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医療ドラマのリアルと虚構〜TBSブラックペアンから考える

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
医療に限らずドラマはそもそも創作物ではあるが…(写真:アフロ)

大炎上

 そりゃドラマはそもそもフェイクみたいなものだけど、そりゃないよね…

 そんな声がウェブ上に溢れかえった。TBS系で放送中の日曜ドラマ「ブラックペアン」のことだ。

TBSの医療ドラマ「ブラックペアン」に登場する「治験コーディネーター」の描写が、実際の職業とあまりにも懸け離れているとして、5月2日に日本臨床薬理学会はTBSに対し現実と乖離(かいり)した描写を避けるよう求める意見文を公開しました。

出典:ねとらぼ

 日本臨床薬理学会の抗議文はこちら(フェースブックページ)から読める。

ドラマの演出上、登場人物の行動は、治験コーディネーターの本来の業務とは異なるものも含まれていますと断られてはいますが、第1話、第2話で描写された治験コーディネーターの姿は、現在、患者さんのために、医療の発展のために真摯に努力しているCRCの心を折り、侮辱するものであったと感じます

出典:日本臨床薬理学会フェースブックページ

 治験コーディネーターの方々や医師、医療関係者からは、ドラマに対する厳しい批判が相次いでいる。

 このドラマでは、これ以外にもインパクトファークターの使い方がおかしいなど、多くのおかしな点が指摘されている。

 敬愛する元病理医の作家海堂尊氏の原作がおかしなことになっている…非常に残念だ。

ドラマの虚構はどこまで許されるのか

 医療ドラマは毎クールのように放映されており、医師が出てくるだけのドラマも入れたら、医師、医療を見ないクールはない。私はこうしたドラマは基本的に見ないようにしている。現実と違うことを見つけてイライラしてしまうからだ。

 例外は2年前に放映された病理医ドラマフラジャイルだが、やはりこりゃないよね、というところがあった。

 小説やドラマは、それ自体が虚構の世界だ。そんな虚構にリアルじゃない、と文句を言うのも無粋な感じはする。表現の自由は守らなければならない。しかし、許されない一線というのがある。いったいそれは何か。

 日本民間放送連盟 放送基準から抜粋する。

(2) 個人・団体の名誉を傷つけるような取り扱いはしない。

(57) 医療や薬品の知識および健康情報に関しては、いたずらに不安・焦燥・恐怖・楽観などを与えないように注意する。

 今回の場合、治験コーディネーターの名誉を傷つけたと言っていいだろう。また、誤った描写で不安や恐怖を視聴者に与えていると言える。

 しかし、明確な線引きは難しいだろう。

 失敗しない医師、あらゆる外科手術をする医師などは存在しない。こうした医師を描写することは、いたずらに楽観を与えていると言えなくもない。とはいえ、現実の医療には、ドラマチックな場面などそうそうはなく、ドラマにしたらつまらないものになってしまうだろう。現実と異なる描写があるたびに抗議するのも現実ではない。

 あの歴史的医療ドラマER緊急救命室にしても、病理医の描き方に疑問を抱かざるを得ない場面があった。だからと言って抗議したいとは思わなかったが(そもそも外国のドラマなんで、抗議などできなかったが)。

 ここで私見を述べたい。

 放送基準は守るのは当然として、視聴者として許される範囲は誇張までと考える。

 つまり、心臓から脳まであらゆる手術をしてしまうスーパー外科医は誇張だ。1の能力を3や5に描くのは許されるだろう。

 しかし、現実に存在している治験コーディネーターを別のものにしてしまうのは改ざんだ。SFのように完全な創作なら許されるが、現実に存在しているものに手を加えてしまうのはアウトだと思う。

ドラマの影響は大きい

 ブラックペアンの視聴率は現在のところ12〜13%だという。

 思ったほど伸びていないというが、それでも1000万人もの人が視聴したということになる。影響力は小説などを上回る。

 医師のなかにも、ドラマを見て医師になることを決意した人がいる。あの芦田愛菜さんも、フラジャイルを見て病理医になりたいと言っていた。

 だからこそ、虚構とリアルをうまくからめて良質のエンターテイメントを作って欲しいと思うし、それに協力したい医師もいる。私もある医療ドラマに材料やアイディアを提供したことがある。

 ブラックペアンにも医療監修の医師の方がいる。医療監修のできることは限られているとは思うが、ぜひ頑張っていただきたい。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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