カップヌードルのCM中止、日本人バカだなぁと思ったので完成?

このCM、本当にいいと思ったし、ネットでの観測圏では「してやられた」というポジティブな声が大きかったのでギリギリOKのうまいところを攻めていたと思っていたが、自分の知らない層では許されなかったようだ。

「批判は想定していたが…」攻め過ぎたカップヌードルのCMが放送中止に

この事実に対して漠然とした怒りはあるのですが、その矛先に繋がる言説が自分の観測圏内にないので、どうにもならない状況がもどかしいです。この意味がわからず、きょとんとしてる人が多いようです。

まだまだ日本は広い。でも案外、誰かの一声だったりして。

ちなみに、

ネガティブな声 ー> 発信者に届きやすい

ポジティブな声 ー> 特にネガティブな想定される場合は、わざわざ声で発信しないので届かない。

(故にネットでも観測できない)

というのが世の中の評判形成だと思います。オリンピックやワールドカップの試合で勝った後や、あけおめツイートなど、みんながポジティブであっていいという限られたタイミングでは、一つの事実に対して短い時間のポジティブ連鎖は起きますが、それは相当稀な機会。全員がポジティブであることが明確に期待できる時に限られるということでしょう。

それに対して、ギリギリアウトを狙ったようなコンテンツは、アウトの意見は見られても、自信を持ってポジティブな意見を発信する人は相対的に多くありません。

その態度を表明することで、今度は自分が批判の矛先にされるのが面倒くさいからです。

それ故に、どんなに情報解析によるネガ・ポジ判断技術が発達しても、ネットからだけでは正しいネガポジを判断することは不可能です。

情報発信そのものにバイアスがかかってしまうのであれば、ゼロはゼロですから。

それ故に、ポジティブなことであれば、あえてポジティブであると発信するWebサービスが求められます。

しかしサービス自身の思想が変に変に政治的になってしまうと利用者層が偏ってしまって、面白く無いサービスになってしまいます。

昔、diggというサイトが海外で一時期、流行って、日本でもクローンのサイトが出てきましたが、長続きしませんでした。今はredditというサービスもあるようですが、もう少し緩いテイストのサービスで、もっと面白くすることで、奥ゆかしき日本人という空気感における、純粋なポジティブさもネットに引っ張り出せるんじゃないかなぁと思います。スパム問題もあるので案外難しいのですが、是非、誰かチャレンジしてみて欲しいです。

言ったもの勝ちのネットは、もう少し情報技術として発展すべきかなと思います。ガラパゴスと言われても日本人には日本人に向いた手段があるハズです。

Facebookも最近、いいね以外の感情表現を入れましたが、個人的には無駄なステップが増えたと思いつつ、あれが利用者の声と考えると、YesでもNoでもないところをどうやって表現してあげるか?という部分なのかなとは思います。