神社で使われる「大麻」の90%が中国産であるという事実

(写真:アフロ)

月刊『WiLL』の11月号に、皇學館大学の新田均教授は「日本の大麻と“ドラッグ大麻”ここが大違い!」と題する記事を書いた。それからというもの、どういうわけか急に大麻に関する不祥事がそこかしこで報じられるようになった。カードは切られるべきときに切ることで最大の効力を発揮する、ということであろうか。

こういうときにこそ覚悟が問われる。それでもなお、『伊勢麻』振興協会と三重県神社庁は、日本産大麻の栽培を目指すと決めたようだ。

産業用大麻の経済性の高さ

誤解を避けるために、再度述べたい。筆者は吸引することを目的にした大麻については述べていない。

筆者が「日本の大麻をいますぐ解禁せよ:日本産大麻ビジネスの破壊的影響力」で書いたように、かねて我が国には大麻を吸引する習慣などはなかった。なぜか。大麻の麻薬成分であるTHCがほとんど含まれていないからである。加えて日本の大麻には、THCの薬効を打ち消すCBDが含まれている。ゆえに、日本産大麻を吸引したとて、ハイな気分になることはない。

また大麻取締法は、実は日本産大麻を禁止することを目的につくられた法律ではない。むしろ日本の大麻の生産の維持、あるいはその推進のために制定された法律なのである。「大麻の濫用による保険衛生上の危害」が発生する恐れのない日本産大麻の栽培については、原則として許可することを法律は命じている。

そして記事のなかで、経済・経営分野の研究者である筆者が書いたのが、産業に用いる大麻の日本経済における影響力の大きさである。

大麻は、驚くほど汎用性のある植物であり、しかも生命力の強い植物である。種からは食品として健康バランスのよい油がとれるし、またそれは、化粧品や石鹸などにも用いられる。しかもこの油は、石油に代わって、枯渇しないエネルギー資源として世界中から注目されている。

茎についていえば、そこには木材の4倍もの繊維パルプが含まれている。よって衣類のほか、非常に強い耐久力をもつ紙にもなる。さらには、コンクリートに代わる頑丈な建材であるヘンプクリートになるし、土のなかで分解するエコなプラスチックにもなるのである。

ゆえに、我が国ではあまり知られていないが、産業の目的で使われる大麻は、いまや世界中で研究開発の対象としてかなり重要視されているのである。したがって、いまこそ日本産大麻を「解禁」し、我が国の産業競争力を強化しなければならない。でなければ、大麻のもつすべての価値が、他国にもっていかれてしまうのである。

はっきり言おう。いまなおこの流れを逃すような体質であれば、リスクばかり見て成長の機会を逃すような体質であれば、我が国はこれからも衰退していくしかない。ひいては「後進国」に様変わりする。

神事に使われる大麻が足りない

前回の記事で、筆者があえて書かなかったことがある。しかし、日本というものを考えるにあたっては重要なことである。

それは、神事である。古来より、大麻は神事に用いられてきた。日本の伝統文化の様々なシーンにおいて、大麻は使われてきた。我が国において、これがネガティブなイメージになったのは、戦後のことである。

しかるに、今日我が国で栽培される伝統的な大麻の生産農家は、いまや11軒しかない。しかも、そのほとんどが後継者のいない高齢者によって栽培されている。驚くべきは、すでに神社で使われるものの90%が中国産の麻であり、ときに模造品のビニール製で代用することもあるのだという。

強調して言いたい。我が国の精神的主柱である神事が、国産ではなく中国産のもの、さらには、ビニールで作られたものによって、行われているのである。

筆者は、他の日本人と同じように、日本を日本として維持したい。たしかに世の中は変化している。変わらなければいけないものもある。しかし、保守すべきものは保守しなければいけない。それは日本の精神である。日本の精神を支えるものである。

『伊勢麻』振興協会、ならびに三重県神社庁は、本気である。日本の精神を守るために、捨て身の覚悟をもって、日本の明日をつくろうとしているのである。いまの我が国に足りないのは、こういった姿勢のように思われる。未来を切り開くのは、世のため人のために覚悟を持って行動する人たちである。