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【連載】暴力の学校 倒錯の街 第29回 日常生活の管理

藤井誠二ノンフィクションライター

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日常生活の管理

校長の山近博幸が教職の道に入ったのは一九四九年四月である。鞍手郡西川中学校の教諭としてスタートし、九○年に県立香住丘高校の校長を退職、そこで公務員の職を退いている。退職と同時に近大附属の副校長として招かれ、八八年十一月から就任していた石川昭正のあとを継ぐかたちで九二年四月に校長に就任した。

《私が校長をしている近大附属女子高校は私学でありますし、それだけに経営をも念頭に置いた学校運営をやらなければなりませんので、進学を目指す生徒から就職を目指す生徒を含めた幅広い層の生徒を集め、学科教育、生活指導をおこなっているのが実情であります。

教育方針はつまるところ、民主主義社会の中堅婦人の資質陶冶を目指し、広い教養と豊かな情操を身につけ、健康で明るい女子生徒の育成に努めることにあります。このように建学の理念に基づき学校運営をしている訳でありますが、私自身は何よりも地域住民に愛され親しまれることが必要であり、その中で特に学校教育を通じての生活指導、つまりしつけ教育が大切であると思っております。

いうまでもなく、よい大学に進学させることの重要性は大切であると思っておりますが、それと同時に豊かな情操を身につけた女性に育て上げるというのが何よりも大切だと思っております。

校長という職は職員の服務監督を始め、校務全般を掌握している最高責任者であります。今回の事件につきましても私の方針が周知徹底されていなかったために起きたとも考えられ、その意味でも責任を痛感しているところであります。

私がこの学校に副校長として就任したときに、この学校の印象として生活指導面が行き届いていない印象を受け、まずその面からの指導に取り組みました。たとえば校舎内のいたるところにチューインガムが投げ捨ててあったり、髪の毛を染め、ピアスをしている子が目立ったり、言葉遣いはもとより挨拶も満足にできない生徒たちが多くいたりしていたのでした。それで学科教育の充実を図るだけでなく、生活指導の充実も図るようにしたのです》

そこで、山近校長は「教育指導の方針」として三つの柱を立て、それを徹底することを教職員に求める。一つは、「基本的なしつけをおこない、生活習慣の確立を図る」、二つ目は「部活動の育成をおこなう」、三つ目は「生徒のニーズに応えるために進路指導の充実を図る」ということだった。このような柱を立てた結果、大学進学者が増え、地域から「しつけがよい」と評価を得ることができた、という。しかし、その矢先に事件は起きた。

近大附属では、「生活指導」の年間目標をその年度の当初(四月)に開く職員会議で決めることになっている。生活指導部から提案され承認されていた、一九九五年度の年間目標は、「基本的生活習慣の確立」として、1・遅刻・欠席を少なくさせる、2・通学マナー、挨拶の敢行などマナーの向上に心掛けさせる、3・校則に沿った服装をさせる、4・清掃・美化活動を通じて環境作りの意識を高めさせるため校内美化に努めさせる、というものであった。その「指導方法」としては、微に入り細に入り、徹底的に生徒の日常生活を管理するものだった。以下は教員間に配布された「指導方法」の内容である。

○遅刻・欠席を少なくさせるについて

遅刻防止と集団の中の一員であるという意識を持たせ、機敏な行動ができるように、また学年団のまとまりの向上を図るために、次のような指導をする。

(1)各学年毎に週一回ずつ、運動場でS・Hの時間に学年集会をおこなう(一年→火、二年→水、三年→木)各学期で変わることがある。

(2)各クラス、各学年で生徒の集会係を決めておき、始まりの時間に並ばせて私語をさせないように指導する(自主性の育成を図る)。

・特に無届け遅刻を無くすために、遅刻調書を書かせ段階的に指導する。

・家庭との連絡を密にして、欠席をさせないように意識づける。

○マナーの向上に心がけさせる(通学マナーの向上)について

・通学部会をつくって指導する。

(1)生徒が交通ルールを理解し守り、交通マナーの向上を目指し、社会の批判をあびることなく、安全かつ快適な通学をするためにお互いが協力し、学び合うことを目的とする。

