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野村沙知代さんの命を奪った「虚血性心不全」とは?~病理医の視点から考える

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
虚血性心不全は急性心筋梗塞などで引き起こされる(写真:アフロ)

突然の訃報

 スマートホンの画面に出た速報に、驚きを禁じ得なかった。

 元プロ野球選手・監督の妻で、タレントの野村沙知代さんが急死された。享年85。

 亡くなる当日に突然体調を崩され、救急搬送されたが、死亡が確認されたという。死因は「虚血性心不全」。

プロ野球の元監督・野村克也氏(82)の妻で、8日に急逝したタレントの野村沙知代さん(享年85)の所属事務所は9日、沙知代さんの死因が「虚血性心不全」であったことを発表した。

出典:野村沙知代さんの死因は「虚血性心不全」家族で密葬へ、後日に「お別れ会」(デイリー)

 前日まで食事をするなど普通にすごされていた。亡くなる直前は以下のようだったという。

沙知代さんも起き、ダイニングへ向かったが、用意された食事には一口しか手をつけなかったという。しばらくして、テーブルで意識を失った。「最後は本当にしゃべれなかった。『どうしたんだ?』だけ」。救急車で病院に搬送されたが、午後4時9分、夫に見送られ、永眠した。

出典:野村沙知代さん、急死…克也氏に「手を握って」が最期の言葉(サンスポ)

 急に容態が悪化したことが分かる。

 心よりご冥福をお祈りするとともに、急逝にショックを受けていらっしゃるだろうご遺族に哀悼の意を表したい。

「虚血性心不全」とは?

 所属事務所から死因として公表された「虚血性心不全」とは何だろう。

 その名の通り、「虚血性心不全」とは、虚血(血が流れなくなること)のために心臓が働かなくなること(心不全)だ。

 まず心臓に血液が行き渡らなくなる。このため、心臓の筋肉の細胞は酸素や栄養の不足により死んでしまう。そして心臓が動かなくなれば、全身に血液が行きわたらなくなる。全身の細胞が死んでしまう。こうして死に至る。

 狭い定義では、急性心筋梗塞狭心症、もう少し広い定義では重篤な不整脈(致死的不整脈)高血圧性心疾患(心肥大)弁膜症などが原因となる。虚血性心疾患と同じ意味だが、突然死を強調するために、「虚血性心不全」という言葉が使われることがある(参考;東京都監察医務院ウェブサイト「突然死の中で最も多い急性心臓死」)。

 急性心筋梗塞を例に、死に至るまでの過程をたどってみたい。

 まず、心臓に栄養を送っている血管である「冠動脈」に血の塊ができて詰まってしまう。動脈硬化で「冠動脈」が狭くなっている人に血の塊ができるケースが多い。

 そうなると、血の塊によって、血液の流れがせき止められてしまう。すると詰まった先の血管に血が行きわたらなくなり、また、多少行きわたったとしても、少ししか血液が来ない。その血管から酸素や栄養をもらっていた心臓の筋肉は酸素不足、栄養不足になってしまい、長い時間(20分以上)血液が来なければ、死に始める。こうして心臓の筋肉は動かなくなり、全身に血液が行き渡らなくなるのだ。

 急性心筋梗塞で亡くなるか助かるかは、「冠動脈」のどの部分が詰まるか、あるいは、カテーテル治療によって血の塊をどれだけ早く取り除けるか、そして完全に詰まってしまった場合、どれだけ早く、「冠動脈バイパス術」を受けられるかに関わる。

 私たち病理医は、「虚血性心不全」の病理解剖を数多く行っている。しかし、心筋梗塞が発症した直後では、心臓を見ても急性心筋梗塞の証拠を見つけられないケースが多い。また、野村さんのようにご自宅で急変した場合、心電図をつけているわけではない。だから、上で紹介した東京都監察医務院のウェブサイトにもあるように、急性心筋梗塞であると確実に言えず、虚血性心疾患や「虚血性心不全」という病名が付くことになる。

 厚生労働省の人口動態統計によれば、2016年に急性心筋梗塞で亡くなった人は35926人、その他の虚血性心疾患で亡くなった人は3万4534人、不整脈(およびその他の伝道障害)で亡くなった人が3万1045人いる。その他の原因も入れれば、10万人以上の人が虚血性心疾患でなくなっていると思われる。2016年に亡くなった人は130万7748人だから、だいたい10人に一人くらいの人が、「虚血性心不全」で亡くなっていることになる。

冬に多い「虚血性心不全」

 前回の記事「急な寒暖差に気をつけろ~冬の突然死を防ぐために」に書いたように、冬は「虚血性心不全」も含めた、血管の病気によって急死する事例を見聞きすることが多い。その原因は、寒暖差などによる血圧の急激な変化だ。「血圧サージ」ということもあるようだ。

 野村さんは朝に発症している。交感神経の活動が高まり、急な血圧上昇を引き起こしやすい時間帯だ。これに冬の寒さ厳しい時期というのも重なり、発症したのだろう。

 以前の記事にも書いたが、私の実の父親も、前日までいつも通り酒を飲んで就寝したが、布団のなかで死んでいた。1月の寒い朝だった。解剖してもらったところ、急性心筋梗塞であることが分かった。

急性心筋梗塞の死亡診断書
急性心筋梗塞の死亡診断書

 野村さんのことは他人事とは思えなかった。

「虚血性心不全」を防ぐには?

 「虚血性心不全」を防ぐにはどうすればよいだろう。

 結局血管の健康を保つしかない。

 東京都監察医務院ウェブサイト「突然死の中で最も多い急性心臓死」によれば、日常生活を以下のようにすべきだという。

  • 会社などの定期健康診断は必ず受診すること。
  • 年に数回は血圧測定をすること(特に30歳以上の人)。
  • 塩分はできるだけ少なくする。肥満を防ぐ。
  • 何か症状が出たら医療機関に受診する。
  • 禁煙。
  • ストレスをさける(特に競争心が強い努力家、性急、短気な人)。
  • スポーツなどの趣味を適度に生活の中に取り入れ、睡眠を十分に取る。

 上で挙げられたことは当たり前のことばかりだ。結局健康に王道はないということなのだ。

突然死~残された家族は…

 野村さんは85歳で亡くなる前日まで、普通の生活をされていた。いわゆる「ピンピンコロリ」であり、大往生という人もいるだろう。

 しかし、肉親の突然死を経験してみると、それがたとえ大往生であったとしても、心の準備ができていないために心に穴があいたような衝撃を受ける。夫の野村克也さんも、大きな衝撃を受けているにちがいない。心中心よりお察しする。

 また、下世話な話だが、私の家族のケースでは、急死の場合銀行口座や相続など、様々な手続きが煩雑だった。

 そして、私の父は、救急車を呼んだものの、すでに亡くなっていたので、警察の捜査が入った。同居していた第一発見者の母は容疑者になり(すぐに容疑ははれたが)、事情徴収された。これは精神的に大きな負担だ。まさに下の記事通りだった。

 老若男女問わず誰も突然死する可能性がある。だから準備などできない可能性が高い。とはいえ、中年以降の年齢の方々は、自分自身、あるいは肉親が突然死する可能性があることを踏まえて、準備をしておく必要があるだろう。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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