進路は一つじゃない NHK『ニュース7』“貧困女子高生”に伝えたいこと

お金がないからこそ、「知恵」を使う必要がある(写真:アフロ)

NHK『ニュース7』の「子どもの貧困 学生たちみずからが現状訴える」という報道で、登場した女子高生が「進路を諦めざるをえなかった」という切り口で紹介され、ネットでは映像にあった本棚などから「実はぜいたくをしているのでは」と疑問を持たれて炎上状態になっていた。

子どもの貧困 学生たちみずからが現状訴える(NHKニュース)

実際に“貧困家庭”だったかどうかはさておき、個人的には「貧困」と学生の「進路」を一緒くたにして同一の問題にしていることに違和感を覚えた。加えてクローズアップされている女子高生・うららさんが「絵が好きで、アニメのキャラクターデザインの仕事に就きたいと、専門学校への進学を希望していた」ということが引っかかった。

まず、アニメ関連のお仕事が、少なくとも20代のうちは薄給かつ激務であるという現実について、本人が理解しているのかどうか。

同じくNHKニュースでは2015年に「アニメ若手制作者 平均年収は110万円余」と報じている。日本アニメーター・演出協会の『アニメーション制作者実態調査報告書2015』では2013年の年間収入は平均332.83万円だが、1か月あたりの平均作業時間が350時間超という人が15.9%で、1か月の平均休日も4.63日と、労働時間に見合っているとは言いがたい。

参考:アニメーター「年収110万円」報道はウソ? 平均333万円、最頻値は400万円だった(キャリコネニュース)

現在、アニメだけでなくイラストの仕事の裾野が広がっているが、同時に「買い叩き」も起きている。『クラウドワークス』『ランサーズ』などで発注されている「キャラクターデザイン」は約30000円の仕事が一番多く、10万円以上の案件もあるが中には1000円台というものもザラにある。しかもほとんどがコンペ形式で発注されるとは限らないし、それでも多くの「売り手」がエントリーしている。そういった厳しい世界であるということを知る必要があるだろう。 

また、キャラクターデザインやアニメについて勉強することに専門学校が最適解なのかどうか。サブカルチャー論に取り組む大学は増えているし、中には島根大学(法文学部言語文化学科)や山形大学(サブカルチャー論の講義がある)のような国立大学も含まれる。

もちろん、大学に限らず専門学校でも奨学金を利用することが可能だ。日本学生支援機構の奨学金(第二種)ならば成績や進学の形態(自宅かそれ以外か)といったことに関わらず申し込みできる。ただ、上記のようなコンテンツ業界の年収で月々の返済をしていくことは難しいので、可能ならば好成績者が申し込みできる第一種(利息のない)か、各学校が優秀な学生向けに用意している返済不要の奨学金を得るのを目指すべきかもしれない。

番組では女子高生の成績までわからないので何ともいえないが、「キャラクターデザイン」という仕事の厳しさや、専門学校への志望が本当に正しいのかどうか、といった進路指導が十分に行われていないのではないか、と疑問を持たざるを得ない。個人的には、「貧困」よりもそちらの方が、番組であぶり出された「現実」のように感じられる。

彼女が本当にアニメ業界に入りたいのならば、50万円の入学金が工面できないことで断念するというのは拙速にも思える。1年間アルバイトをしてお金を貯めて、改めて専門学校入りを目指してもいいし、前述したようにアニメの研究ができる大学に進学するという道もある。ひとまず就職して、独力で絵の勉強を続けてもいい。あるいは、直接アニメ会社に熱意を訴えて、どのような形でもいいから「現場」に入る術を探るという方法もある。『シン・ゴジラ』の樋口真嗣特技監督は、1984年の『ゴジラ』の撮影現場の門を叩きキャリアをスタートさせた。なんにせよ、自分が望む進路に行く道は一つではないのだ。

最近、特に感じるのは高校生や大学生の意識や行動力の差だ。筆者のもとには、月イチくらいでブログを読んだ学生から「卒論(あるいは自由研究)の参考にしたい」といったものから「ライターになるにはどうすればいいか」といったものまで、メールが送られてくる。『Twitter』のプロフィールにアドレスも電話番号も晒しているからなのだが、こうやって専門家(筆者がそれにあたるかは疑問だが)に直接アプローチしてくるような人は確実に情報を得ることに意識的だし努力もしている。

メールならガラケーでも、もしくは学校のPCからでも送れるだろう。「どうすれば自分が望む進路に行くことができるか」ということにどれだけ熱意と知恵をもって取り組めるのかどうか、番組では伝わることができなかった。そのあたりもネットで不評だった遠因なように思われる。

筆者がうららさんという女子高生に伝えたいことは2つある。

ひとつは大人になって生きていく間にも、さまざまな制約はつきものだということだ。もちろんお金(予算)の制約もあれば、時間的な制約(納期とか)もあるし、当人の能力の制約もある。そこで諦めるか、知恵を使って諦めずになんとかしようとするのか、常に選択を迫られる。それをいち早く経験していると考えれば、「入学金が工面できずに進学を諦めた」ということは悪いことばかりではないのではないだろうか。

もうひとつ。自分語りになってしまうのだが、高校生の頃に筆者は天野祐吉氏のようなコラムニストに憧れて、「書く」ことを仕事にしたいと考えていた。筆者の家庭も学費を工面できなかったため新聞奨学生として大学に行ったが、就職氷河期だったこともあり就職すらできなかった。派遣社員を経て正社員の仕事に就くも、自分の限界を感じて退職し、その後いくつかの会社を転々とするうちに、ある企業で解雇された。そこから困窮し、心身を壊して生活保護を受けることも真剣に考えたこともある(それをエントリーに書いて盛大に叩かれもした)。

それでも、その後にいろいろな運に恵まれて、今はライター・ネットメディア編集者として働いて生活できている。この『Yahoo!ニュース個人』という場も与えてもらっているし、巡り巡って10代の頃に憧れていた「書く」ことを仕事ができていることになる。

つまり。例え一時は「夢」を諦めて、それを忘れてしまったとしても、さまざまな要素が重なりあって、自分が思い描いていた仕事に就ける可能性は、生きている限りはゼロではない、ということだ。

「やりたいことを諦めるな」とは言わない。ただ、人生何が起きるかわからないし、今やっていることが無駄にはならない。このことを心に留めておいてほしいと、切に願う次第です。