職人は職種転換ではなく、業種転換を:後継者不足の解決のために始めなければならないこと

(写真:アフロ)

北海道砂川市にはソメスサドルという会社がある。

ソメスサドルは馬具メーカーである。現状、我が国における唯一の馬具メーカーであり、競馬騎手や馬術競技選手の多くがソメスサドルの馬具を使用している。その品質は高く評価されており、世界中にソメスサドルのファンがいる。

ところで、ソメスサドルが扱っているものは何であろうか。たしかに馬具である。それでは馬具とは何であろうか。あるいはもう少しかみ砕いて問うならば「馬具とはどういったものであって、どういった技術によってできあがっているものだろうか。」

いま職人の世界では、このように問うことが求められているように思う。

ソメスサドルが歩んできた道

明治以降、北海道の開拓のために馬が使われた。

馬が使われるということは、馬に用いる道具が必要だということである。そのため北海道には、馬具の職人が集まった。一流の職人たちである。彼らは1964年に、ソメスサドルの前身であるオリエントレザーという会社を立ち上げた。

最初の頃は馬具の輸出をビジネスにしていた。しかし、オイルショックによる急激な円高の影響により、しだいに海外で馬具は売れなくなっていった。国内の市場は小さい。それでもなんとか活路を見出さなくてはならない。あぐらをかいていてはいけなかった。

新たな市場を見出すことが求められた。海外において、同じく馬具職人から変貌を遂げたブランドが存在した。エルメスである。エルメスはすでに馬具職人から革製品を扱うブランドへと成長を遂げていた。目指すものが明確になった。彼らもまた、一流の革製品のブランドへと変わろうとしたのである。

ソメスサドルのバッグは美しい。2008年に開催された北海道洞爺湖サミットでは、各国首脳に向けて、彼らのダレスバッグが贈られた。

職人の後継者不足の本当の問題

職人の後継者不足が叫ばれている。とりわけ伝統工芸における職人の後継者不足は深刻だ。現状を打開するために、民間も行政も様々な取り組みを行っているが、目覚ましい実績を挙げているものはあまりないように思う。これらの取り組みを一通り眺めてみると、問題の根本原因に目を向けていない例が少なくない。というよりも、そこには何が問題なのかを正確に把握しようという向きがそもそもないようである。

現在の我々の社会は西洋化された社会であって、日常において伝統工芸品がほとんど使われていない社会である。私たちは洋服を着て、フローリングの家に住み、半分くらいは和食ではない食事を食べている。伝統工芸品は、そのデザインが私たちの生活には合致しないのである。ゆえに一般の人たちは、高いお金を払って伝統工芸品を購入することはない。そのような人もいるかもしれないが、稀である。その伝統工芸の分野を支えるほどの市場は存在しない。つまり、そこで働く人たちの生活を支える市場は存在しないのである。いくら伝統工芸を支えたいという強い思いを持っていても、満足に生活も出来ないのであれば働くことはできない。これが職人の後継者不足の本当の問題である。

ようするに、職人の世界の問題はビジネス的観点が欠けていることにある。一日に3つしか作れない竹細工を千円や二千円で売ってはならない。また、誰が買うのか、誰がそこに高い価値を見出すのかを考えてものをつくらなければならない。つまり、問題は人が不足していることにあるのではなく、ビジネスとして存続させるための仕組みづくりができていないことにある。そこで生じた一つの現象が、後継者不足なのである。つまりここにおける問題は、人事の問題というよりはマーケティングの問題である。いくら後継者を呼びこむ仕掛けを整えたからといって、問題は取り除くことが出来ないのである。

私たちの仕事は何であろうか

職人は職人として生きるために、今日明日の飯にありつかなくてはならない。そのためには、自分たちの生きる道を見出し、新たなビジネスの仕組みをつくらなくてはならない。

重要なことは、問うことである。すなわち、私たちは何であろうかと自らに問いかけることが重要なのである。ソメスサドルはそれを行った。革を扱う職人たち、というのがその答えだったのだろう。あるいは、こうも言えるかもしれない。「馬具を作ることによって、革を扱うことにおいて卓越した技術を持つようになった職人集団である。」そうであれば、彼らの活躍するシーンは馬具の制作だけではない。革は日常における様々なところで用いられている。

ピーター・ドラッカーは、事業を定義するための方法として以下の4つを挙げている。

(1)顧客は誰か

(2)顧客はどこにいるのか

(3)顧客は何を買うのか

(4)顧客にとっての価値は何か

最初に「顧客は誰か」を問うことから始めなければならないのである。とくに衰退産業においては、一からこれを問うことが求められる。「強み」が技術力なのであれば、その技術はどのように応用できるのだろうか。市場はどこにでもある。そこには顧客が存在する。その顧客は、自らにとって何らかの満足を与えてくれるものを求めている。

カッティングされたガラスは美しい。そのガラスは何に使われることで最大の価値を得られるのであろうか。スワロフスキーのネックレスは高価だが若い女性にも人気がある。また、日本の職人の織物技術は見事である。桐生織で有名な群馬県桐生市のある織物会社のジャガード織は、パリコレのデザイナーにも採用されている。

職人の成功のすべてはビジネスとしての成功である。いずれの成功も、自分たちの価値を問い、技術が何であるかを問い、顧客を問い続けることの成果である。技術は可能性のかたまりである。既存の顧客、少数の既存の顧客を満足させるためだけに用いていてはもったいない。誰を喜ばせることができるかをイメージし、その可能性を広げなければならないのである。技術力が強みだと言えるのは、具体的な形として顧客がそれを価値と認識したときである。顧客は誰か――これを問い続けることが伝統工芸を始めとする職人の存続のために必要なのである。

ソメスサドル HP: http://www.somes.co.jp/