【連載】17歳の殺人者 第8回 絶命の日

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絶命の日

その年のクリスマス。

カズキは友人の家でパーティーをやる約束をしていた。Aらとはファミレスの「けじめ」で一件落着、カズキは少し安心して年を越せそうだった。友人宅の前で皆が集まるのを待っていると、真正面から白のシルビアが向かってくる。Aだ。

「おめえ、なにやってんだ」

つかの間の安心は吹きとんだ。カズキは車に乗せられ、連れて行かれた。Aは後部座席に乗っていたDの姉を送って行くところで、そのあとはCの家に寄ることになっていた。

「車で待ってろ。おれはなにもしないけど、BとCが見たらなにするか、わからないよ」

そうAは捨て台詞を残し、BとCを呼びに行った。

しかし、BとCはCの部屋に不在だった。Aはそのまま車で街を流してから、カズキをむりやり乗せた地点に戻してくれた。カズキは心臓が今にも口から出そうだった。なぜなら、ファミレスの一件のとき、坊主頭にすることを約束させられていたのだが、実行していなかったばかりでなく、そのときの髪型は前と同じパンチパーマだったからである。しかし、不思議にAはおだやかだった。

「なんで坊主にしないんだよ。次までにしとけよ」

その後日談をカズキは私に話した。

「おおみそかぐらいに友だちんちに泊まりに行くんで、バイクに乗って向かってたとき、駅前でB先輩に会ったんです。いっしょにCとDがいました。素通りしたのがばれるとやぱいので、止まってあいさつをしたら、B先輩が寄ってきて、"こないだAから聞いたけど、あたま坊主にしていないんだってな。ヘルメット脱げよ"って。フルフェイスを脱いだ瞬間、殴られたんです。ジブンはそのまま転んで、バイクも倒されて、バイクもいっしょにボコボコに蹴られたんです。B先輩は"次までに絶対坊主にしとけよ"と言って行ってしまいました」

この頃、Cの部屋に女性が監禁されて一カ月が経とうとしていた。

部屋は女性の火傷が化膿した臭いが充満しはじめていた。それがいやでAはだんだんCの部屋に寄りつかなくなり、BやCに見張り役、さらには花屋の店番や新宿の暴力団事務所の電話番を頻繁におしつけるようになっていた。

年が明けて、一九八九年一月四日。カズキの仕事初めだった。午前中は会社事務所の掃除をし、午後から現場の仕事がはいっていた。そこにAからひさびさの電話がはいる。

「新宿の事務所に来い」

「むりですよ。仕事中ですから……」

「いいから、社長にわけ言って抜け出してこい」

それでもカズキが断り続けていると、「やっぱ、二時までにフラワーフレンドに来い」と命令を変えた。Aの口調に落ち着きがない。

「来ないとオマエんちに火をつける」

「妹、さらうぞ」

監禁されていた女性のことをとっさに思い出した。カズキは恐ろしくなり、ただ「わかりません」と返事をするほかなかった。が、いつものAとどこかちがうこともわかった。焦っている、殺気立っている……そう、カズキは思った。

職場の社長には、ある先輩に脅されていることを打ち明けてあった。社長は「例のやつか。行かなければ、ケジメがとれないのなら、行ってこい」と許してくれたが、カズキがどうしても行きたくないと言うと、「じゃあ、家に帰れ。家から一歩も出るんじゃない」とかばってくれた。

じつはこの日の早朝六時頃、Aたちは監禁していた女性の命を奪うことになる、決定的なリンチを加えていたのだった。Aは正月休みにやった徹夜マージャンの負けが一○万円ほどになってしまったことにむしゃくしゃし、女性の火傷の臭いを嫌ってDの家でファミコンをしていたB、C、Dを誘い、Cの部屋に上がった。

