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研究不正を犯したら~死刑もある中国、おとがめなしの日本

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
研究不正に悩む中国が、厳しい対応に乗りだした(ペイレスイメージズ/アフロ)

科学大国になったが…

ついに科学の世界は「米中2強」時代になった。

技術革新の源泉となる科学研究論文で、コンピューター科学・数学や化学など4分野で中国が世界トップに立ったことが文部科学省所管の科学技術振興機構の調査で分かった。主要8分野を米国と分け合った形で、「米中2強」の時代に突入した。研究費拡充や人材獲得策などが功を奏した。

出典:日経新聞記事 世界の科学技術 米中2強時代 中国、論文4分野で首位

科学技術振興機構(JST)の調査が元ネタだそうだ。どの報告書か明記されていないが、おそらく研究開発の俯瞰報告書(2017年)だろう。

中国国内では自嘲気味に、まだそこまではいっていないよ、という声もあるようではあるが。

いずれにせよ、中国の存在感が増しているのは、科学者ならだれでも実感しているだろう。

ところが…

研究不正大国にもなった中国

科学大国になると同時に、研究不正大国にもなりつつあるようだ。

2017年4月20日(現地時間)、医学・科学分野の論文誌を出版する独シュプリンガー・サイエンス・アンド・ビジネス・メディアはかつて同社が発行していたがん・腫瘍分野の学術誌「Tumor Biology」に掲載されていた中国の病院や研究機関からの論文107件に不正があったとし、取り下げを発表した。

出典:独医学誌で中国の不正論文107本! 過去最多の取り下げに

直近では、シュプリンガー(Springer)社の論文64本が撤回された事例がありますが、その論文のほとんどが、中国人研究者が執筆したものだったようです。

出典:中国政府、研究不正行為に厳格な措置

こうしたなか、中国政府は研究不正に厳しい姿勢で臨もうとしている。

研究不正で死刑も

厳しさは半端ではない。4月に新たな法律が施行された。研究不正によって健康被害が生じた場合、死刑もあるというのだ。

Under that law, if the approved drug causes health problems, it can result in a 10-year prison term or the death penalty, in the case of severe or fatal consequences. (訳:その法律の下で、認可された薬が健康上の問題を引き起こす場合、重度または致命的な結果の場合には、10年間の刑期または死刑が生じる可能性があります。)

出典:China cracks down on fake data in drug trials

これに対して、研究不正を行った研究者を収監したこともあるアメリカから、これはやりすぎという声が出ている。

We’ve long called for sterner treatment of science cheats, including the possibility of jail time which, by the way, most Americans agree is appropriate. But we can’t support the Chinese solution.(訳:私たちは科学の詐欺に対して、刑務所にぶち込むことも含め、厳しい対応を長年求めてきており、アメリカ人も多くも容認してきた。しかし、私たちは中国の手段を肯定できない。)

出典:Chinese courts call for death penalty for researchers who commit fraud

アメリカで懲役刑を食らったのはエリック・ポールマンドンピョウ・ハン(Dong-Pyou Han)だ。

私自身、さすがに死刑はやりすぎのように思う。

甘い対応の日本

アメリカでは、刑事罰を受ける研究不正はたったの2パーセントだという。

And in the United States, fewer than 2 percent of the 250-plus cases of misconduct over the same period reported by the Office of Research Integrity resulted in criminal sanctions.(訳:また、米国では、同調査期間中の250件以上の研究不正の2%未満が刑事制裁を受けた。)

出典:Chinese courts call for death penalty for researchers who commit fraud

しかし、同じく「研究不正大国」とさえ言われる日本の対応は、2パーセントをたったなどと言えない。

先日、琉球大学で発生した研究不正事件の報告が、文部科学省のページに公開された。

告発受理は2010年。ようやく処分が決まった。

科学研究費補助金について、ねつ造、改ざんと直接的に因果関係が認められる経費の支出が1,316,650円あったため、返還を求めるものであり、また科学研究費補助金、重点地域研究開発推進プログラム、地域結集型共同研究事業、地域イノベーション創出総合支援事業として執筆された論文であることから、当該資金への申請及び参加資格の制限の対象となる。このため、資金配分機関である文部科学省及び日本学術振興会において、経費の返還を求めるとともに、文部科学省、日本学術振興会及び科学技術振興機構において、研究活動の不正行為が認定された3名に対して最長7年間の資格制限の措置を講じた。

出典:琉球大学医学研究科教授の研究活動上の不正行為(ねつ造・改ざん)の認定について

この報告には、教授や処分対象者の名前が出ていないが、撤回論文数ランキングで世界第11位にランクされている森直樹教授なのは明らかだ。

しかし、学内で公的研究費の応募申請を停止されたのが2015年11月。これまでに森教授は研究費を受け取っていた。

名前も公表されず、地位もそのまま。研究費さえ受け取っていた。こんな甘い対応で、研究不正を防ぐことができるのか。

死刑と甘い処分の間で

研究不正を犯した人をどうすべきか。答えは簡単ではない。

研究不正が死刑に値する犯罪とは思えない。しかし、大したおとがめもなく、研究を続けられるというのも甘すぎる。

中国の対応を対岸の火事として眺める余裕は、私たちにはないのだ。

こうした甘い対応はよくないと、東北大学の前総長が関与する事例に対して、研究者たちが立ち上がった。

こうした研究者の声を、東北大学やJSTは真摯に受け止めてほしい。

もうすぐ、東京大学が研究不正の調査結果を発表するという。

東京大学がどのような調査をし、どのような処分を下すのか。公表される報告書が、「研究不正大国」からの脱却の第一歩になることを願う。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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