鳥越俊太郎氏の“黒歴史”『オーマイニュース』について振り返ってみる

鳥越俊太郎氏といえば……(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 舛添要一氏の辞任によって行われる東京都知事選挙に、鳥越俊太郎氏が立候補を表明した。報道によると、野党4党の統一候補になる見通しだという。立候補表明の会見については、『THE PAGE』などが詳報を出している。

 鳥越俊太郎氏が都知事選の出馬を正式表明(全文1)時代の流れを少し変えたい (THE PAGE 東京)

 鳥越俊太郎氏が都知事選の出馬を正式表明(全文2)野党4党からの支持打診(THE PAGE 東京)

 都知事選にも関わらず「国の流れを少し変えたい」と話しつつ、具体的な政策になると「わからない。これから詰める」という発言を連発するあたり、妙な既視感があるなぁと感じていたのだが、それは2006年に就任した『オーマイニュース』日本語版創刊編集長になった時と似ているところが多々あるからだ。

 まずは鳥越氏のサイトで略歴を見てみよう。

1940年3月   福岡県吉井町(現うきは市)生まれ

  58年3月   久留米大附設高校卒

  65年3月   京都大学文学部(国史学専攻)卒

     4月   毎日新聞社入社

          新潟支局、大阪社会部、東京社会部、サンデー毎日編集部

  82年~83年 アメリカ・ペンシルバニア州クエーカー タウンフリープレス紙に職場留学 

           帰国後、外信部(テヘラン特派員)を経て

  88年4月   サンデー毎日編集長

  89年8月   毎日新聞社退社

  89年10月~ テレビ朝日系列「ザ・スクープ」キャスター

  95年10月~ 「サンデージャングル」  

2002年10月~テレビ朝日系列「ザ・スクープスペシャル」キャスター

2002年10月~2011年3月  「スーパーモーニング」(テレビ朝日系)月~木曜日コメンテーター            

2002年10月~2005年3月  TBSラジオ「CUBE」

2003年4月~2005年3月  関西大学社会学部教授(マスコミ専攻)

2005年4月~2007年3月 関西大学客員教授   

2004年4月~2005年3月 「僕らの音楽」(フジテレビ系列)   

2005年4月~ TBS ラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」(月曜日スーパートーク)

2008年4月~ BS朝日「鳥越俊太郎 医療の現場!」

 ここで見ると、2006年のことがぽっかりと抜けていることに気付かされる。その間に就任していたのが、『オーマイニュース』編集長なのだが、略歴には記載されていない。つまり、これが鳥越氏にとっては“黒歴史”となっていると言えるのではないだろうか。

 そもそも『オーマイニュース』とは? ……という人もいるかもしれない。2000年に韓国で呉連鎬氏によって設立された市民参加型のニュースサイトで、誰でも気軽に投稿できるサイトとして最盛期は一日に約200本の幅広い内容の記事が投稿されていた。特に2002年の大統領選挙で、盧武鉉氏が当選したのに大きな役割を果たしたとされ、当時は「市民参加型のジャーナリズム」として注目された。

 オーマイニュース(韓国版)

 その日本版が設立したのは2006年。本国オーマイニュースとソフトバンク(韓国版の大株主でもある)が合弁会社を作り、鳥越氏が編集長に就任した。

 韓国由来ということもあり、オープン前の準備ブログやオープン後のコメントは、ネットからの風当たりが強かった。だが、それ以上に反発を巻き起こしたのは、鳥越氏の発言が物議をかもしたというのが大きかった。

 まず、ITmediaニュースの取材で、以下のような発言をしている。

 

2chはどちらかというと、ネガティブ情報の方が多い。人間の負の部分のはけ口だから、ゴミためとしてあっても仕方ない。オーマイニュースはゴミためでは困る。日本の社会を良くしたい。日本を変えるための1つの場にしたいという気持ちがある。

出典:ブログでも2chでもない「市民新聞」とは――オーマイニュース鳥越編集長に聞く - ITmedia ニュース

 

 だがその後、鳥越氏は「“一部は”といったつもりで、そういう風には言っていない」と否定した。それに対して取材を担当した岡田有花記者(当時)が反論しテープ起こしを公開するといったやり取りに発展した(参照)。

 都知事選の会見でも、記者から「BSの番組で鳥越さん自身が出馬しないというようなことを明言されていたのでは」という質問に、「そうはっきり言っていない。“言えない”と言った」というやりとりがあった。ここで筆者は上記の騒動を想起させられた。

 話が逸れたので戻すと、『オーマイニュース』日本語版がオープンした2006年8月に2ちゃんねらーと思われる記者からのネタ投稿がアクセス一位を獲得。「ブログよりも信頼できるメディア」という目的が早くもほころびを見せており、その後も編集部のチェック機能を疑うような投稿が続々と掲載されていった。

 2006年9月に行われたシンポジウムで、鳥越氏は「ブログリテラシーの低い人間だ」「ほかの市民メディア(『JANJAN』)は見ていない」と語った。ここも都知事選の政策は後回しな構造と同じように感じる。このシンポジウムでは「日本の点滴はどうなっているのかという“点滴問題”を取り上げたい」「小林よしのりさんや眞鍋かをりさんにインタビューしたいと思っている。王監督にもガンの闘病記を伺うつもりだ」と語った(参照)が、結局実現しないまま、2007年5月31日に体調不良を理由に編集長を退任した。個人的には、「投げ出した」と表現した方がいいように思う。ちなみに、2007年1月の段階で辞任をするという話が持ち上がったのだが、鳥越氏は否定。それに対して取材した『JANJAN』の記者が反論するということが繰り返されている。

 その後も『オーマイニュース』は迷走を続け、資金調達に行き詰まったこともあり2009年4月24日に閉鎖。今ではサイトの痕跡はネット上にまったく残っていない。

 都知事選の会見に話を戻すと、東京都の出生率を間違えて認識していたり、「私は昭和15年の生まれです。終戦のとき20歳でした。もちろん空襲も覚えています」と本来ならば5歳だったはずなのに20歳と話していたり、この人は本当に大丈夫なのかという場面が散見される。「健康状態に問題はない」というが、仮に当選したとしても『オーマイニュース』のように投げ出さないのか心配が残るのではないか。

 ま、筆者は神奈川県民なので投票権はないのだが、「東京が世界で一番おもしろい都市」だと信じて疑わないので、都民の皆様には賢明な判断をして頂きたいと願うばかりだ。