早稲田大学の博士論文調査~日本の科学界が失った信用

2014年7月17日、早稲田大学の「先進理工学研究科における博士学位論文に関する調査委員会」が、調査報告書を発表した。

言うまでもなく、この調査報告書は、同研究科で博士号を取得した小保方晴子氏の博士論文に対する疑義を調査したものだ。

すでに多くの人たちが意見を述べているが、ここで、この調査報告書の問題点を考えてみたい。

調査報告書概要をみてみると、調査委員会の構成が書かれている。

委員長 小林英明(弁護士、長島・大野・常松法律事務所)

委 員 国立大学名誉教授 医学博士

東京大学名誉教授 医学博士

早稲田大学教授 医学博士

早稲田大学教授 政治学博士

ここで問題なのは、委員の氏名が公表されていないことだ。誰が調査したか分からない。そして、早稲田大学の教授が二人入っている。外部の委員会ではないということだ。

さらに大きな問題は、「医学博士」が過半数を占めるということだ。医学博士という表現は正しくなく、本来は博士(医学)だが、それはともかく、(指摘を受けて訂正します。「1991年(平成3年)に学位規則(昭和28年文部省令第9号)が改正される前には医学博士という名称で学位が授与されていた。1991年以降は、「博士(医学)」のみが授与されている。」とのこと(Wikipediaより))博士(医学)は他の博士に比べて取得しやすいと言われる。拙書「医者ムラの真実」にも書いたが、取得の要件はゆるく、かつ、指導教員が論文を書いてしまい、学生は研究データを出すだけ、というケースも少なくないと聞く。こうした博士(医学)の博士号に対する意識は、理学や工学で取得した人たちと違う可能性がある。

委員の名前が公表されていない以上、推測でしかものが言えないのだが…

(追記:上記の医学博士の方々は機械工学等の研究テーマで博士号を取得された可能性があり、その場合は、医学部で出す医学博士とは異なるのではないかとの指摘を受けました。また今回の報告書はあくまで法律的側面でのものであり、医学博士が調査委員に加わったことが何らかの影響を与えたという上記記載は当てはまらないとの指摘も受けています。その旨記載しておきます)。

さて、多くの人たちが指摘しているように、その結論には、たとえ法的にOKだとしても納得いかない。

小保方氏の博士論文には、以下の問題点がある。

(1) 著作権侵害行為であり、かつ創作者誤認惹起行為といえる箇所--- 11箇所

<主な箇所>

・ 序章

・ リファレンス(但し、過失)

・ Fig. 10(但し、過失)

(2) 意味不明な記載といえる箇所---2箇所

(3) 論旨が不明瞭な記載といえる箇所---5箇所

(4) Tissue誌論文 1

の記載内容と整合性がない箇所---5箇所

(5) 論文の形式上の不備がある箇所---3 箇所

しかし、

本件博士論文は作成初期段階の博士論文であるとの小保方氏の主張について「本件博士論文は、公聴会時前の段階の博士論文草稿である。」、「最終的な完成版の博士論文を製本すべきところ、誤って公聴会時前の段階の博士論文草稿を製本し、大学へ提出した。」と認定した。

という。

本委員会は、当該小保方氏の供述に相当の信用性があると考えたが、小保方氏の主張にいう博士論文が、当時、小保方氏が最終的な博士論文として真に提出しようとしていた博士論文と全く同一であるとの認定をするには、証拠が足りないと判断した。

にも関わらず、「本件博士論文において、リファレンス、及び Fig. 10 が著作権侵害行為等にあたるとされたのは、製本・提出すべき博士論文の取り違えという小保方氏の過失によるものである。」と認定したのだ。さらに、

「本件博士論文には、上記のとおり多数の問題箇所があり、内容の信憑性及び妥当性は著しく低い。そのため、仮に博士論文の審査体制等に重大な欠陥、不備がなければ、本件博士論文が博士論文として合格し、小保方氏に対して博士学位が授与されることは到底考えられなかった。」と認定した。

