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安倍首相がアベノミクスを成功させるためになすべきこと

遠藤司SPEC&Company パートナー 皇學館大学 非常勤講師
(写真:ロイター/アフロ)

前回、「なぜ保守である安倍首相が革新を意味するイノベーションを推進するのか」のなかで、保守主義がイノベーションを推進する理由、また保守主義が求めるイノベーションとはいかなるものかについて述べた。

アベノミクスの根幹は、成長戦略、すなわちイノベーション戦略である。安倍首相の立場である「保守」が推進するイノベーションとは、変革を意図的に起こそうとするものではなく、変化のなかで価値を失ってしまったものを取り除き、新しい価値をもたらすことで社会の秩序を維持していこうという働きのことである。それゆえ、過去との断絶は生じない。過去から未来へと綿々と続く伝統をこれからも維持し、また未来において適切な形で継承させていこうとする意思が、そこには存在するのである。

前回の記事を書いた後で、もう少し保守主義「としての」イノベーションを詳しく述べてほしいという声があった。当記事では前回の補足として、保守主義の原理をより詳細に述べるとともに、保守主義の推進すべきイノベーションを掘り下げていく。

ここでは事実を明らかにするために、できる限り二人の保守主義者の言葉を引用することにした。保守主義の父エドマンド・バークと、マネジメントの父ピーター・ドラッカーである。

変化を受け入れ、社会を改革する

わが国では、かねて保守主義は誤解されてきた。それは変化を嫌う気質をもち、現状維持を好む一種の「保守的」な姿勢を持つものだとされることが多かった。しかしながら、元来の保守主義は、第一に、変化をこそ常態であると考えるものである。

保守主義の父、エドマンド・バークは改革者であった。事実、バークが大学時代に発行していた週刊誌の名前は『改革者』である。ただし、彼の改革とは「保守するための改革」に他ならなかった。バークは『フランス革命の省察』でこう述べる。「私は変更をもまた排する者ではありません。しかしたとえ変更を加えるとしても、それは保守するためでなければなりません。」「何らかの変更の手段を持たない国家には、自らを保守する手段がありません。そうした手段を欠いては、その国家がもっとも大切にしたいと欲している国制上の部分を喪失する危険すら侵すことになりかねません。」バークのこの言葉こそ、改革についての保守主義の基本的姿勢である。

保守主義は現状維持や復古主義ではない

保守主義とは、盲目的に現状を保守せんとする思想や立場ではない。それは旧来から続いてきた慣習や法、社会構造などの中から価値あるものを発見し、それを適切な形で未来につなぐために現在においていかなる活動を行うべきかをまとめた、一つの思想体系である。

バークや、彼を祖とする保守主義者たちは、しばしば伝統主義者と呼ばれる。しかしバーク保守主義の「伝統」とは、ある時代の文化や習俗、ものの考え方をそのままひっぱり出してきたものではない。ある時代に存在したものをただ現在に復活させたり、起源にあった姿をそのままよしと考えたりするものではないのだ。幾世代もの人間、社会、法、自然的な秩序などによって是非を判断されてきたもの、そして人間の営む社会に「すでにここにあるもの」であるがゆえに、人間に習慣的に受け入れられるに至ったものをこそ、保守主義は擁護するのである。

そのため保守主義者のとるべき行動は、過去から現在に至るまでの一貫性、あるいは現在より少し前の時代までにあった一貫性を歴史のなかから探しあて、それを「少し先の未来」に適した形で繋げていくことである。ロバート・ニスベットは『保守主義――夢と現実』のなかで、保守主義の望む歴史的連続性について、次のように説明する。

「初期保守主義者の観点からすれば、真の歴史は直線的で年代記的な仕方で表現されるのではなく、世代から世代へと伝えられるもろもろの構造、共同社会、習慣、先入見の持続性によって表現される。真の歴史的方法はただたんに過去を絶えず振り返ることでもなければ、ましてや物語を物語ることでもない。それは現在の中にあるものすべてを明かるみに出すような仕方で現在を研究する方法である。」

ここでは多くは語らないが、我が国の「保守」のなかには、保守主義を誤解している人が少なからずいる。それは決して、あの古きよき時代にあった諸々のものを懐かしむ態度ではないし、それを「取り戻す」ことでもないのである。

保守主義は、過去に遡ることも、過去との断絶を望むこともしない。過去を継承した現在、現在を継承した未来、すなわちすべての世代への配慮により、歴史的連続性を保とうと努力するのである。保守主義とは反動ではない。ピーター・ドラッカーがいうように「過去の復活の試みこそ、革命と同じように暴力的であって絶対主義的」なのである。