(2)年四回の通学部会を開く。

・新年度に担当教員の決定、班編成、連絡網の作成、班長(一名)、副班長(二名)、風紀係(各学年二名、計六名)、班内で役員を中心にグループづくりをする等の決定をおこなう。

・各学期毎一回開く(一学期は二回)。

・各班の特色、状況に応じて年間目標を決める。目標を達成するためによく話し合い、各個人が努力すると共にお互いが注意しあえるようにする。

(3)通学ノート(生徒部で準備)を作成し、グループ毎に日誌を書かせ週二回(火、金)提出させ指導する。必ず指導、助言を書いてやる(ノートを大切に)。

(4)担当教員は、問題が起こった場合は生徒部に連絡する。

・挨拶の励行について

(1)挨拶の大切さを教え、あらゆる場面で励行できるように指導する。

(2)校門にて教員による挨拶指導、生徒会による挨拶運動を通しての推進活動。

○校則に沿った服装をさせるについて

・毎月一回、各学年毎ないし全学年で統一的に服装検査を行って指導する。

・毎日SHRで検査をして指導する(風紀委員等に検査をさせる等工夫する)。

・授業時間各教科担任がその都度指導して担任に連絡をする(見て見ぬふりをしない。注意をしなければ生徒は良いものと思う)。

・休み時間等、校内でその都度気をつけて注意をする(スカートの折り曲げ、第一ボタンを留める等)。

・登下校時、校門等で指導して違反者には違反チェック用紙を渡す。違反生は直ちに担任にチェック用紙を渡し報告する。担任は指導して生徒手帳に記録する。違反回数により遅刻指導と同じような段階で指導を重ねていく。

○校内美化に努めさせるについて

・校内及び通学路に常にゴミが散らかってない状態にさせる。

紙コップのぽい捨てをさせない。

教室内外で紙屑・ガム等を捨てないようにさせる。

散らかっている紙屑等を進んで拾うような指導をする。

・トイレを常に清潔な状態にさせる(清掃の徹底、トイレットペーパーの使用)。

・トイレットペーパーの補充分はトイレの中の棚の上に置くこと(手拭き等に使わせないため洗面所の近くに置かせないこと)。

・毎月一回最終土曜日に、担任指導のもと大掃除をさせる。

・燃えるごみ、燃えないごみに仕分けして捨てさせる。

・週目標を設定し、週番にて点検評価をさせる(一組より輪番制として三年生の担任が週番責任者となる。土曜日の四校時終了後、次の週番に引継ぎをする)。

※今年度も「あそう」前等(筆者注・「あそう」は学校脇にあるスーパーマーケット)で生活指導を兼ねて、交通安全指導を実施したいと思いますので全教員の協力をお願いします」

「民主主義」と山近校長は言うがまずなにより学校に民主主義はない。生徒に基本的人権は保証されておらず、学校は反民主主義の雛型である。そして、「マナーの向上」というが、体罰という暴力こそ、最も「反マナー」であり、チューインガムだの挨拶がないだの、遅刻が多いだのは枝葉末節である。理念はいくら崇高でも、中身はただ教員が権力をふりまわし、生徒を抑圧するだけのシステムにすぎない。

そして、校長の意を汲んでここまで細かく膨大な仕事を自らに課してしまう教員たち。細かい校則をつくればつくるほど、「違反」を製造し、それにいちいち対応していくことは自らを多忙にさせていくことにつながる。「見て見ぬふりをしない。注意をしなければ生徒は良いものと思う。休み時間など、校内でその都度気をつけて注意をする。スカートの折り曲げ、第一ボタンを留める」というスローガンは、宮本の意識にもあったことは間違いない。

年度当初の生活指導方針を見るまでもなく、近大附属の校則を破った者に対するペナルティは厳しい。次は入学時に配布される「生徒生活指導対策についての(保護者への)依頼」である。「~依頼」には、「これを確認、承認します」という保護者と本人のサインをとることにもなっている。入学時の誓約書といえる。

ちなみにこのサインに正式な法的効力があるかというと、ない。これにサインをするといかなる校則や「指導」にも従う義務が発生したかに思えるが、そうではない。基本的人権を侵害するような理不尽な校則やルールの存在そのものが無効である。

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ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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