【連載】17歳の殺人者 第32回 「そういえば、A先輩たち帰ってくんのかな」

目次へ

「そういえば、A先輩たち帰ってくんのかな」

八九年のある時期、綾瀬駅東口の前にこんな立て看板があった。(現在は撤去)

〔おかげさまで交番が新設されます。五月一九日(金)・二○日(土)に実施致しました交番新設の署名運動には計一三四八九名という予想をはるかに上回る署名をいただき、誠にありがとうございました。私たちは、東京都知事、東京都議会議長、綾瀬警察署長に陳情書、足立区長には要望害を提出し、全力で交番新設の働きかけを行ってまいりましたが、このたび都立東綾瀬公園内(通称・鳩ぽっぼ公園)に交番新設の内定がくだされました。これも一重に皆様方のご支援ご協力の賜物と深く感謝しております。今後も綾瀬の地域環境の向上にご協力をお願い致します。 平成元年七月三一日〕

陳情者は地元各自治会、綾瀬青少年対策委員会、綾瀬地区少年団体協議会、地元各中学校PTA、同小学校、地元各商店街振興組合の名があった。

そんな新設交番からほど近い、昼間でも薄暗い地下鉄千代田線綾瀬駅西口のガード下。そこには、ちいさな居酒屋やパチンコ屋、ピンクサロンなどがひしめきあうように軒を連ねている。

もう深夜十二時近かっただろうか。私はCの同級生七~八人とそこを歩いていた。

ちょっとしたいざこざはそこでおきた。

一人の少年の肩と、立ち飲みの一杯飲み屋から出てきた四○歳半ばくらいの角刈りの男の肩がぶつかったのである。背は低いが、丸太のような腕をしていた。男はいきなり少年の髪をわしづかみにして、「組の事務所へこい!クソがき!」とドスのきいた声でどなりちらした。

その少年は、くびねっこをつかまれた猫のように身動きできない。

スミマセン、スミマセン、スミマセン……。

何度も謝るのだが、男は聞く耳をもたない。ほかの少年たちはぐるりとまわりを取り囲んでいた。

かなり酔っていたその男は、近くに事務所を構える暴力団員だと名乗っている。

まわりにいる少年たちは「すみません」「かんべんしてください」と謝り倒して、なんとかその場をうまくまるめようと必死だったが、なにを言ってもその男は「事務所へ来い」の一点張りだった。

私はたまりかねて、まえへ一歩すすみ出た。

「どうか、そいつを放してやってください」

無駄であった。「なんだあ?オマエはあ!」という怒号と同時に、私の横腹に蹴りがはいり、あわてて少年たちが男のからだを引き止めた。警察官が走ってきたのはその時だった。

遠まきに見ていた飲み屋のおばさんが通報してくれたらしい。その暴力団員は警官になだめられてその場を去ったが、私たちはとにかくその場を離れたほうがいいという話になり、けっきょく明け方近くまで綾瀬の街をうろついた。バス停のベンチに腰掛けたり、暗い公園でしゃがみこんだりして、時間をつぶした。ひとりが私を気づかう。

「だいじょうぶですか。よくあるんですよ、こんなこと。でも、ヤクザは相手にしないほうがいいんですよ。やっちゃおうと思えばやれるけど、あとが怖いからね」

「あとで、おれの友だちのおっかさんの知り合いの組の幹部の人に頼んで、スジとおしてもらおうぜ」

「おう、そうしよか」

「そういえば、このあいだのあいつさ、ナマイキだから、ボコボコにしちゃってさ。泣いてわび入れるから、許してやったけどさ」

「パーカ、いばんなよ」

「そういえば、A先輩たち帰ってくんのかな」

「自分のこと悪いって思ってんのかな」

「反省してるに、きまってんじゃねーか」

「あたりめーだろ」

「また、グレたら、ヤクザしかねえもんな」

「おめぇだってそうだよ」

目次へ

電子書籍で本書の購入を希望の方はこちら