マストドンによる極小コミュニティという新しいWeb時代へのチャレンジ

マストドンインスタンスmstdn.fmの運営、かつ最近、新宿ゴールデン街のお店にハマりつつあるえふしんです。ゴールデン街に定期的にいけるお店を見つけたら、朝ついついSNSを開いてしまうが如く会社帰りに寄りたいという中毒性が出てきてしまいました。

新しいSNS、マストドンについて、ちょうどこんな記事が公開されていました。

ツイッターより「マストドン」 新型SNSに熱気

 ツイッターよりも自由なマストドンは「炎上しにくい」「狭く深い情報交換ができる」「居心地の良さ」という3つの利点があり、それが多様性を好む日本人に刺さっているようだ。

個人的に思っているマストドンのチャレンジは「不特定多数による極小コミュニティ」が自律的に成立するか?という話だと思っていて、これまでのSNSにはあまり見られない動きとして求められるのが、「店主たるシスオペ/シグオペが誕生するか?」という部分ですね。

キュレーションサイトが出てきて、キュレーターという情報を発信するのではなく、集めてまとめるのが得意な人の存在が可視化されましたが、それに近しい話で、まるでゴールデン街のお店のママのような、コミュ力の高い人が知らない人達と楽しくコミュニケーションするような場が生まれるか?というチャレンジだと思っています。

mixi全盛期より後に勃興したSNSは、ユーザーに場のオーナーシップが基本的に存在しません。その前からあった2ちゃんねるも、一応管理人はいるものの基本的にはフラットな構造で、話題ベース、ニュースを基点として、沢山の人達の自由な発言を促しています。

どっちにせよ特定の人に場のオーナーシップを持たせないことで、リーダーのアテンションや能力の限界に影響を受けず、個人やネタのURLを中心としたハブ構造をweb的に張り巡らせることで薄く広くスケールすることに成功した例と言えるでしょう。

また、数的に一番成功してるであろうFacebook group は、あくまでも個人的観測の範囲でしかありませんが、飲み会の幹事とかに即しており、コミュニティ自体は基本的に限定的なものが多いのかなと勝手に思っております。ツールとしてよくできているので人が集まればまあどうにかなるってあたりに支えられてる部分も感じています。

それに対して、マストドンで今のところ成立しそうなコミュニティは,

・シグオペ(コミュニティの管理人)の声が届く範囲の極小コミュニティ

・数が多くても文脈が自律的に回る情報共有型コミュニティ(エロネタとかは代表例)

・数が多くても同じ空気感を共有できてるコミュニティ(オタクネタとか)

ではないかと現状では思っています。

タイムラインアーキテクチャはあんまり議論の場には向いてないですし。昔の掲示板サイトとも少し違うかなと思っていますので、話題のフローを前提とした話題の共有となると、それなりに人の気持ちの結びつきが求められます。それが友達ではない多様な人達が集まるとなると、場をリードする管理人が引っ張るか、何かの特定の話題や共通する空気感があればこその共同体となるのではないでしょうか?

自分が運営しているmstdn.fmは、ゴールデン街のお店のようなオープンなコミュニティを目指していると書いています。

https://mstdn.fm/about/more

ゴールデン街のお店の良さはお店の狭さ。つまり客単価x回転数で売上が決まる飲食店ビジネスとしては矛盾している部分を内包しており、だからこそ魅力的で人を集めることに成功してると言えるでしょう。

しかし、あと1平米、店が広くなった瞬間に人同士の分断が起き始め空気感が成り立たなくなるような気がします。要は個人をホストとしたコミュニティ構造には人数の制約が存在する可能性が高いわけです。

しかし、Webサイトは高利益率のビジネス化を思考するが故に、スケールすることが成功であるとされてきました。どの会社もKPIの中身は違うものの、なんらかしらの数を集めることがビジネスの目標になっています。その構図はまるで巨大な飲食店のようです。

特にWebサービスが始まった時の「少人数でも温かい世界だったよね」というのはスケールするための足がかりとしかみなされていません。まさに10年前のtwitterがそんな世界でしたが。

スケールしたネットワークは人の流入が増えるので、人集めには有利ですし、それ目当てにブランドとしての名前は高まります。しかし、コミュニティとしてはどうしても人数が多くなるとできないことが増えたり、人と人との軋轢で相互にプレッシャーがかかるという部分が犠牲にされてきました。

いわば、人がつめつめの体育館では、友達同士固まるか、もしくは他のグループに目立つようなバカができない。そんなイメージで、オープンスペースのツイッターなどでは「バカ発見器」などの世界をになってしまったり、逆に成功しているFacebookは友達関係をネットに投影することで成功してきました。

残念ながら、その両方が、昨今叫ばれるインターネットの息苦しさに繋がっていると思われます。

それに対して、マストドンについては、誰でも新しく作れるオープンコミュニティが極小でも成立するか?という新しいアプローチなのかなとは思っています。ただ、その実現性においては楽観視はしていません。そもそもまだインスタンスを立ち上げるのは大変で、システム管理スキルや興味を強く持ってる人がいないとコミュニティが作れません。現実的になりすましやパスワード盗難のリスクは存在します。今はまだ大丈夫だったとしても数が増えたら絶対に問題になります。なので、今はまだ改善改善のフェーズだと思うのですが、それはそれとして、この動きが廃れてしまってはよくないわけです。

また、「不特定多数による極小コミュニティ」というアプローチについても、まだまだ昔のパソコン通信などのネット勃興期にあった楽しさを知ってるオッサンたちが集まっているという印象は、個人的には確かに否めないのも事実なのです。

しかしながら、今後、インターネットがもっともっと成熟していくと、どうなっていくのかが楽しみに思っています。その時に、マストドンなのか、「マストドンみたいなもの」なのかはどうでも良い話です。いずれにせよ、もっと簡単に、かつ安全に、不特定多数のコミュニティを作れるようになっていくのかもしれません。

特に、平成生まれの頃のデジタルネイティブがそこそこオッサンになったら面白いことが起こっているかもしれない、と期待をもちながら、ほそぼそとインスタンスを運営していこうかと思っています。デジタルネイティブは人が混雑してる中でネットを楽しむのが当たり前で育った世界なので、まだ、こういうのには興味を持てない人が多い印象が強いです。要するに居酒屋やチェーンのファミレスが当たり前に存在する中で育った世代みたいな話で、そこで目立つことが重要だという価値観を感じたりします。視野の広さはグローバルスコープです。

ただ、ビジネス的に成功して、広告宣伝費もガンガンかけているアプリやSNSなどと比べて、マストドンの現状としては、あんまり流入がないので、地道にやっていくしかないかなって感じですかね。僕はモバツイの運営を介してtwitterの勃興期を感じているので、別にそれだけで失敗するとも思っていません。特に2008年ぐらいのツイッターは第一次幻滅期だったかもしれないわけです。地道にやっていくことで広がる世界もあるというものです。

たとえ極小コミュニティだろうが大きなコミュニティであろうが、表通りには人の流れが必要で、そこからワンホップで繋がっていることは絶対的に必要です。それが立地条件というものです。古くはBBS電話帳しかり、Yahoo!のディレクトリしかり、今後可能性は、いろいろ広がりうると思うのですが、マストドンの周辺環境も、そのような世界がもっと生まれたら良いなと思っています。