どうでもいいけれど、子どもの写真をネットに上げまくる親ってどーなのさ

 はあちゅうこと伊藤春香女史が、結婚観について語った『SOLO』のインタビュー記事(参照)に対して、元切込隊長こと山本一郎氏が反応記事をアップしている件。

 結婚のデメリットをはあちゅう女史は語り、私はデメリットを愛して生きる(山本一郎)

 筆者個人としては、そもそも戸籍制度に裏打ちされた婚姻というものが、現在の社会と合っているのか疑問視さえしているので(拙記事参照)、非常に珍しいことにはあちゅう女史側の考え方に近いのだけど、前提として多様な恋愛観と結婚観が認められるべきだという考えなので、「どちらもそれでいいんじゃない?」という以上の感想を持ち得ていない。

 ただ、筆者が衝撃を受けたのはまったくの別件で、山本氏が記事で子どもの写真を複数アップしていたことだ。彼はこれまでにも数回、お子さんの画像を公開していたのを見かけたけれど、ここまで1つの記事に多く掲載するとは……。元切込隊長クラスの方でも我が子かわいいの一心で自分の子どもの顔をここまで晒しちゃうんだ……。正直なところ、困惑するくらいに動揺しなから本稿を書いていることを告白しなければならない。まず深呼吸をしよう……。

 子どもの写真を、子どもの本人やその親の同意がなくネット上にアップすることは、『Twitter』『Facebook』などのソーシャルメディアが普及することによって顕在化してきている。『発言小町』や『Yahoo!知恵袋』のようなサイトに相談が寄せられているケースも散見されるし、投稿写真が悪質なコラ素材として利用される可能性もある。位置情報と共にツイートした際には犯罪に巻き込まれるリスクもあるだろう。

 とはいえ、これは自分以外の子どもの写真をアップした場合の話で、「自分の子どもの写真」をアップするのは、その親の責任の範疇といえるかもしれない。きっと、かわいい我が子を遠くにいる家族、友人や知り合い、より多くの人に見てもらいたいという善意により行われているのだろうし、何か”こと”が起きた時は、親が対処すればいい。山本氏はその自信がおありなのだろう。

 このネット上に子どもの画像を上げるリスクについては、2014年8月に『しらべぇ』が、アンケート調査の結果をもとに記事を出している。

 いつか親子トラブルになるかも?「SNS晒されチルドレン」の将来を心配する声 (しらべぇ)

 

「SNSに子供の写真をたくさん載せる人は、それが他者からどう見られているかについて無自覚すぎると思いますか?」

・思う:63.6%

・思わない:36.4%

(調査方法:インターネットリサーチ「Qzoo」、調査期間:2014年8月15日~8月19日、調査対象:全国20代~60代 男女ユーザー計1500名)

 これに対して、コンサルタントの永江一石氏は、トラブルに巻き込まれる可能性の低さや『Facebook』などのWebサービスの継続性に対する疑義などを理由に「ひとんちのことはほっとけ!」と述べている。

 子供の写真をソーシャルに掲載する是非について冷静に考えたい(永江一石のITマーケティング日記) 

 とはいえ、永江氏も子どもの肖像権侵害を問題視する向きについて、「それはその家庭の問題」というのに留めている。ほんとうにそれぞれの家族の問題に留めておいていいのだろうか?

 以前に哲学者の東浩紀氏が娘の写真を『Twitter』にアップした内容が大炎上したことがあった(仔細についての説明は省く)。これは極端な例だが、彼よりもネットリテラシーの低い人の方が圧倒的に多いだろうし、『Twitter』のような公開性の高いサービスではなく、『Facebook』や『LINE』のグループなどに第三者が見て"虐待"と捉えられるような画像がアップされるケースは充分に考えられる。それが、仲間うちのクローズドな空間だった場合はそういった事態の発生の可能性が高まるのではないかしら……。

 しかし、個人的に一番気になるのは、前述の『しらべぇ』の記事でも指摘されている「SNS晒されチルドレン」の社会問題化の方だ。

 

SNSの歴史はまだまだ浅く、幼少期から写真を載せられ続けて成人になった人はまだ現れていません。しかし、いずれこうした「SNS晒されチルドレン」が大人になったときに新たな社会問題が起こる可能性は否定できません。たとえば、「自分に許可なく写真を晒された」「美容整形前の子ども時代の写真を消してほしい」などの声があがることもあり得なくはないのです。

出典:いつか親子トラブルになるかも?「SNS晒されチルドレン」の将来を心配する声

 要するに、両親との関係がただでさえデリケートになる思春期に、過去に晒された幼児時代の写真がもとに家族関係が悪化する可能性について、「みんな考えている?」ということに尽きるのだけど。山本氏の記事の場合は、自身の主張を補強するために子どもの写真を活用しているわけで、申し訳ないけれどその姿勢には違和感を覚えるし、おそらく日本でも最強クラスのブロガーでもそういったことを”やっちゃう”という現実に打ちのめされてしまう。

 この将来の家族問題への対策はさまざまな方法があって、例えば『Facebook』にアップする場合は個別でなく「アルバム」にまとめてアップするようにして、子どもがしかるべき年齢になった際に非公開にしたり公開範囲を限定したりできるようにする、といったことが考えられる。

 ただ、筆者個人としては、子どもの写真(自分の子にせよ他人の子にせよ)をウェブ上にアップする大人の存在についてどうしても快くは思えない。中学生の頃、アルバムにされた幼児時代の大量の写真を見させれて、「デブだなぁ、ブサイクだなぁ」と思い知らされて、その後に自分自身の容姿に対して完全に自信をなくして、ひいては自分自身そのものに自信をなくした苦い記憶があるが、中学・高校くらいは一事が万事の評価へとつながってしまい悶々としがちだ。これ、多かれ少なかれ誰もが通っている道だと思うんだけどなぁ……。