従業員を雇う飲食店の禁煙が実現した後の飲み屋コミュニケーションの変化

都の条例で従業員を雇う飲食店については店内禁煙を目指す案が出ていました。

従業員雇う飲食店禁煙 都条例骨子案

僕も学生時代、ちょっとだけタバコを吸ってたこともありましたが、特に常習性は得られなかったので、お金が勿体無いなと長らく辞めていました。

しかし最近、新宿のゴールデン街で六本木からやってきたアメリカ人が、お店の中で楽しくなってしまい、店にいる人達に自分が持っているタバコを薦めるという謎の行為をはじめ、その時に久しぶりに吸ったのがきっかけで、たまにタバコを吸うことを復活させてしまいました。(もちろん強制的に吸わされたとかじゃないですよ。)

学生時代はセナ・プロストのF-1のタバコ広告の全盛期だったのでマルボロを吸っていましたが、吸った感の演出なのか燃焼性促進剤が含まれいるらしく煙が過剰に出るのでお店の中だと気を使いすぎるので、煙が出にくいアメリカンスピリッツを好んで買っています。ゴールデン街の人たちアメスピ多いですよね。IQOSなどをわざわざ吸うほど常習性は持ってないです(どうやら自分、鈍感なようです)

新宿区歌舞伎町一丁目1-1のゴールデン街という世界が維持されてること自体、外国人観光客にとっても、日本人にとっても奇跡の街だなと思うところがあるので、アメリカのシリコンバレー、日本のゴールデン街として、二度と再現性のない東京都の文化資産、否、コミュニティとしての世界遺産という新しい概念で長らく守っていただきたく。

間違っても築地の移転のように恵比寿横丁みたいな商店街構造にはなってほしくないので、あまりここありきの主張はしたくないのですが、深夜勤務のゴールデン街の店員さんもタバコ吸ったりしてますし、朝に疲れた店員さんが開放感の中で集うお店でも、やっぱりタバコは吸いたいわけなので、この条例案が実現するのは、個人的な感覚としては厳しい条例だなと思う限りです。

つまり店員さんは他店の顧客でもあるわけで、全部が禁煙になるのは経済の振興という面でも厳しい結果になりそうな予感だけはします。

そもそも僕が外国人とのコミュニケーションにおいてタバコがインターフェースだったことを考えても、コミュニケーションツールという側面もあります。それを禁止するというのは従業員がいるお店というざっくりとした括りは一体どこからきた発想なんだろうと思わざるをえないわけです。

どこか従業員=経営者に対する弱者という位置づけのようさえ思えます。多分、そういう思想があるから、労働者(従業員)は資本(経営者)から守らねばならない!=>タバコの煙で健康が脅かされている!⇒禁煙だ!という理屈なのかなと思いますが、店員さんも人それぞれ自由意志で活動する裁量を与えてあげて欲しいです。

十把一からげで都内の飲食店が禁煙になってしまった先のゴールデン街のコミュニティがどうなるのか?が心配でなりません。

自分が働いているインターネットベンチャーの世界では、従業員は優秀な人材ばかりです。もしかしたら社会の上澄みをすくってしまっている面は否めないのかもしれませんが(つまり僕の視野が狭い可能性は十分にある)、彼らの転職可能性は基本的に維持されています。だから経営者は、従業員が働きやすい環境を提供し、彼らのやりがいと会社の方向と一致した時にのみ、彼ら自身の意思で雇用が継続されるという世界で生きているので、従業員=弱者のようにも見える価値観で何か別のものが条例化されてしまうのは、どうしても違和感を感じてしまうところがあります。

しかし、インターネットで情報が縦横無尽にやりとりできる今の時代では、そういう企業はブラック企業などと呼ばれ、よくない情報はすぐに伝達します。好んでブラック企業で働く人以外は集まりにくくなっているハズで(そういう会社を好む人もいます)、適切に情報さえ流通していれば、各個人の自由裁量で適切な経済配分が行われているハズだし、それを学校教育を通じて推進していくのが高度情報化社会にあるべき姿だと考えています。要するに、みんなが情報流通で、知識を並列化し、取捨選択する判断力を培うことで、社会的評価の低い行為は経営者は差し控える方向に行くはずという考え方です。

飲食店の禁煙策を進めたければ、転職の流動性を高めてあげれば、嫌煙者の数だけ喫煙可能店舗は採用に苦労するハズで、それが社会の総意であるならば、そのようにしむけることで望ましい社会が作れるのではないかと考えます。

ところが、今回のような割とざっくりとした規制にある裏側の思想が、資本家 vs 労働者 = 強者 vs 弱者という構造が背景にあるように見えてしまうことを考えると、雇用の流動化による人材振興策などにおいても意見があわないのかなぁなどと、ついつい余計なところまで考えてしまうところではあります。

ネットには嫌煙派も多いので過剰反応も予想されるので、この記事を書くことを一日ぐらい躊躇しましたが、個人的にそこまでタバコにこだわりがあるわけではないので、健康被害を防ぐための禁煙策や禁煙の条例化自体にはなんの感情もなく、そこを突っ込まれても何の反応もできないので申し訳ないのですが、この話のバックグラウンドに見え隠れする「なんでそういう話になるのかなぁ」という思想だけが違う方面で気になってしまいました。まぁ考え過ぎであることを祈ります。