「明確な定義がない」「同世代でも全てが敵」 就職氷河期世代が「分断」されている理由

(写真:アフロ)

 政府が発表した『就職氷河期世代支援プログラム』により、官庁や地方自治体、民間でロスジェネ世代を対象とした採用がはじまっているが、そもそもこの世代は過去に雇用の調整弁とされ続けており、加えて自己責任論が個々のマインドに影響を与えているということは、以前に指摘した。

 

 就職氷河期世代を苛む「雇用の調整弁」にされ続けた記憶と「自己責任」の呪い(ふじいりょう) - 個人 - Yahoo!ニュース

 

 もう一つ、就職氷河期世代について難しいのは、明確に何年から何年までという定義がされていないということだ。政府の定義では、35歳(1984年生まれ)~44歳(1975年生まれ)となっているが、これより上の団塊ジュニア世代(1971~1974年生まれ)を含めて捉えている例もあり、どのような線引きをしたとしてもこぼれ落ちる人が出てくるだろう。

 個人的には、日本総研が発表した『就職氷河期世代の実情と求められる対応の方向性』(PDF)が、「団塊ジュニア世代」「ポスト団塊ジュニア世代前期(1975~1979年)」「ポスト団塊ジュニア世代後期(1980~1984年)」をひっくるめて就職氷河期世代としているのが実態に近いように感じる。

 

 『ITmedia ビジネスオンライン』の「ロスジェネ女子の就職サバイバル」では、高卒で就職して結婚をしたものの、離婚後にブラック企業や不正規雇用を渡り歩くことになった46歳の女性にフォーカスした記事を配信している。

 

 国の支援も手遅れ……「就職氷河期第一世代」の女性が味わった絶望とは(ITmedia ビジネスオンライン)

 

 46歳(1974年生まれ)ということは、高卒で就職したのが1992年。リクルートの雑誌『就職ジャーナル』が「就職氷河期」という言葉を使った同じ年だ。20歳で結婚して寿退社、8年後に離婚ということは、2000年前後に再就職を図ったことになる。ちなみに、2000年の大卒の求人倍率は0.99倍と一番底の年となっている(求人倍率が1.40倍を割り込んでいるのは1999年から2005年まで)。

 しかし、この記事へのネットでの反応では、筆者である菅野久美子氏が1982年生まれなことを「ロスジェネなのか?」と疑問を呈する声や、「46歳高卒がバブル崩壊後の最初の世代?」「同世代だけど自分もバブルおじさんに奢られたかった」といったツイート、「むしろ男性の方が悲惨」と性別差を気にする人、さらには「離婚した時に養育費をきっちり取らなかったからでは」「技能が皆無な人はいつの世代でも氷河期」「自分も氷河期世代だけど資産を増やしてきた」といった「自己責任の呪い」と感じさせるようなコメントも多数寄せられていた。一番「キツいなぁ」と思ったのは「同世代でも全てが敵だよ」という言葉を投げかける人もいたこと。まさに個人的にいつだって感じていたことだからだ。

 

 今回の氷河期世代対策で、兵庫県宝塚市がいち早く募集をかけたが、1635人が受験して合格者は4人。競争率は400倍を超えている。思えば、高校・大学受験でも自分たちはいつも競わされてきて、新卒採用も転職時も狭き門だった。それを「当たり前」と捉えるのは簡単だが、競争からオミットされる人が多数存在するから、社会問題化されているともいえる。「もう戦うのはたくさんだ」と感じる人も多いだろう。だからこそ「下の世代は上手くやっているし自分たちが死ねば解決する」という極論までネットでは飛び出している。

 

 前述の記事では、政府の対策について「ガチで当事者に寄り添う気はないだろう」と痛烈に断じているが、むしろ失敗することは織り込み済みで「チャレンジを後代に活かす」という意識なのではないだろうか、という疑念も湧く。前述の『就職氷河期世代の実情と求められる対応の方向性』では、「“次なる不遇の世代”を生み出さないために」として「雇用制度や高等教育の見直し」を提言している。

 また、連合総研が2016年に出した提言のタイトルは『新たな就職氷河期世代を生まないために』(PDF)。「この世代は賃金・格差意識・幸福感に断絶がある」「20代に能力開発経験が少なかった」「社会的ひきこもりが中高年に広がっている」などの現状認識には頷けるものの、提言としては「青少年雇用情報の提供対象の拡充」「若年齢雇用者型訓練助成金制度の創設」「能力開発・キャリア形成有給休暇の推奨」といった、ロスジェネ世代には直接関係ないものが挙げられている。つまり、政府サイドも労働組合サイドも就職氷河期世代を「教訓」として見ており、根本的解決策を講じることを諦めているのでは、と見られても仕方のない提言を平気で出しているのだ。

 

 これが労働者の団結が強い国ならば、大規模なデモが起きてもおかしくない(なにしろ、この世代は約2000万人もいる)と思うのだが、さまざまな分析にもあるように、この世代は性別や社会的立場、個々人の経験の差が大きくて分断されている。

 これは貧困関連にも共通することだが、メディアで取り上げる際に「個人への取材インタビュー」となっているケースが多く、ネットでの反響も大きい。個人の体験を発信することが無意味だとは思わない。だが、例えばYahoo!ニュースのコメント欄やTwitterなどの反応で「自分はもっと酷い」といった弱者マウンティングが起きたり、「自己責任なのでは」といった議論になりがちになる。それが分断をより広げる作用を働かせている可能性が高いのではないだろうか。

 就職氷河期世代は、お互いのコミュニケーションが圧倒的に足りない。これには職場に同世代の同僚がいないケースが多いことや、競争意識の強さ、「自己責任の呪い」などさまざまな理由が考えられる。仮にロスジェネが「救い」を求めるのであれば、断絶や分断を超えた共通認識を持つことが不可欠で、メディアの側もキャンペーンなどのコンテンツによってそれを促すフェイズに進むべきなのだろう。