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急性心不全とは何か〜大杉漣さんの急死報道から考える(加筆訂正あり)

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
大杉漣さんの死因は急性心不全だという(提供:アフロ)

あまりに突然に

 そのニュースに耳を疑った。人気俳優大杉漣さんが急死されたのだ。

所属事務所が「弊社所属の大杉漣が、2018年2月21日午前3時53分に急性心不全で急逝いたしました」と公式ホームページで発表。

出典:スポニチ

 ドラマ撮影中に体調不良を訴えたという。

午後9時に撮影を終え、共演者らと食事に行き、ホテルの部屋に戻った後で腹痛を訴えたという。その後、タクシーで救急病院に搬送され、病院で死去した。

出典:産経ニュース

 直前まで元気だった人の突然の死。ご家族や関係者はさぞショックを受けられていることだろう。お悔やみ申し上げる。

急性心不全とは何か

 急性心不全とは何か。実はこれは死因としては情報が乏しい。これは急に心臓が働かなくなった、ということしか意味していない。

 昨年、日本循環器学会と日本心不全学会は、「心不全の定義」を公表した。

『心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気です。』

出典:日本循環器学会

急に心不全が起こるのが急性心不全だ。

急性心不全とは,「心臓に器質的および/あるいは機能的異常が生じて急速に心ポンプ機能の代償機転が破綻し,心室拡張末期圧の上昇や主要臓器への灌流不全を来たし,それに基づく症状や徴候が急性に出現,あるいは悪化した病態」をいう

出典:日本循環器学会急性心不全治療ガイドライン

 急に心臓が止まるのは結果であって原因ではない。原因があるはずだ。

 急に心臓が止まる原因はさまざまだ。急性心筋梗塞、急性心筋炎など心臓そのものが何らかの原因で働かなくなった「心源性」のものと、高血圧、大動脈解離、肺の血管に血栓ができるなど、他の原因で心臓が止まるものがある。

 報道では急性心不全としか言っていないから、何も分からないとしか言えない。

腹痛

 ただ、気になるのは腹痛を訴えたという報道だ。お腹が痛いのになぜ急性心不全なのか。

 あくまで一般論だが、急性心不全の原因には急性心筋梗塞などの虚血性心疾患が多い。虚血性心疾患は、放散痛もしくは関連痛を引き起こすことがある。

 心臓を栄養する冠動脈が詰まることなどにより、心臓の筋肉が酸素、栄養不足で死んでしまうこの病気は、激しい胸痛を訴えることが多い。しかし、症状の始まりが胸痛ではなく腹痛であることは決して少なくはない。

胸痛ないし胸部の苦悶感、肩から上腕にかけての痛み、悪心・嘔吐、場合によっては下顎痛、歯痛。高齢者では腹痛や 腹部不快感などもあります。

出典:東京都監察医務院

 これまで度々書いてきたとおり、寒暖の差にさらされる冬期は、虚血性心疾患、大動脈解離など、心臓、血管が原因の突然死が起こる可能性が比較的高いと言われる。虚血性心疾患だけでなく、腹部大動脈瘤破裂などでも腹痛が起こりうる。死因を詮索するのはやめたい。

死から学べること

 私たち病理医は、大杉さんのように突然亡くなった方々を数多く解剖させていただく。志半ばで無念にも亡くなった方々の思いを背に、まだ生きている人たちがよりよく生きるために、ご遺体から学ばさせていただく。亡くなった方々は先生なのだ。

 一人として同じ亡くなり方をする人はいない。解剖すれば、生前には明らかではなかった病気が見つかる。

 解剖で分かったことを、生前の臨床データと照らし合わせ、振り返り、反省、チェックをすることで、担当医の実力が向上する。また、正確な死因を知ることにより、避けられた死を減らすことにもつながる。

 だから、医師になりたての研修医は全員、解剖症例を担当し、レポートを書かなければならない。死を見つめることはそれほど重視されているのだ。

 著名人の死の報道も、私たちがその人の生き様と死に様を学ぶことができる貴重な機会だ。死の多くが病院で起こっており、家族の死さえ日常から遠ざけられている現在、著名人の死からでしか、死を考えるきっかけが得られないというべきかもしれない。

 本人や周りも予期しない死は本当に辛い。死に対し心の準備ができるがんよりもきついかもしれない。

 私たちの日常は、いつ何時突然断ち切られるか分からない。だからこそ、私たちは日々を丁寧に大切に過ごしていかなければならない。直前まで演技に全力疾走した大杉さん。演技のみならず、その死を通じて私たちに生と死を見つめるきっかけを与えてくれた。改めて心よりご冥福をお祈りする。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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