ようやく日本も世代交代が始まる期待を抱けた紅白歌合戦の変貌

昨年末の紅白。こんなに変えてしまって大丈夫だったのだろうか?と思ったら、前回よりも視聴率が高かったようで、ほっと胸をなでおろした。

自分が見ていたFacebook / Twitterのタイムラインにおける反応はさまざまだ。

・紅白ってこんなに面白かったんだ。

・ガッキーかわいい

・欅坂が神

・会場の観客が置き去りにされていてかわいそう。

・ゴジラ引っ張りすぎじゃない?

・Perfumeの演出って、ちゃんと説明しないと価値がわからないよね。

・進行がドタバタ、紅白っぽくない!

・タイムライン受けを狙った演出が気持ち悪いね

・タモリとマツコが生かされてない!

などなど。今年、あくまでも僕のタイムラインだけの感想として印象的だったのは、民放ナンバーワンの視聴率を得た「笑ってはいけない」の話題がほとんど見られなかったこと。他のチャンネルは推して知るべしで、わずかに見かけたのは紅白落選組による裏番組枠を狙ったニコ生と、Abema.tvのフリースタイルダンジョンの話題だった。

自分のタイムラインにおける印象としては、紅白の圧勝だった。

これまでの紅白は、「大いなるマンネリ」路線だったわけだが、それをガラッと変えて、歌手も世代交代させ「今年の話題を、かいつまんでまとめる演出」による年末の歌番組に変貌した。

昨今、日本人万人に共通する「共通の話題」でくくるのは難しくなったわけだから、そこに固執するのはそろそろ限界だと踏んだということだろうか。万人向けの誰が見ても納得できる番組作りから決別した。これによって、視聴者離れが起きるかと思っていたが、そうでもなかったので、他人事ながらホッとした。新たなチャレンジにスタッフの方々はもっとホッとしたのではないだろうか。

それが故のゴジラや君の名は、恋ダンスのガッキーだったということだろう。

番組を見ていて、視聴継続率を下げないための工夫が大きく目立った。また、その演出が、「タイムライン受け」という表現につながっていたのかもしれない。

しかし、これ自身も、インターネットやネットワークを長くやってきた身としては、非常に印象的だ。昨年から書いてきたことでもあるが、インターネットユーザーとマスメディアの関係性がようやく繋がってきたという印象が強い。

マスメディアにとって、ようやくインターネットが本気で無視できなくなってきたのが、昨年の印象。ネットで起きた話題は、マスメディアのネタ元になる。ピコ太郎を代表として、Youtubeで話題になることで、CM出演に繋がる、などというムーブメントである。

昨年のwelq問題も、きっかけは一ブロガーの活動である。一ブロガーが、ソーシャルを動かすことで、マスメディアまで繋がるというムーブメントを背景とした流れが圧力になっていた部分は否めないと思っている。

インターネット側の視点からしても「タイムライン受け」なるものを、マスメディアが狙うこと自体が、とても重要なのだ。

視聴継続率を下げないためのグロースハックの取り組みと、「タイムライン受けを狙う」ことが同じだったとすると、ターゲットユーザーが被るということになる。それのリトマス試験紙としてインターネットが活用できるようになったということ。

以前は、ネットを活用する人間を相手にしても意味がなく、視聴率を支えるのは非ネットユーザー側の論理が圧倒的マジョリティで、その人達の景色をコントロールしてきたのがマスメディアそのものであったわけだが、今は、そうでなくなってきたということ。

松本人志氏がテレビが時代遅れににあると嘆く背景には、コントロールしきれなくなった一般層の構図を捉えている。その情報流通を支えているのが、今はインターネットであるということ。

この変化が、紅白歌合戦の世代交代を促した可能性は否めないのではないだろうか。否、少なくとも、今回のチャレンジに、ネットでも遊ぶ人達はポジティブに反応をしていた。それが視聴率を支えた要因の一つであるならば、今回のチャレンジは、今後も続ける価値があるのだろうと考えている。

ようやく起き始めた世代交代。

あまりこの言葉は理解しないで使ってしまうが、オタク文脈におけるポストモダンと言われた世界が、ようやく目の前で実現しはじめているのでは?

そうなると予想されるのは、苦しむのは古くからのオタク層なのかなと思う。

オタク的価値観で生まれてきたコンテンツがコモディティ化しはじめる。それと同時に、コンテンツも、これまでの主役だったコアオタク層と、ライトオタク層=普通の人達の好みがつながってしまい、微妙にその立場を蹂躙し始めている。それらが、昨年のゴジラや君の名はへの微妙な反応と、彼らの評論と連動しない大ヒットにつながっていると考えられる。

その流れが、紅白歌合戦にもそのまま流れてきている。

インターネットにおいても、Webのコモディティ化によって、それまでの遊び場が、金儲けの場に変貌してしまい、自らのアイデンティティを表現する場としての違和感を感じ始めている発言をよく見るようになった。

リオオリンピックの閉会式でも見られていたことだが、要するにオタクたちの遊び場だと思っていたものが、マス的に活用しはじめるのが2016年に起きた出来事で、そこでの使われ方に悶々として、ついつい文句を書いてしまうのも2016年に見られた現象。今後はもっと増えていくだろう。

こういう時には、いつまでも古い価値観に固執していてはいけない。新しい世代の新しい価値観に目を向けるべきだ。

これを仮に「オタクのオッサン化」と名付けるのであれば、それの対になる「若い層」が出てくる。この人達がこれからの主役になっていく。そこからまた新しいクリエイターが出てきて、新しい世界を作っていく。

「年末のお茶の間向けのコンテンツはかくあるべし」という代表例であった紅白が生まれ変わって、新たな一歩を歩み始めた。とりあえずは上々の滑り出し。思わずツッコミたくなる細かい問題や反省点は沢山あるのだろうが、それはプロに任せて、一視聴者として今後どうなるかを見守っていきたい。