「クールジャパン」が視界不良な3つの理由

第三回クールジャパン推進会議席上の稲田朋美大臣(筆者撮影)

安倍晋三内閣になってから始まったクールジャパン推進会議の四回目が2013年5月28日に開催。この席上ではとりまとめの提言を担当の稲田朋美内閣府特命担当大臣が「自分の言葉で」発表されるほか、アクションプランの議論が行われることになっている。

それに先行する形で、ポップカルチャーに関する分科会の議長を務めている中村伊知哉慶応義塾大学教授が記事をアップしているので、この機会に改めて考えてみたい。

本気か?クールジャパン政策(中村 伊知哉) - 個人 - Yahoo!ニュース

置き去りにされたクリエイターの就労環境問題

中村氏が主宰したポップカルチャー分科会では『金田一少年の事件簿』などの原作者である樹林伸氏が構成員として参加。クリエイター、特にアニメ・マンガ関係者の就労環境の厳しさについて言及していた。

まず、改善しなきゃいけないのは、ポップカルチャーというところに限定して発言させていただくのであれば、アニメの現場の労働環境だと思うんです。  去年、ある大学の美術系の学部を出て、それで就職をしたいということで、新卒で紹介してアニメの現場に送り込んだ青年がいるんです。  (中略)  「週6日間で、朝10時から、早ければ夜8時、遅ければそのまま次の夜まで徹夜。収入は、初任給が8,000円、5か月目で3万でした」。  どう思われますか。この環境で育つと思いますか。私は、絶対にあり得ないと思います。

出典:ポップカルチャーに関する分科会(第2回)議事録

同様に、樹林氏は児童ポルノ規制法による「非実在青年」問題についても触れ、「国として、政府としてポップカルチャー、漫画、アニメーションを推すと言っていながら、一方で国会議員がそれらの邪魔をしようとしている」と率直に不信感を述べてもいる。この二点について前提であって「そうでないと、議論に入っても余り意味がないかもしれない」というのは、アニメ・マンガ関係者だけでなく他のクリエイティブ産業に関わる人や一般ユーザーの心情も代弁しているのではないだろうか。

しかし、中村氏が2013年4月30日の第三回クールジャパン推進会議で発表された提言では、この前提が明確には盛り込まれず、『「みんなで」「つながって」「そだてる」』というぼんやりとしたキーワードレベルの「策」に留まった。おそらく「そだてる」の中に、「彼らが意気に感じ、意欲をもって仕事に取り組むことができる環境を与えたい」という箇所に思いが込められているということなのだろうけれど、外野からしてみれば樹林氏の発言はあまり汲み取らなかったんだな、という印象を持たざるをえない。

中村氏は、 知的財産戦略本部が取りまとめを実施中の「知的財産産政策ビジョン」にも関わっていて、こちらでは「クリエーターへの適切な対価還元に向けた制度整備」や「コンテンツ制作現場の環境の改善」などをはっきりと盛り込んでいる(PDF参照)。なので、クリエイター支援はクールジャパンとは別の枠組みで実施されるという考え方なのかもしれない。

とはいえ、クールジャパンに限っていえば樹林氏が指摘された「前提」が外されたという現実には変わりなく、外されたプロセスも不明瞭だ。前述した中村氏のエントリーでは「ハコよりヒト」と強調されているけれど、提言の内容からは実現されるか心許ない。

まぁ、エントリーを超意地悪な読み方するならば、中村氏ご自身も携わっているTokyo Crazy Kawaii Parisのようなイベントに国家予算を投入することが「本気」ということなのでは、と感じる。私個人もパリに限らず世界中の都市でkawaiiカルチャーの祭典を開催出来れば楽しいと思うので異論はないのだけど。費用対効果を厳密に求められた際の哲学を構築できないと厳しいんじゃないかな?

ポップカルチャーに理解がない議員

第三回の推進会議を傍聴した際、個人的に一番印象に残ったのは、中村氏が提言を発表した後に金美齢氏が「私はポップカルチャーなるものは全然興味がないので全くわからない」と切って捨てたこと。思わず椅子から滑り落ちそうになりましたよ(議事録PDF参照)。

それで、金氏がどのようなコンテンツを推していくのかと思うと、スイーツマリアージュについて全力でプッシュしはじめて、「???」となるわけです。その後、日本フードサービス協会理事の佐竹力総氏が日本食の海外展開について言及したのは当然として、秋元康氏まで「アニメのキャラクターをあめ細工と一緒につくって」とか「スイーツをどうやったら、より多くの方に知っていただけるか陣頭指揮する人が必要」とか大真面目に語り始めたので、内心で「アカン」と思うわけです。さすがに角川歴彦氏は人材育成や教育について重みのある発言をされているけれど、全体として日本の伝統を重視しつつ食文化を中心とした産業を世界へ売り出していこうという、なんともファジーな感じの議論に終始したというのが正直な印象になる。

