日本化する世界と、クラウドによる人間評価システムの限界

ITが実現する世界の変革とは、日本のような安心安全を実現する世界だと思っていた。

現状、国内におけるUBERはただの高級タクシーだが、これは日本のタクシーの安全安心における質が高いからだ。

それに対し、UBERは世界の移動の安全性を高め、AirBnBは低コストの宿泊の世界を広げる。Facebookは、新しい友達になる判断基準を提供する。そこにある肝は、行動履歴やソーシャルグラフなどに宿る独自の評価システムにある。特にネットを通した取引に関しては、UBERアカウント、AirBnBなどのアカウント、日本ではヤフオクアカウントなどにおける取引の結果としての評価をぶらさげて、アカウントの安心を担保し、取引量を増加させ、結果としてクラウドを通じた、社会システムへの影響力を高めていくという設計だ。

UBERは運転手に評価がつけられるようになっていて、一定の評価を下回るとUBERでは表示されなくなるそうだ。また、僕が日本で乗ったUBERの評価は、海外のUBERの運転手も把握できる。つまり、こちらは事前に運転手の評価がわかるし、UBERの運転手にとっても、僕という顧客が履歴から安心できる存在であることがわかるようになっている。評価が低ければ、乗車を拒否するという行為を通じて、この信頼システムが行使される。

故に海外の夜の移動手段ではもはやUBERは必須ツールだ!などと思っていたら問題発生。

Uberのインドのドライバーが乗客レイプで逮捕 - ITmedia エンタープライズ

今のITの評価システムが可能な信頼システムは、「乗車を拒否する」という「罰ゲーム」の行使に限定される。

つまり、運転手にせよ乗客にせよ、同じルールに乗っている限り、経済合理性面で罰ゲームを受ける可能性があるから、評価は高くあろうというゲームである。

それに対して「そんな評価は興味が無い」となってしまったら、このITシステムはうまく動かないだろう。またコールドスタート問題という、新人運転手に対して、評価できるほどのデータが揃ってない段階では、適切に評価できないという、データドリブンのITシステムには根本的な問題があり、そこにUBERのブランドを信じて乗ったらレイプされてしまったという部分に繋がると考えられる。

(というか、このドライバーがレイプするや否やという判断は、UBERの評価システムには存在しないだろう。そこをUBERが罰に問われるというニュースもあるようだ。)

「日本化する世界」という言葉にある、日本における安心安全の本質とは、世間や地域というコモンセンスに支えられる社会監視型の罰ゲームの仕組みなのかと思っているが、そもそもゲームのルールが浸透していなければ、世界において日本のような安全は実現できない。

乗客も運転手もクラウド上の評価システムに依存させることが、UBERというシステムが実現する安心安全の根拠だったハズなのだが、インドではうまくいかなかったということになる。インドだから仕方ないんじゃないか?というのは簡単だが、実は、世界進出の根拠になるクラウドシステムの効力が限定的だったという表れとも取れる。この先求められることは、ごく普通のグローバル企業としての人材マネジメントに落ちてくる。今後のUBERのグローバル展開における大きな課題になるのか注目していきたいところである。