保守主義のイノベーション

保守主義のイノベーションを知るには、イノベーションについて語っている保守主義者の言質を探ってみればよい。その最たる人物が、ドラッカーである。

ドラッカーは自身を「正統保守主義者」だと称し、特にバークに強く影響を受けていると説明する。なるほど彼の著作の全体には、バークを読んでいるのではと錯覚するほど、その思想が散りばめられている。

社会をまったく新しく刷新してしまうような「イノベーション」は危険である。バークの言うように、根本的な刷新の場合には「目指す効果のどれか一つが実際に生み出されるか否か、あるいはそれが望まれるに至った原理それ自体と本当に矛盾しないかどうかを、前もって知ることはできない」からである。

ゆえに保守主義は、イノベーションにおいても「保守するための改革」の観点を忘れない。社会の一部を価値あるものに取り替えようとする「改革は、対象の実質もしくはその基本的様相に関しての変化ではなく、単に苦情が述べられた難儀に対してその治療策を直接適用することに他ならない。」「それゆえに改革が万一失敗しても、その企図が適用された実質は、最悪の場合にも元のままで保持される」のである。

イノベーションを興す際にも、ドラッカーのいうように小さな事業から始めなければならない。「大がかりな構想、産業に革命を起こそうとする計画はうまくいかない。限定された市場を対象とする小さな事業としてスタートしなければならない」のである。

そもそもから言って、社会は設計することなどできない。ドラッカーは言う。「人間が知り理解することができるのは、年月をかけた今日ここにある現実の社会だけである。したがって人間は、理想の社会ではなく、現実の社会と政治を自らの社会的、政治的行動の基盤としなければならない。」ゆえに「我々は、未来の社会のために詳細な計画を書くことはもちろん、小規模の模型をつくることさえできない。われわれにできることは、新しい社会的制度に関わる提案のすべてについて、自由で機能する社会に必要な最小限度の基準を満たしているかを判断するために厳格な審査を行っていくことだけである。われわれは、既存の制度の一つひとつについて、自由な産業社会の構築に役に立つものにするための見直しを行っていかなければならない。」

そうした考えに依りながらも、既存の制度や仕組みが現状に耐えられなくなったときには、それらを取り除き、新たな構造や仕組みへと置き換えていく必要がある。まさしくこれが、保守主義のいうところの「イノベーション」である。

斧ではなく、はさみを用いる

保守主義に共通するのは、「斧よりもはさみを用いる」姿勢である。

保守主義者は、既存の社会秩序では立ち行かなくなったとき、斧でぶち壊すのではなく、はさみを使ってよくない部分を切り落としていく。こうしてできた隙間には接ぎ木していき、秩序の一部として機能するよう育てていくのである。「バーク自身、役に立たなくなった伝統や前例は容赦なく切り捨てていた。」さもなければ、社会は存続させることができないからである。

「イノベーションと企業家精神が、社会、経済、産業、社会的サービス、企業に、柔軟性と自己革新をもたらすのは、まさにそれが一挙にでなく、この製品、あの政策、あちらの社会サービスというように段階的に行われるからである。青写真ではなく機会やニーズに焦点を合わせるからである。暫定的であって、期待した成果、必要な成果をもたらさなければ消え去るからである。言い換えるならば、教条的ではなく現実的であり、壮大ではなく着実だからである。」

保守主義は、イノベーションに際しても、行き当たりばったりで思いつきの構想などはしない。ましてや、まったく新しい全体社会を思い描き、それを計画のうちに落とし込むようなことは、するはずもない。おかれた現実のなかで、希望的観測などは信ぜず、一歩一歩着実に進めるための動きをするのである。

したがって保守主義者は、それを確実に行うためにも、イノベーションの生じる原理を学ばなければならない。イノベーションをいかにマネジメントするのか、着実に進めるにはどうすればよいのかを学ばなければならない。必ず成功させるための方法を学ばなければならない。「何とかして」成長戦略を推し進めなければならない。

さもなければ、イノベーションは成功しない。「日本を取り戻す」ことなど、できないのである。最後に、ドラッカーの有名な言葉で締めくくることにしたい。

「イノベーションに成功する者は保守的である。保守的たらざるを得ない。彼らはリスク志向ではない。機会志向である。」

SPEC&Company パートナー 皇學館大学 非常勤講師

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。多数の企業の顧問やフェローを務め、企業や団体への経営支援、新規事業開発等に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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