7pay問題から考えるデジタル化、デジタルトランスフォーメーションという言葉に感じる違和感

7pay問題へのツッコミを読んでいてデジタル戦略、デジタル化、デジタルトランスフォーメーションという言葉が大企業を中心に多用されていることに対する違和感にたどり着いた。

デジタルトランスフォーメーションという言葉は、政府が出している日本再興戦略に書かれている。この方針に則り、いろんな会社がビジネスチャンスとデジタルという言葉を使って「デジタル化推進」を進めているようだ。

話は変わるが、子供の頃使っていたコンピュータのディスプレイは8色しか表示できなかった。もっと前の人だとグリーンディスプレイで2色しか表示できなかったと言うだろうが、このような発色に限界があるモニタの事を当時は「デジタルモニタ」と呼んでいた。それに対して、256色、32768色、24万色などとたくさん色が表示できるモニタのことを「アナログモニタ」と呼んでいた。

その後、時代が変わりコンピュータとの間の信号をデジタル伝送できるモニタ、すなわち最近のHDMIなどでつながるモニタのことを「デジタルモニタ」と呼ぶようになった。今はHDMIが当たり前になって、特にデジタルとは呼んでいない気がする。

この進化で何が起きていたか、「より発色が豊かになり原色に近づいていく」すなわちアナログ的なアウトプットに近づいていくことをデジタル化やアナログ化などと時代時代で呼んでいたということになる。

AIの進化も全く同じである。機械学習などの技術の発展で、それまでif文などで2値的な条件分岐を駆使して人間がロジックを書いていたコンピュータプログラムが、大量のデータを元に、より曖昧な情報の分類ができるようになり、

「よりアナログ的な判断ができるようになる」

「心の機微を表現できるようになる」

ということがAI化の本質だと筆者は思っていて、結果として社会的な価値が生まれるのがいわゆるデジタル化で求められるところである。

つまり行き着く先、つまり今ある技術でやりたいことの目的はアナログ化だし、もっと言えばその境界線が限りなく小さくなっていくことをデジタル化とも言うのだと思う。

主観的すぎて申し訳ないが、今のデジタルトランスフォーメーションという言葉からは、そのような匂いは感じられない。なんとなくGAFAに負けないようにWeb化しましょうね、みたいなのを推進したり、ビジネスチャンスとしてこの言葉を発するベンダー側の経営者の姿が見て取れる。

この言葉を考えた人は、変化を促すことについて真剣に考えていて、この言葉を使って変化を表現したのだと思う。その気持は日本再興戦略を読んでいて感じられた。なので、それを受け取る側が、デジタル化が何を目的としているのか?を考えてほしいと思う。

多分、この言葉の元になったであろうデジタルネイティヴ世代という言葉は、空気のようにデジタルを使いこなす世代のことであるが、そこで実現されていることは、それまでの生活と変わらない。つまりLINEの上で友達と喧嘩したり、好きな人を口説いたり、ECサイトで好きなクリエイターの商品を買ってファンである表明をしたり…などの人間のお気持ちをインターネットを通じて自然に通じあえる人たちのことをデジタルネイティブと言うのだと思う。

7payの会見でツッコミされている論点の一つに、技術的な脆弱性診断はしているのだが、仕様的な不備をつかれて個人情報が流出したり、不正決済を引き起こしているという部分だった。要は、それ自体が脆弱性ではないかという指摘だったが、いわゆるセキュリティ診断としての脆弱性診断は、いかにもデジタル的な文脈であり、今回の7idで引き起こした仕様の部分は、おそらくサポートコストなどを鑑みての「気の利く機能」だったのだと思うが、そういう人間的な設計において脆弱性があったということではないのだろうか。

つまりWebサービスが接客を人間の代わりに肩代わりする時に、ユーザーないしは社内の人員に難しいサポートを必要としないようにしたかったという「コンピューターのアナログ化」における技術的な脆弱性だったのだと主観ながら想像している。当然、IYグループの顧客はネットリテラシーが相当低い前提で考えているだろうから、ややこしいがゆえに有用である2段階認証なんて到底考えられないだろうし、どうやったらサポートコストを最小化できるだろうか?と頭を悩ませたことは想像に容易い。SMSでさえ難しいと考えたかもしれない。最悪ペルソナを描いた結果、ユーザーファーストの文脈でここにたどり着いていたら不幸の極みとも言える。

21世紀のデジタル化という文脈において一番重要なのは、対人間において多くの人がどう考え、悪意のある人がどう考えるか?を考えた上で、デジタルと言われる技術表現や組織構造を作れるデザイン人材のことであって、デジタルだからコンピュータ・プログラミングができる人材、ということではない。そういう人材ももちろん重要ではあるが、デジタルトランスフォーメーションで言われてることの本質はそっちではないはずだ。

というのもデジタルトランスフォーメーションは、それまでのITと明確に区別されているところがあるからだ。20世紀から続く情報システムの先にあるべき概念が差別化されているということは、これまでのITの人材だけでは対応できないよ、と言っているわけなので、そこはしっかり理解する必要がある。

7pay問題の会見で気になったのは、CTOが不在だということ。SIerに開発を委託するのはよいが、責任そのものを丸投げするのは避けたほうが良さそうだと思った。今後瑕疵をめぐって裁判などが起きるかもしれないが、内製か否か議論の前に技術責任を他社に委ねる時点でデジタルトランスフォーメーションをしているとは言い難いと思うので、そこについては今後の流れに注目する。

あの場で記者の技術的な質問に回答できなかったCEOを補佐すべく、技術担当の役員がいて、その人がSIerに対する責任を担うほうが望ましい。おそらくその肩書はCIOではない。それがグループのどの人材かに問わず、技術に対する責任者を置くようにしたほうが望ましいし、その人が、簡単なバリデーションで他のメールアドレスに転送可能な仕様が、アナログ化して接客を肩代わりするWebサービスとして望ましいのか?に対する責任を担うべきだと僭越ながら考えさせられた。

そのような責任構造の変化、技術に対する姿勢の変化がデジタルトランスフォーメーションに求められる最も重要な論点だと考える。

他社様のこと、被害に合われたユーザー様のことを考えるとこのような文章を送信することには心苦しい部分はあるが、今後の日本再興戦略の推進においても今回のトラブルは重要なターニングポイントになるのではないか?ということを期待している。