大村智博士になぜノーベル賞が授与されるのか~「顧みられない熱帯病」に注目を
日本人のノーベル賞受賞で巷はわきかえっている。生理学・医学賞の大村智博士(北里大学特別栄誉教授)と物理学賞の梶田隆章博士(東京大宇宙線研究所長)だ。もう報道もさんざん行われているので、今更屋上屋を重ねるつもりはない。
ただ、報道などをみても、今回の生理学・医学賞の意味について、あまり着目されていない点がある。
それは「顧みられない熱帯病」(neglected tropical disease)にもっと関心を持て、資金を投じろ、というノーベル賞委員会からのメッセージだ。
ノーベル賞のプレスリリースを読むと、そのことが書いてある。
まず基本事項だが、今回の受賞者は3人。受賞理由は大村智博士、大村博士の共同研究者のウイリアム・キャンベル博士が「回虫、寄生虫によって引き起こされる感染症の新しい治療法の発見に対して」、そして中国人のYouyou Tu氏が「マラリアの新しい治療法の発見に対して」。大村、キャンベル両博士はオンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア(象皮病)などに劇的な効果を発揮する「イベルメクチン」を開発し、Tu氏はマラリアに対する治療薬「アーテミシニン」を発見した。
WHOは即座に歓迎のメッセージを発表している。
なぜWHOが歓迎するのか。それは、「イベルメクチン」が「顧みられない熱帯病」(neglected tropical disease)に含まれるオンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア(象皮病)の治療に効果を示したからだ。また、マラリアも熱帯地域を中心とする発展途上国に蔓延しており、「顧みられない熱帯病」と重なる。
なぜ「顧みられない」などと称するのか。それは、アフリカやアジアなどの発展途上国を中心に蔓延するこれらの感染症に対する治療薬の開発があまり行われていないからだ。
なぜ開発が進まないのか。それは経済的な理由による。
製薬メーカーは一つの薬を開発するのに1000億円とも言われる巨額の投資をする。その投資の回収の見込みがなければ、薬を開発したいという動機はなかなか生まれない。「顧みられない熱帯病」が蔓延する地域は貧しく、投資を回収できるめどが立たない。
また、開発したとしても、エイズ治療薬のように、必要とされる貧しい人たちが薬を買えず、治療を受けられないというケースが出てくる。エイズ治療薬に関するジェネリック医薬品の承認は、2000年代初頭に大きな議論となった(こちらなど参照)。
こうして「顧みられない熱帯病」が生まれる。実際、アメリカでは、1995年から10年間の間に、発展途上国向けの感染症の薬は1・3%しか発売されなかったという(毎日新聞の記事より)。
こうして発展途上国は、貧しいゆえに治療が開発できず、貧しいゆえに薬が買えず、そしてそのことで国の発展が阻害され、より貧しくなるという悪循環に陥っている。
こうしたなか、「イベルメクチン」は象徴的な存在だ。
メルク社は、「イベルメクチン(商品名メクチザン)」をWHOに無償提供しており、オンコセルカ症(河川盲目症)やリンパ系フィラリア(象皮病)の治療に効果を発揮し、これらの感染症を撲滅寸前に追い込んでいる。
ノーベル賞委員会は、今回の生理学・医学賞に、「顧みられない熱帯病」への関心を高めるという狙いを込めたと思われる(少なくとも私はそうとった)。また、製薬メーカーに対して行動を促すメッセージを込めたのだと思う。
そして、「ゲノム編集」など、有力な基礎研究の受賞が取りざたされる中、なぜ今年なのか。
それはやはり、昨年から今年にかけてのエボラ出血熱の拡大や、デング熱をはじめとする、近年の新興、再興感染症の蔓延(新しく出現した感染症や、昔から知られていた感染症が再び蔓延しはじめたこと)が大きな影響を与えているのだろう。
エボラ出血熱は、ブッシュミートと呼ばれる、コウモリや霊長類の野生動物食が感染を広げたといわれる(拙稿「「ブッシュミート(野生動物食)」がエボラ出血熱を広げた」参照)。野生動物を食べるのも、手っ取り早い食料源や現金の入手源とするためであり、貧困に深く結びついている。
Tu氏が開発した「アーテミシニン」に対する耐性を持つマラリアが出現するなど、新しい課題も次々と出てきている。「顧みられない熱帯病」の問題が、差し迫った課題であることを、今回の生理学・医学賞は示しているのだ。
「日本人受賞」に喜ぶのは決して悪いことではない。しかし、ノーベル賞委員会が込めたメッセージを真摯にとらえ、私たちも行動していく必要があるよう思う。