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なぜ保守である安倍首相が革新を意味するイノベーションを推進するのか

遠藤司皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー
(写真:ロイター/アフロ)

アベノミクス、第三の矢は「民間投資を喚起する成長戦略」である。すなわち、規制緩和等の政策手段によって、企業や個人が「真の実力」を発揮できる社会を実現するのが、第三の矢の目標とするところである。ようするに、民間にガンガン利益を上げてもらい、強い「日本を取り戻す」のが、安倍首相の狙いなのである。

そして、いたるところで繰り返し述べられているように、第三の矢こそ、アベノミクスにおける本命の政策である。第一、第二の矢は、ロケットを打ち上げるためのブースターにすぎない。それらは成長戦略が軌道に乗れば、切り離される。

ここにおいて中心をなすのは「イノベーション」という概念である。実に安倍政権は、イノベーションを興すための様々な活動を行っている。例えば総合科学技術・イノベーション会議では、「Society 5.0」というコンセプトを掲げ、「超スマート社会」という「新しい経済社会」を構想している。人工知能、ビッグデータ、IoTなどのテクノロジーが、そのプラットフォームをつくりあげる。まさに総力を掛けた、我が国の経済基盤の改造計画といえよう。

現在はまだ、この成長戦略は目覚ましい効果を上げられていない。しかし、いずれ花を咲かせるために、活動を促進させて頂きたい。

ところで、安倍首相はいわゆる「保守」と呼ばれる人である。保守という言葉には、現状維持とか、守旧的といった意味が含まれるように思われている。しかしイメージとは反対に、安倍首相をはじめ「保守」と呼ばれる人たちは、しきりに改革や変革を叫んでいる。

一見矛盾するかのようなこれらの行動を理解するには、「保守」と呼ばれるものの基本的姿勢に目を向けなければならない。以下の通り、保守ないし保守主義者と呼ばれる人たちがイノベーションを推進する理由を、検討していくことにしたい。

保守主義は断絶を嫌う

ざっくりと述べれば、保守主義とは「これまで継承してきた『よき価値』を守り、未来につなげる思想」である。あるいは、自然的な法則によって生成されてきた「すでにここにある」秩序を維持しようとする思想のことである。

つまりは、秩序の維持とその未来への継承のための思想が、保守主義なのである。これをもって、安倍首相のブレーンとして名高い麗澤大学の八木秀次教授は、縦軸の哲学と呼んでいる。ゆえに復古主義は保守とはいえないし、現状を盲目的に維持しようとする態度は、保守とはかけ離れている。

いわゆる「アメリカ保守革命」のきっかけの一つとなったラッセル・カークの書 The Conservative Mind をひもとけば、保守が「イノベーション」を嫌うものとされる理由がわかってくる。そこには、保守主義を構成する主な要素の一つとして、次のように述べられている。「変革と改革は同じものではないこと、またイノベーションはたいてい進歩をあらわす松明というよりは猛烈な惨禍となることを認識せよ。社会は変化していかなければならないが、人間の身体が恒久的に更新されていくかのような、保存する手段としての緩やかな変化のためになされなければならない。」急激な変化を起こすことを画策し、既存の体制を覆すことを目的とした「イノベーション」は、保守主義の最も嫌うところである。

イノベーションの危険性

しかしながら、イノベーションという言葉の指すものは曖昧である。それを唱える者によって、その概念ないし捉え方は、ときにまったく違う性格をもつこともある。

イノベーションとは経済学者シュンペーターが最初に提唱した概念であるが、彼のいうイノベーションは、いわゆる「創造的破壊」と過去との断絶を特徴としている。すなわち、非効率な古いものが効率的な新しいものによって駆逐されていくことで経済が発展し、過去のものとは連続性を持たないとみなすのである。シュンペーターのイノベーションの概念は、たしかに保守主義の嫌う要素を大いに含むように思われる。

ここで、エドマンド・バークを父祖とする伝統的な保守主義を標榜しながらも、イノベーションの重要性をしきりに説いた、ピーター・ドラッカーの態度をみてみたい。なぜならドラッカーによって、シュンペーターの「イノベーション」の弱点は、指摘されているからである。「既存の企業、特に大企業の急激な崩壊、すなわちシュンペーターがいうところの『創造的破壊』は、それだけでは、雇用上、金融システム上、社会秩序上、そして政府の役割上、深刻な社会的脅威を招きかねない。」ドラッカーはカーク同様、社会そのものを急激に変革させることは秩序を破壊することに繋がるという懸念を持っていたのである。これは保守主義者に共通の態度である。

保守主義のイノベーション

それではドラッカーの擁護するイノベーションとはいかなるものか。

ドラッカーは、社会の変化を捉え、それに対応することを、あるべきイノベーションと考える。それは過去との断絶を意味するものではない。ドラッカーのイノベーションとは、市場や社会を分析したときに、旧来のもの、捉え方、しくみ、機軸、構造ではそれに適応できない「すでに起こった変化や起こりつつある変化」があるとき、すなわちそれらが市場や社会において陳腐化してしまったとき、新たな価値を持ったものを投入することで、未来に向けて秩序を維持ないし発展させようとすることなのである。

変革は新たに興すものというよりは、すでに起きている。よって人間が、それに対応するために、既存の社会の一部をつくりかえるのである。決して自らの手で恣意的な変化を起こし、秩序を破壊することではない。破壊は意図してはならない。そのような「革命」的アプローチは、擁護し得ないのである。我々にできるのは、変化を認識し、その先頭に立つことだけである。変化を捉え、それに対応することでイノベーションを興す方法を考えねばならない。変革は手段ではなく、価値をもたらした結果にすぎないのである。

ようするに保守主義は、社会の変化を受け入れてはいるが、急激な変化は認めない。それは社会のシステム、秩序に対して、脅威を招くからである。よってイノベーションが端的に変革を示し、あるいはそれを求めるものであれば、保守主義者にとっては認められない。保守主義の認める「イノベーション」は、むしろ社会を正常に保つためにこそ、行われるべきものなのである。

保守主義とは前向きな思想なのである。それは、過去から継承した価値を未来へとつなぐために、現在において奮闘する思想である。それゆえドラッカーは、「イノベーション」の重要性を唱え続けた。安倍首相の言うところの「イノベーション」も、基本的には同じであろう。すなわち、イノベーションを興すことで、この社会を未来につないでいこうと努めているのである。そこには「断絶」はない。連続した日本という秩序を維持し、未来に向けて発展させようとしている。その意味において安倍首相は、まぎれもない「保守」である。

バークは言う。「私は過去への思いやりと同程度に、未来のための配慮を忘れたくない。」保守であるからこそ、新しい未来をつむぐために「イノベーション」を推進していかなければならないのである。

次稿「安倍首相がアベノミクスを成功させるためになすべきこと」では、保守主義のイノベーションの基本原理を、より深掘りすることにしたい。

皇學館大学特別招聘教授 SPEC&Company パートナー

1981年、山梨県生まれ。MITテクノロジーレビューのアンバサダー歴任。富士ゼロックス、ガートナー、皇學館大学准教授、経営コンサル会社の執行役員を経て、現在。複数の団体の理事や役員等を務めつつ、実践的な経営手法の開発に勤しむ。また、複数回に渡り政府機関等に政策提言を実施。主な専門は事業創造、経営思想。著書に『正統のドラッカー イノベーションと保守主義』『正統のドラッカー 古来の自由とマネジメント』『創造力はこうやって鍛える』『ビビリ改善ハンドブック』『「日本的経営」の誤解』など。同志社大学大学院法学研究科博士前期課程修了。

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