就活生「一つの会社に定年まで」44% 日本の転職の実態をさぐる

(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 2月24日、産経ニュースに、「【就活リサーチ】「転職でキャリアアップ」が「定年まで」と同率に」と題する記事が掲載された。

 就職活動にのぞむ大学3年生らに就職後のキャリアプランを尋ねたところ、「転職などでキャリアアップを図りたい」が44.0%となり、「一つの会社に定年まで勤めたい」の44.1%とほぼ同率となった。なお、「独立・起業したい」は5.8%、「家庭に入りたい」は5.8%という結果である。

 様々な調査結果があり一概には言えないが、近年の傾向では、転職に対するネガティブなイメージは、軒並み若い人たちの間では少なくなってきていることは共通している。そればかりか、安定して一つの会社に残るよりも、自分の未来は自分で切り開いたほうがよい、との意見も目立つ。最初に入社する会社は、自己成長の場とみなされる傾向があるといえよう。

 その一方で、一つの会社で勤め上げることを求める学生もまた、根強く残る。安定した会社に入り、安定した人生を送ることが、わが国ではいまも理想とされているのである。いわゆる終身雇用が終わりを迎えることは、彼らにとっては由々しき事態とみなされよう。

 だが、本当に日本では、昔から「一つの会社に定年まで」働くのが当然だったのだろうか。あるいはまた、新卒学生が数年で辞めてしまうのは、近年に際立ってみられる傾向といえるのだろうか。公表されているデータを通して、再検討してみる必要がある。

転職しないほうが少数派

 まずは転職年齢を見てみよう。2019年にジャストシステムが行った調査によれば、「転職活動をして実際に転職をした」正社員の割合は、52.6%である。年代別では、20代が39.3%、30代が50.9%、50代が45.8%である。驚くことに40代が最も多く、75.0%にもなるのだ。転職市場の「35歳限界説」など、嘘であることが分かる。

 何年勤めてから転職するのか。2016年の厚労省の調査(PDF)では、「転職者の現在の勤め先の就業形態」は、正社員が72.7%である。また「直前の勤め先の通算勤務期間」は、2年以上5年未満が 27.1%、5年以上 10 年未満が 18.6%、10 年以上が 18.0%となっている。2年未満で転職した人を合算すると、実に34.8%にものぼる。石の上で3年辛抱しなくても、転職はできるようだ。

 若手を除いた社員の転職回数はどれほどか。2014年にエン・ジャパンが行った調査では、転職経験は、1回が20%、2回が19%、3回が16%、4回が11%、そして5回以上が17%だ。「ない」と回答したのは、たったの17%である。転職回数が多いこと自体に不安を覚える必要もなさそうである。

 ときに、新卒社員の3年以内離職率が増加したとの声が上がる。しかし、まさにバブル期であった1988年から2015年までの厚労省がまとめたグラフ(PDF)をみてみると、3年以内離職率はほとんど変わっていないことが分かる。好不況によるのではなく、転職したいと思ったときが転職の時期といえよう。

 以上のように、少なくともここ2、30年の間は、わが国では転職は当たり前に行われてきたのである。そのような状況のなか、できれば「一つの会社に定年まで勤めたい」などと考え、安定を求めて仕事をしていれば、世の中の変化に対応できなくなるであろう。

 パラダイムが変わったのではない。かねて日本では、転職を前提とした雇用関係が結ばれていたのだ。

終身雇用は日本の伝統ではない

 いわゆる終身雇用は、大正末から昭和初年の頃、第一次世界大戦後に重化学工業が発展したときに定着し始めた、大企業における雇用慣行である。

 それまでの職人や熟達工の企業への定着率は、5年以上継続が1割程度しかなかった。工場が新設され、長期的に労働力を確保するために、様々な長期勤続者優遇策がとられるようになったのである。それらが当時の「家族主義」的な価値観と結びつくことで、恩情にもとづく「終身の関係」は、日本の伝統とみなされるようになった。

 戦後になり、労働組合運動によって、戦前の雇用慣行は「家族主義」的要素を取り除いた形で制度的に再編される。だが、高度経済成長の時代においても、長期的かつ安定的な労働力を確保すべきであったから、これらの制度は機能した。労使は協調することで、社会に貢献できる。そのような価値観は、労働者の勤労意欲をかきたて、あるいは少なくとも、同調圧力によって献身的に働く姿勢を生み出した。

 しかし当然、保護的・福祉主義的な政策は、経済が発展し続けなければ維持できない。企業の成長が頭打ちになったときに必要なのは、状況を切り開き、新たなビジネスを生み出す者となる。ここで一挙に、企業にも従業員にも、求められる価値観は変わることになるはずだった。

 しかるに多くの日本企業では、旧来のやり方に固執し、あたかもそれが「日本の伝統」であるかのように大事に抱えてきた。あるいは、一種の「甘え」をともなう労務管理を表に出し、就職希望者を魅了してきた。そのため、新旧の価値観を峻別できない学生が生まれることになる。だがそのような管理は、幻想にすぎない。将来が保証されない現実社会において、終身雇用を謳うことは、ほとんど詐欺的行為といえよう。

 安定した人生を送りたければ、会社にしがみつくことを求めてはならない。自分の能力を高め、必要とされる仕事に就くことを求めるのだ。ロナルド・ドーアが言うように、たしかに明治以後、そのような価値観は広められた。立身出世こそ、近代日本における重要なファクターであり、日本を先進国へと押し上げた価値観なのである。