けれど「「不正の方法」に該当する問題箇所は、序章の著作権侵害行為及び創作者誤認惹起行為など、6箇所と認定」しつつ、「上記問題箇所は学位授与へ一定の影響を与えているものの、重要な影響を与えたとはいえないため、因果関係がない。」と認定し、「本件博士論文に関して小保方氏が行った行為は、学位取り消しを定めた学位規則第23条の規定に該当しないと判断した」という。

理由がアクロバティックすぎて理解ができないが、ざっくり言えば、不正がある論文を出しても博士号を与えられるということを内外に示したということになる。

さらに、報告書は早稲田大学大学院先進理工研究科の「制度上及び運用上の欠陥・不備 」として、「早稲田大学外の機関で研究を行う学生に対する指導の限界」、「異なる研究分野に対する指導の限界」を指摘し、「審査手続に関する制度上及び運用上の欠陥・不備 」として以下を挙げる。

  • 製本された最終的な完成版の博士論文の内容を確認する体制の不存在
  • 第三者的立場の審査員の不在
  • 主査・副査の役割・責任の不明確さ
  • 主査・副査が論文を精査するための時間等を確保するための体制の不備
  • 審査分科会構成員が論文を精査するための時間等を確保するための体制の不備

はっきり言ってしまえば、早稲田大学大学院先進理工研究科は、博士号取得までにロクな指導もしない、つまりネグレクトし、かつ審査も手抜きで、博士号を与えてしまうということだ。もっと言ってしまえば、早稲田大学大学院先進理工研究科は、お金さえ払えば博士号を取得できる「ディプロマミル」(学位生産工場)と言われても反論出来ないということだ。

この報告書で「守られたもの」はなんだろう。小保方氏の博士号を取り消すと、他の多くの博士号を取り消さなければならなかったから、とか、総長の責任まで波及しないようにするためだとか、早稲田大学出身の政治家の圧力だとか、いろいろ取り沙汰されているが、それはどうでもいい。

問題は、日本の有力大学である早稲田大学が、こんな杜撰な博士号を出すということが、内外に知られてしまったということだ。

早稲田大学はRU11に所属する。ホームページの説明によれば、このRU11とは、「研究及びこれを通じた高度な人材の育成に重点を置き、世界で激しい学術の競争を続けてきている大学(Research University)による国立私立の設置形態を超えたコンソーシアム」で、正式名称は「学術研究懇談会」だという。早稲田大学のほか、北海道大学、東北大学、東京大学、慶應義塾大学、名古屋大学、京都大学、大阪大学、九州大学、筑波大学、東京工業大学が含まれる。日本のトップ研究大学だというわけだ。

このRU11に所属する早稲田大学がディプロマミルまがいの大学だった…となれば、日本の大学で取った博士号など、たいした価値がない、と言われてしまうかも知れない。今国は、外国に「トビタテ」などと若手研究者をあおっているが、留学しようとしても、日本の博士号取得者は信頼できないので受け入れられない、とか、何らかの保証を持ってこいなどと言われかねない。

そして、深刻なのは、留学生がますます日本を避けるようになるということだ。

ただでさえ世界的な留学生獲得競争で後手であると言われている日本の大学だが(たとえばNHK「アジアンエリートを獲得せよ~日韓・激化する大学間競争~」参照)、ろくな指導もされない、ネグレクトするということが知れてしまったわけで、これは痛い。うちは早稲田大学と違う、といったところで、「日本のリーディング大学でそうなんだから、おたくだってそうなんでしょ」と言われかねない。

この報告書は何かを「守った」かもしれないが、それ以上のものを失わせたと言わざるを得ない。

これは報告書であり、これを受けて早稲田大学がどのような対応を取るのかがより重要だ。これは早稲田大学ひとつの問題ではない。総長のクビどころの問題ではないことを、早稲田大学関係者は自覚してほしい。