途中、民間委員に色紙を出してもらい、込められた思いを発表してもらうという場もあった。その色紙は内閣府のページに公開されているのでご覧になって頂ければと思う。事務局サイドは自信満々の仕掛けだったようだが、申し訳ないけれど茶番にしか見えませんでした。

今回、オタクカルチャーやポップカルチャーの現場を知悉しているのは出席者の中では角川氏と中村氏の二名のみ。依田巽氏は日本レコード協会の会長時代にCCCDを推進したステークホルダーだし、実際に海外でウケている日本について理解を深めて戦略を定める際に適切な人選が行われたのかどうか疑わしいところではあった。このような民間議員がどのような経緯で選ばれたのかプロセスや背景が不明瞭だし、それが会議自体への不信感にも繋がっているのではないだろうか。

軸がぶれまくっているクールジャパン

とはいえ、そもそもクールジャパン推進会議が「何のために」開催されているのか、2013年1月25日に日本経済再生本部で安倍晋三総理の名で出された指示を見ると別の風景が見えてくる。

クールジャパン戦略担当大臣は、関係大臣と協力して、日本のコンテンツやファッション、文化・伝統の強みを産業化し、それを国際展開するための官民連携による推進方策及び発信力の強化について検討すること。特に日本食を世界に広め、日本食材の海外展開を進めることを検討すること。

出典:第1回産業競争力会議の議論を踏まえた 当面の政策対応について

つまり、安倍内閣にとってのクールジャパン政策にとっては「食」のプライオリティーが高いことになっているのだ。

日本食や日本の料理人を海外でも推していきましょう、という政策の必要性はあるのかもしれない。だが、例えばスイーツをクールジャパンとして推進していくことに対する「哲学」はどこにあるのかといえば、現状では「和の心」といったあいまいな言葉ばかりが踊り、納得のいく説明がなされていない。もっと言うならば、日本人が作るモンブランを海外の人に「これがクールジャパンだ」と感じて貰えるかと言えば、無理ゲーとしか思えない。

これが、農林水産省の予算や食品流通構造改善促進機構の助成金を増額しますということならば、話が分かる。同じように、伝統芸能や映画といったハイカルチャーならば文化庁が「我が国の多彩な文化芸術の発信と国際文化交流の推進」のために427億円近い予算つけている(PDF参照)ので、その拡充と配分を検討すればいいじゃん、ということになる。

一方で、国内外で評価の高いマンガやアニメ、ポップミュージックといったコンテンツが現行では支援を受けにくい。そのための制度設計をしていきましょう、というのがクールジャパン政策の出発点だったはずだ。それがあれもこれも含めましょうということになり、本来の姿からはかけ離れた実体のないものになっているのではないだろうか。

結局、政治不信と世代間対立ですよね

クールジャパン推進会議の「日本の魅力を伝えよう」という最大の目的について、異論を挟む余地はない。だが、一般にイメージされているクールジャパンと、会議室で進んでいるクールジャパンの議論との間に乖離が広がっているのはここまで述べてきた通りだ。結局のところ業界団体が関連予算の取り合いになるのではないか、という想像を払拭するには議論の展開が斜め上だし、そもそも政府での位置づけがどのくらい優先順位の高い課題なのかしら。

「ポップカルチャーに詳しくない」という稲田大臣は児童ポルノ禁止法改正に尽力するなど、青少年育成の観点から表現規制に肯定的な立場。そういった政治家が中心に取りまとめられることへの不安は就任当初から上がっていた。そんな中、秋元氏による「無報酬で協力」発言もあり、ネガティブなイメージを再起させることになったのは不幸だった。

金氏が「興味がない」と一蹴したことは、いみじくも「分からないものにはカネを出したくない」というディスコミュニケーションと資産の再配分が円滑に進んでいないことを象徴と捉えることが出来るかもしれない。秋元氏の発言も含めて、物分かりの悪いオトナが勝手に盛り上がっている会議と見られているうちは、中村氏が提唱する「みんなで」という一体感が生まれるべくもないと思う。

いや、分からないなら、分からないでいいんです。黙ってカネだけつけてくれるならば。

若手に勝手させるだけの度量が政府にあるのかということが、クールジャパンに限らず問われているのかもしれないな。