火傷で身動きさえとれない女性にAは、Bの名字と同じ食品を見せ、その名前を聞いた。女性が答えると「Bを呼びすてにするな」と殴り、今度は「さん」を付ければ、「品物に"さん"を付けるとはなんだ」とまた殴った。

DもAらに命令されリンチに加わった。三人に次々と殴られた女性は口や鼻から血を流した。Dは手に血がつくのを嫌がり、ビニール袋を手にまいて殴った。そのうちにAが一・七キロもある鉄アレイを持ち出し、女性の膝の上に落とした。Cも加わり、四人の暴力が終わったのは午前一○時ごろだった。

Aは女性が逃げないように足をガムテープでぐるぐる巻きにし、四人はサウナに出かけた。Aは車の中で何回も「死ぬんじゃないかな」と口にしていた。

あの子、やっぱり殺されてしまったんだ

カズキが家に帰ると、刑事が来ていた。八八年の十一月に起きていた「綾瀬母子殺人事件」の捜査のためだった。この母子殺人が発覚するのは、Aらの犯行が公になった一カ月後のことである。容疑者として逮捕されたのは東綾瀬中学を卒業したばかりのカズキの後輩三名だが、のちに冤罪と判明する。

「そのとき、ジブンはその刑事に話してしまおうと思ったんですよ。だって、警察の力を頼らなければ逃げ場がないなって、もう追い込まれてましたから……」

カズキの喉元まで、今まさに自分たちが犯している事実が出かかった。

「ちょっと相談したいことがあるんですけど……」

が、刑事はカズキが母子殺人事件に無関係ということがわかると、話を聞こうとせず、「少年課に言ってくれ」とカズキの言葉をさえぎり、忙しそうに出て行った。カズキは「あ……」と声にならない声を出した。

その一~二日後、家にAから電話があったが、カズキはある人に「ヤクザがらみの人に脅されている」と相談しており、その人がAと会い、手打ちのようなことをしてくれた。昭和天皇が死去した日だったことをカズキは覚えている。八九年一月七日だ。

それからカズキは会社の社宅に住み込みの身となる。しかし、どうやって調べるのか、そこにもカズキの留守中にAから何度も電話があった。カズキは友人たちから、Aが未だに「相談して人を使いやがって許せねえ」と激怒していることを聞いて震え上がった。Aに対しては「手打ち」など意味がなかったのだ。

四月の初めだ。何日だったか、カズキは正確に覚えていない。

テレビのニュースを観て、わが目をうたがった。全身から力がぬけていくのがわかった。ああ、あの子、やっぱり殺されてしまったんだ……。

カズキの職場に刑事がやってきたのはその直後のことである。今度はカズキ自身が容疑者だった。

「殴ること、リンチすることに理由はないんですよ。ただ、ムカっとくるというか。なんか、殴ることがあたりまえになっちゃってて、ジブンにはその感覚がなんとなくわかるんですけど、うまく言葉にできないんです」

カズキは「狂っていたあの頃」をふりかえった。

「生活に目的がなかったんです。自分でなにをしていいかが、わからないんですよ。それまでは学校に行ってたから、先生からいやなことでも命令されてやってたけど。目立ちたい。悪いことして、かっこつけて、ふつうにやってるやつに、オマエらとは違うんだぞってことを見せつけたいんです。

ヒマを持てあましていても、やることをさがすわけでもないんです。だれかが、ワルイことを"やろうか"と言っても、"よし、やろう"じゃなくて、返事は"そうだな"っていう感じなんです。だから、いつもなにやっても責任逃ればかりだったんです。だれかがなんとかするんじゃないかって……。

ジブンも先のことは考えないわけじゃないけど、まあ、いいやって思っちゃうんですよ。まあ、うきうきすることもありましたけど。

あの事件についてどの新聞とかを読んでも、理由になってない気がする。きっと本人たちもわかってないと思う。もっとおおきななにかがあるんだと思うんですよ。うまく、言えないんです。でも、ジブンにはなんとなくわかる気がするんです」

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