」

同級生のなかでも、体が大きい方だった。友だちのあいだでボクシング大会をして優勝したこともあった。父親はよくBに野球を教え、毎日のようにノック、キャッチボールなどを繰り返し、しょっちゅう特訓を課した。ポールをとることができないと、「けつバット」という罰をあたえた。父親は息子を野球選手にしたいという希望を持っていたようだった。

弁護人:お父さんは君が幼稚園のころ、毎日家に帰っていましたか。

「帰ってなかったと思います」

弁護人:だいたい週に何回ぐらい帰らない日があったのかな。

「そういうのは覚えていないと思います」

弁護人:帰ってきたり、帰ってこなかったりしていたのね。

「はい」

弁護人:そのことを君は幼稚園時代どう思っていましたか。

「あまり、疑問に思わなかったと思います」

弁護人:仕事かなにかで帰って来ないと思っていたのかな。

「はい、多分そうだと思います」

弁護人:その意味が分かったのは、いつごろですか。

「小学校にあがったぐらいからだと思います」

Bは小学校三年生のころになって、父親が別のところに家庭をかまえたことを知る。それでも、ときどき海などに連れ出してくれる父親に戻ってきてほしいという願望があったが、小学校四年生になって父親に子どもができたことを知り、あきらめるようになる。

弁護人:ところで、お父さんのことをお母さんに話したことはありますか。

「小さいときあったと思います」

弁護人:でも、もう小学校三~四年のころには話さなくなったのかな。

「はい」

弁護人:それはどうして。

「お母さんに話すと怒られるというか:…・」

夜、働きにでるようになった母親は「お父さんのところがいいんだったら行きなさい」と、自分のストレスを子どもにぶつけた。靴べらや掃除機の先でBを叩くこともあった。Bは母親の機嫌を損ねないように行動するようになり、母親の逆鱗に触れるようなことがないように、父親のことは、なるべくしゃべらないようにした。

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