ITは問題解決の機会を提供してくれるが、解決は自分自身の努力の問題である現状

Misfit Rayという歩数や睡眠を計測している活動量計のリストバンドがあるのだが、電池が切れているのに気が付かず惰性で使い続けていた。惰性でも腕につけつづけていたというMisfit自体の使い勝手はすごいと思ったが、電池が切れてることがわかりにくいという問題をちゃんと解決するほど関心を寄せられなかった。

ダイエットに使ったという友人の成功例を聞いて買ったわけだが、自分が活かせているわけではないという結果をまざまざと見ることになる。

自分がインターネット業界に来てもう20年ぐらいになる。

自分が大学を出た時の自分の視野では、まだインターネットが表立って存在していなかったので、ソフトウエア業界ではなく機械制御の世界に行った。当時のソフトウエアはいわゆる電子計算機、業務システムを作ってる人という認識で、バックエンドを支える業務すぎて、あまり興味が持てなかった。もっと何かの生産行為に直接寄与するような世界に興味を持ち、機械を電子制御で支える技術の世界に行った。

その後、インターネットが流行り始めて、パソコン販売が本格化し、日常の生活にコンピュータやネットワークが寄与できそうな時代が、ようやく自分の目線でも理解できるようになったのでインターネット業界に転職した。

更に、iPhoneなどのスマートフォン、AppleWatchやmisfitなどのようなウエアラブルデバイスなどどんどんデバイスが小さくなってユースケースが深掘りされてきて、いろんなことに使えるようになればなるほど、自分自身の「何もしなさ」に驚愕する限りである。

多くの人はPHPやGo言語が無料で使えたと言ってもプログラムの勉強をするわけじゃないし、数千円で手に入る素晴らしい活動量計を買っても運動するわけじゃない。iPhoneアプリで素敵な英語アプリがあっても英語を勉強するわけじゃない。目の前に素晴らしい教材やツールがあるのに、行動ができない。

大量の可能性が目の前にあるのに、逆に何も選択できない状況はなんなのだろうか。

今の所、あくまでも人間の強い関心と行動力に依存することがWebサービスのビジネスがワークする条件にある。ユーザーは何かを選択すると同時に、選択しない行動しない自由もある。多くのユーザーは挫折することを前提とし、生き残った一部のエリートユーザーが、そのサービスの利益を支えるのがインターネットビジネスの基本構造である。

そのサービスにおけるエリートユーザーをどれだけ育成できたか?によってサービスのビジネス規模が決まる。UIの使い勝手やわかりやすさは、育成を実現するための動線である。逆に言えば、それが目的達成に絶対に必要なサービスであればUIや使い勝手など無視されてもビジネスはワークする。そういうサービスもこの世には山程ある。

もしも、AI時代になったら、受け身のユーザーをも引っ張ってくれて「できなかったことができるようになる」ソフトウエアやWebサービスは出てくるだろうか。

AIは人の代替になるのか?という議論は個人的には発展の方向がつまらない話の議論だと思っていて、そもそも技術は人間をエンハンスしてナンボだと思う。全ての技術は人間の制約から離れてはいけない。原発で使われている核分裂のように一度暴走すると手がつけられないエヴァンゲリオンのような技術になってしまうと簡単にはコントロールできず手に余ってしまう。技術という範疇では、あくまでも最後のインターロックは人間の限界に委ねられるべきだと自分は思っている。

一方で、それだとユーザーの能力の限界が技術の限界となってしまう。例えばどれだけ自動運転技術が発達しても、最後のブレーキの責任を人間の判断に委ねざるを得ないならば、結局、人間の認知能力、行動力が限界という話になりかねない。

このような時に、適切にAIが介助してくれ、漠然とやりたいと思っていた薄い動機から「本当にやってよかった」まで昇華させられるエンジンを作ることはできるだろうか。

あらゆるWebに関連するビジネスは、なんらかしらの教育要素のベクトルを目指すことになると思うが、これに対する成功モデルはまだ言語化されたケースはあまりないように思える。過去、表面的にはゲーミフィケーションなどがそれに該当するが、本質的な問題解決ではなかったと思う。他によいモデルがもしもあったらコメントで教えて欲しい。