人に迷惑かけてないんだから、いいんでしょの処方箋

電車で女性が化粧をするのは「みっともない」という広告に対する批判の話

電車で女性が化粧をするのは「みっともない」? 東急電鉄のマナー広告が物議を醸す

これに関連して、Twitterで「別に迷惑かけてないんだからいいでしょ」という発言がRTされていた。

この「別に迷惑かけてないんだから」という表現は、世の中、自分の行為を正当化する際に、よく見かける表現だ。

それを見て改めて勉強させてもらったのだが、僕が思った結論は、

「迷惑かけたらもう遅い」

電車の中での化粧が、周りの人に迷惑をかけるとすれば、化粧道具が自分の服についてしまうような行為だろう。

もしそうなったら相当迷惑だ。それが迷惑だとすれば、絶対に回避したい迷惑だと言えよう。

電車の急ブレーキがかかって、その化粧道具が目に入ったりすることに危機感を覚えないのだろうか?とは思ったりはするが、それは、その人の問題なので、どうでも良い話で、多くの人にとっては、何かの拍子に自分の服やカバンに被害が及ぶことを恐れている。

多くの大人は、そのようなことを予見して回避行動を行いたいと思っている。しかし、そこがせっかく座った席だとすると、それを放棄してまで遠ざかるほどの問題は顕在化していない。何せ「まだ何も起きてない」のだから。同じく、仮に苦情を言ったところで「何かあなたに迷惑かけましたか?何が悪い?」と逆ギレされるだけだ。そのことを薄々知ってる以上、その状況を我慢するしかなく、感情としては悶々としている。せめてツイートでそのストレスを、ここではないインターネットに放出することぐらいしかできない。

この回避行動を行わせていること自体が、非常に迷惑な状況だとは、個人的には思う。

基本的に感情が噛み合っていないのだが、こういうのは往々にして図々しいもの勝ちというのが世の中の基本である。おそらく、そのような感情の反動として、「みっともない」という表現で、こういった行為を批判したいのだと思う。

はっきり言わない奴が悪いと言われれば、それまでなのかもしれないが、予見されている良からぬコトが起きないようにと、恐れおののいている人たちが沢山いることに、是非、気がついて欲しいと思う。

満員電車に限らず狭い電車の中は、相当、不幸な状況だと思うことがある。望まぬ人に近づいてしまって、痴漢にあったり、喧嘩になって殺人事件さえも起きる。人生のめぐり合わせが人生ゲームのルーレットのようなものであるならば、相当不幸なカードを引いた人たちかもしれない。

化粧してる人による被害が怖いと思った場合、もし社内が空いていれば、回避行動として遠くに移動するという手が使えるのだが、満員電車では、そのようなことも難しい。不幸である。結論としては、やはり悶々とするしかない。それが「みっともない」という言葉の本質だと一つ思っていただけないでしょうか。ここは一つ、お互い配慮をして最低限の労力で電車に乗り続けられるといいなとは思います。