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どんどん休めと言われても〜休めないニッポンにつけ込むCOVID-19(新型コロナ)

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
休めと言われても休めない事情がある(写真:アフロ)

広がるCOVID-19

 もう封じ込めはできない。

 新型コロナウイルス感染症COVID-19は日本国内に広がり、感染ルートが不明の感染者が出始めている。

 厚生労働省は、COVID-19に感染した場合、受診の目安を以下のようにしている。

・ 風邪の症状や37.5度以上の発熱が4日以上続く場合 (解熱剤を飲み続けなければならない方も同様です。)

・ 強いだるさ(倦怠感)や息苦しさ(呼吸困難)がある場合

 また、高齢者、糖尿病、心不全、呼吸器疾患(慢性閉塞性肺疾患など)の基礎疾患がある方や透析を受けている方、免疫抑制剤や抗がん剤などを用いている方で、これらの状態が2日程度続く場合は、帰国者・接触者相談センターに相談してください。 妊婦の方は、念のため、重症化しやすい方と同様に、早めに帰国者・接触者相談センターに相談してください。

 現時点で、子どもが重症化しやすいとの報告はありませんので、目安どおりの対応をお願いします。なお、インフルエンザなどの心配があるときには、通常と同様に、かかりつけ医などに相談してください。

出典:新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)

 そして、以下のように述べる。

問15 相談や受診する前に心がけることはなんですか?

発熱などの風邪の症状があるときは、学校や会社を休んでください。発熱などの風邪の症状が現れたら、毎日、体温を測定して記録してください。

出典:新型コロナウイルスに関するQ&A(一般の方向け)

 以下も参照されたい。

 そう、体調悪ければ遠慮なく休めばいい。簡単なことだ…。

 簡単?

 そんなわけないだろう、という声が聞こえてくる。

休めない〜医師の場合

 和歌山県の外科医が、体調不良を抱えたまま業務をし、感染を広げたケースが報道されたが、医師は簡単には休めない。

 詳しくは山本健人先生の記事を読んでいただきたい。

 山本先生は、医師が休めない理由に「主治医制という仕組み」を挙げる。

医師の立場としても、患者さんから不信感を持たれたくない、期待を裏切りたくない、という思いがあります。

ですから、患者さんを担当する以上、できる限り休みたくないと考えるものです。

出典:感染症対策といえども医師は休めない? 医療現場の状況

 もう一つ、山本先生も指摘しているが、絶対的な人不足により休めないというのも大きい。

なお、病院によっては、そもそも労働力が絶対的に足りず分業そのものが成り立たないところもあります(たとえば一つの科に一人しか医師がいなければ、必然的に全ての患者さんの主治医はその医師ですから、チームも何もありません)。

出典:感染症対策といえども医師は休めない? 医療現場の状況

 私は地方の病院に勤務しているが、一人しか医師がいない診療科がいくつかある。かくいう私も、病理診断科にたった一人しかいない一人病理医だ。

 実は先月、私はインフルエンザにかかり、一週間休んだ。どうなったか。

 交代要員がいないので、診断すべき標本は山積みになった。患者さんに病理診断の結果をお伝えする時間が延びてしまい、一部の患者さんを待たせてしまった。

 このように、自分がいなければ仕事が滞るという場合、ちょっとくらいの体調不良では休むわけにはいかないという気になる。

 ただ、今回は、遠隔病理診断など、大学から一部の業務支援を受けたので、とても急ぐ標本は大学病院の病理医に診断してもらった。以前遠隔病理診断がなかった時には、40度の発熱のなか診断せざるを得ない状態に陥ったこともある。緊急事態に陥る前の普通の時に備えておくことの重要性を感じる。

休めない〜非正規雇用の場合

 私たち医師は、ある種の使命感と、「応召義務」(医師法19条1項に定められている「正当な事由」がない限り、医師は患者の診療の求めを拒否できないという規定)で休めない。

 ただ、私たち医師が休んでも、生活の基盤が失われることはない。

 休めないのは、休んだら収入が途絶える非正規雇用やフリーランスの方々だろう。

 私の知人にも、インフルエンザで40度の発熱がありながら仕事をしていた人がいる。休むことを強く勧めたが、休んだら収入が途絶えて死んでしまうと言って仕事をしていた。

 休んだらその分収入が減ってしまうという人は簡単には休めないし休まないだろう。

休めない〜その他の場合

 ある程度安定した職業に就いている人も簡単には休めないのが現状だ。

ワークポートが全国の転職希望者243人を対象に2月3~10日に実施したアンケート調査では、無理して出社したことが「ある」との回答が83.1%に上った。「ない」は16.9%だった。

出典:新型コロナウイルス対策、「無理して出社した」が83%、休む判断は「体温38度以上」が最多

「新型肺炎になったと感じても、微熱や軽いせき程度なら会社に行くと思う。休むと職場に迷惑をかけてしまうから」。東京都西東京市の男性会社員(52)はそう話した。

出典:新型コロナ 「熱があっても仕事休めない」風潮がウイルス感染を拡大させる

 こんな中、休みましょうと言ったところで絵に描いた餅になってしまう。

休める社会を作るには

 通常の時にできていなかったことが非常時にできるはずはない。医師不足や簡単に休めない社会がすぐに変わるとは思えない。

 医師不足はもう長いこと問題視されていたが、いずれ医師過剰になるからと、医学部定員の大幅増は行われていない。病院の集約化の議論も緒についたばかりだ。

 しかし、感染拡大の危機にある今、できないでは済まされない。

労働問題に詳しい佐々木亮弁護士は「会社は社員が安心して休める体制にし、休むと賃金減に直結する非正規労働者に対しては、生活が保障される法整備が必要。社会全体が仕事を休むことに寛容になるべきだ」と提言した。

出典:新型コロナ 「熱があっても仕事休めない」風潮がウイルス感染を拡大させる

 これは今すぐ行わなければならない。政府は休んでくださいというだけでなく、休んでも大丈夫な制度を早急に整えるべきだ。

医療現場の崩壊を防ぐために

 感染症コンサルタントの青木眞先生は、日本の医療体制について、トラックの荷台に凄まじい荷物が乗っている難民の写真を挙げながら以下のように述べる。

日本の基幹病院は新型コロナ以前で既に写真のトラックのような状態でした。そして新型コロナが加わった分だけ心筋梗塞や交通外傷が減るわけではなく、更にこの荷台に新型コロナを乗せようとしているのです。既に一杯の荷台に人を乗せるのですから、どうしても必要な人だけ乗せる工夫が必要です。

荷台に乗せる(か)どうかの判断は「新型コロナであるか否か」ではなく「病院のケアが必要かどうか」です。 原因微生物が新型コロナでも、インフルエンザでも、肺炎球菌でも病院のケアが必要な人です。

でも現時点では・・

「海外への渡航歴や接触歴は無関係に、37.5℃以上の発熱が4日以上、高齢者や合併症があれば2日以上(≒風邪?) ⇒ 保健所は帰国者接触者外来へ紹介」 ⇒ 原因を問わずノイローゼを含む軽症者が基幹病院へ ⇒ 基幹病院崩壊

(保健所は無条件に帰国者接触者外来設置病院を教えるだけでトリアージなどしてません。 ≒非「非公開」)

出典:日本の基幹病院をコロナから守るために必要な軸

 なかなか休めないほど過剰な仕事に苦しむ医療現場に、COVID-19がやってくる。ますます休めない悪循環に陥る可能性がある。

 休めと口先だけでいうのは簡単だが、医師も含め、休める仕組みを作ることが、何より優先すべきことだと言うべきだろう。

その他参考記事

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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