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楽しくて困っちゃうお金儲け 熊野マイヤーレモン編

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
撮影者:森本春那

 ついに副業の時代が到来する兆しが見えてきた。

 5月12日、HUFFPOSTに「ロート、ソフトバンク、ユニチャームも… 企業が「副業」を解禁する理由とは?」と題する記事が掲載された。今年度に入ってからは、ユニチャーム、新生銀行が、来年にはカゴメが副業解禁をすると宣言している。今年1月には、厚生労働省から「副業・兼業の促進に関するガイドライン」が発表され、政府もまた、副業を後押しする体制が出来上がりつつある。

 基本的にイノベーションは、小さく始めて大きく育てる姿勢によって生じる。したがって、アベノミクスの「第三の矢」、成長戦略は、副業の解禁によってこそ推し進められると言ってよい。なぜなら副業とは、本業で安定的な立場が得られる中で、思い切ったことをやってみる機会だからである。そういう心持ちやダイナミズムがなかったことが、日本経済の停滞を招いていた。経済の成長は、人間の姿勢によって左右されるのである。

 ところで記事には、副業にはデメリットもあると書かれている。その中に「自分の時間の減少」が挙げられているのは、少々残念である。事実は逆であり、働き方改革における副業解禁とは、むしろ自分の時間を増やすことである。自分の時間を確保し、自分らしく仕事をすることが、副業の本当の意味である。やりたくないことであれば副業などはやらなくてよい。やりたいことをやることが、本当のビジネスである。

 今回の記事では、皇學館大学の四年生、三人の取り組みを紹介したい。熊野マイヤーレモンを、どうやって世に広めるかを追求した、普通の学生の話である。この話から、副業の始め方について、ざっくりと流れを理解していただければと思う。

熊野マイヤーレモン・ママレード

 筆者は自分のゼミ生に、企業家としてのマインド形成のために、数々の経験を積んでもらっている。基本ルールは「やりたいことをやれ、ただし中途半端にはやるな」である。一つのことを真剣に追求する姿勢によって、経験知が得られ、学生らは成長する。それから、このまちの人々の心を捉えることになる。

 まずは、自分の身近に何らかの問題があるかどうかを考えることが先決だ。ビジネスとは、人に満足の得られる価値を提供して、感謝とともにお金をもらうことである。まったくのところ、会社が指示した仕事をこなすことは、ビジネスではない。それは作業であって、自分の仕事ではないのである。

 すでに卒業生らが熊野で活動していたから、彼らの目もまた、熊野に向いていた。三重県南部の紀宝町や御浜町には、国内生産量の9割以上を占めるマイヤーレモンがある。これが世に知られることで、熊野地域の活性化が見込めるのではないか。だから、自分たちの力でできることをやってみよう。せっかく大学で学んだのだから、学生時代にこれをやったんだと言えるものを作ってみようではないか。彼らは『熊野マイヤーレモン・ママレード』をつくることを決心した。どういうものかは、伊勢志摩経済新聞の記事をご覧いただきたい。

 学生らの思いを実現してくれたのは、三つの業者の方々だった。

たかみ農園は、マイヤーレモンの品質にこだわる農家である。「自分の娘と息子が皮ごと丸かじりしても安心なマイヤーレモンをつくる」をモットーに、ワックス処理、防腐剤、防カビ剤、除草剤、化学肥料を使用しないことを決意した。目指すものを明確にしている人は、決して仕事に手を抜かない。そのため「みえの安心食材」にも認定されている。学生らは実際にたかみ農園に行き、マイヤーレモンを食べてみた。そして、感動した。せっかく商品にするからには、よいもの、安心するものをと考え、たかみ農園のマイヤーレモンを使うことに決めた。

 ブランドジャムメーカー信州ワタナベに、製品化を依頼することになった。学生らは様々なOEM業者に掛け合ってみた。しかし依頼主は学生であり、扱ったことのないマイヤーレモンである。どこも依頼を受け入れてくれなかった。うちひしがれてはいたが、諦めずに、依頼先を長野にまで広げた。はっきり言って幸運だった。信州ワタナベもまた、思いをもって仕事をする人たちだった。お客様や取引先に笑顔になってもらうことを目指す信州ワタナベは、学生たちの話を親身に聞き、手取り足取り教えてくれた。そして、おいしいジャムを作ることを約束してくれた。

 おしゃれな伊勢市の洋菓子屋ラ・リシュテールが、ママレードの価値を最大限に引き出してくれた。シェフの北川裕土氏は、ひとりでも多くの人に、幸せを運ぶケーキをつくるために仕事をしている。だから、お客様は喜んでケーキを買いに行く。そういう思いをもった人に、学生らが仕事をお願いするのは必然だった。北川氏は、地域の豊かな自然や食材、恵みをもって、美味しいものを作ることに妥協はしない。ママレードを用いた新しいお菓子を、学生らと一緒に企画してくれた。最終的に出来上がったのが、下の写真のケーキである。

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 学生たちは、毎日楽しそうに商品企画について話し合っていた。それから、前向きな大人とかかわり、一緒になって仕事をつくり上げていくことにやりがいを感じていた。まさしく副業とは、やりがい、生きがいの創出である。目の前の仕事からはなれて、新しい生き方を追求するための機会をつくることが、副業の解禁なのである。

副業のための第一歩

 基本的に商品化を目指すビジネスは、生産、加工、流通の流れをどうつくるかにかかっている。したがって、この3つの領域において、何らかの強みをもっている人と関わることが重要となる。それらの強みをうまく掛け合わせる方法を見出すことで、高い成果が得られるようになる。これは重要なことだから、副業をやる人は覚えておいてほしい。ただやるのではなく、よりよくやる方法や手段を見出すことが、成功の秘訣である。

 ところで強みとは、天分ではなく、蓄積の結果である。よって、強みが本当かどうかは、それを追求しているかどうかで判断できる。今回の熊野マイヤーレモン・ママレードを支援して頂いた方々は、いずれも自らの思いのもとに仕事をしている。ようするに、プロの仕事をする人たちなのである。

 思いをもった人は、人の思いにも共感する。その思いをさらに先に進めようと、一緒になって努力してくれるのである。そういう人たちのつくるものが、悪いものであるはずがない。だから、彼らと一緒に仕事をすることで、価値の相乗効果が得られる。

 生産、加工、流通において、思いを持った人たちのニーズが何であるかを考え、一連のプロセスを描くことで、商品化が実現する。やりたいと思わないことに関して、自ら新しい一歩を踏み出す人はいない。だから、ビジネス創造においては、関わる人は選んだほうがよい。結局のところビジネスは、技術や仕組みよりも、人がつくり上げるものなのである。

 評判は良いらしく、本日、学生のつくったママレードとラ・リシュテールの洋菓子は、楽天でも販売することになった。みんなの思いがつまった一品、是非ご賞味願いたい。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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