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習近平がウクライナ戦争停戦「和平案」に向けて動き始めた――そうはさせまいとウクライナ入りしたバイデン

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
習近平国家主席とプーチン大統領(2019年)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 習近平はウクライナ戦争を終わらせるべく「和平案」をまもなく発表する。中国外交トップ王毅がミュンヘン会議でその方向性を示しモスクワ入りしたが、停戦に持って行かせないためにバイデンがウクライナ入りした。

◆中国外交トップ王毅がミュンヘンでウクライナ戦争「和平案」表明

  中共中央政治局委員で中央外事工作委員会弁公室主任の王毅が、ミュンヘンで開催された安全保障会議で、習近平の指示により、まもなく「和平案」を提出するという趣旨のことを述べている。

 その詳細を中国外交部のウェブサイトにある<王毅:中国が行ってきたすべては、和平を説得し対話を促進することである>の解説から読み解く。少し長いが、解説の全てを和訳してご紹介する。以下( )内は筆者による解説である。

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 現地時間2023年2月18日、ドイツで開催されたミュンヘン安全保障会議で基調講演を行った後、中国共産党中央委員会政治局委員で中央外交委員会弁公室の主任・王毅が、ウクライナ問題に関する質問に答えた。

 王毅は、ウクライナ危機は私たちが見たいものではなく、関係者の皆さんと同じく、紛争の拡大と長期化に大きな懸念を抱いていると述べた。中国はウクライナ危機の当事者ではないが、しかし中国は決して何もせずに傍観しているわけではなく、火に油を注がないようにさせ、特に「趁火打劫(ちんかだこう)」(三十六計の第五計=火に趁(つけこ)んで劫(おしこみ)を打(はたら)く=火事場泥棒)に反対している。中国が行ったことはすべて、「勧和促談」(勧和=けんかの仲裁をする、仲直りさせる。促談=会話を促進させる)の一語に尽きる。われわれは今後も断固として対話の側、平和の側に立ち続ける。

 実際、紛争の翌日から、習近平国家主席は対話を通じて紛争の政治的解決を模索することを提案した(筆者注:2022年2月25日に習近平はプーチンに電話して、「対話による解決を」と要求し、プーチンも「私もそう思う」と回答し、その日の午後、部隊の動きを止める命令を出し停戦交渉に向かおうとしたが、同日、バイデン政権のプライス報道官は、記者会見で、「停戦交渉のオファーなどは無意味なので、受けるな」と言っている。すなわちプーチンに騙されるなと、ウクライナに警告した)。

 その後、ロシアとウクライナ双方が数回にわたり交渉し、重要な進展を遂げ、和平合意の枠組みは既にテーブルの上に並べられていた。しかし残念ながら、和平交渉は中断され、すべてが振り出しに戻った。その原因の所在はわからないが、和平交渉の成功を望まず、戦争の停止を望まない勢力もあるようだ。彼らはウクライナ人の生死には関心がなく、ヨーロッパが受ける損害にも関心がなく、より大きな戦略的目標を持っている(筆者注:2022年4月24日のコラム<「いくつかのNATO国がウクライナ戦争継続を望んでいる」と、停戦仲介国トルコ外相>に書いたように、アメリカが停戦を望まず、事実、4月24日にアメリカのブリンケン国務長官とオースティン国防長官がウクライナに行き、戦争を継続するようウクライナのゼレンスキー大統領を励ました)。

 王毅は、この紛争は継続されるべきではないと強調した。習近平主席は、紛争戦争に勝者は存在せず、複雑な問題に対する簡単な回答はなく、大国間の対立は絶対に避けなければならないと明確に指摘している。

 ミュンヘン安全保障会議はヨーロッパにとっても重要なフォーラムであり、すべての当事者が自分の立場を再確認し、同時にヨーロッパの友人たちが冷静に考えるよう願っている:どのような努力をすれば戦争を止めることができるのか、どのような枠組みを構築すればヨーロッパの長期的な安定を実現することができるのか、そしてどのような役割を発揮すればヨーロッパに戦略的自主性をもたらすことができるのか?

 王毅は、あと何日か経ったら、すなわちウクライナ危機の1周年である時期に、中国は「ウクライナ危機の政治的解決策に関する中国の立場」という文書を発表すると述べた。この文書は、習近平主席の重要な主張を盛り込んだものである。それは、「すべての国の主権と領土保全は尊重されるべきであり、国連憲章の目的と原則は遵守されるべきであり、すべての国の正当な安全保障上の懸念が考慮されるべきであり、危機の和平解決に資するすべての努力が支持されるべきである」という習近平国家主席の重要な命題を含んだ内容だ。

 核戦争は戦うことも、勝つこともできないことを、再び述べたいと思う。われわれはまた、民生用原子力施設の安全を呼びかけ、原子力発電所への攻撃に反対し、化学兵器及び生物兵器の使用に対して共同で反対することを再び提唱する(筆者注:これに関しては『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』のp.246―250で詳述した)。

 事態が複雑になればなるほど、冷静で実践的な態度をとる必要があり、戦火が長引けば長引くほど、和平への努力を放棄してはならない。中国はすべての当事者と協力して平和に向けての努力を継続し、平和の早期実現に努めることを望んでいる。(以上が中国外交部の報道)

◆王毅のモスクワ入りに合わせてバイデン大統領がウクライナ入りか

 王毅は2月20日にモスクワ入りしたが、目的は関係者との「和平案」交渉で、習近平訪露に関する赤絨毯を敷くことにあると考えられる。その証拠に、2月20日のロイター電モスクワは<中国外交トップがモスクワ入り、ウクライナ巡る協議で=ロシア紙>という記事で、王毅の訪露は「ウクライナを巡る和平計画の可能性について協議するためである」と伝えている。

 2022年2月25日にアメリカのプライス報道官が、中露が進めようとした停戦交渉を「騙されるな」として阻止し、トルコが仲裁国となって停戦交渉が始まると、アメリカのブリンケン国務長官とオースティン国防長官がウクライナ入りして、戦争継続への支援を表明したように(=停戦してはならないとゼレンスキー大統領に警告したように)、アメリカのバイデン大統領がウクライナ入りし軍事支援強化を表明した

 これは明らかに「王毅のモスクワ入り」に照準を当てたものと解釈することができ、アメリカが何としても戦争を終わらせたくないと思っていることを表している。特に中国には停戦交渉の手柄を取らせたくないにちがいない。

 バイデンは「かなり前から計画していた」ようなことを言っているが、最終的に決断したのは17日だとのことなので、王毅のミュンヘン入りを睨んでのことだろうか。戦争を継続させてロシアや中国を潰すためなら、手段を選ばないのがアメリカだ。どんなことでもするにちがいない。そのことは2月20日のコラム<中国ネットで炎上 米ジャーナリストの「ノルドストリーム爆破の犯人はバイデン大統領」>で書いたことからも窺(うかが)えよう。

◆習近平の狙いは、ただ一つ

 たしかに習近平はウクライナ侵略が始まった2022年2月24日の翌日、すぐさまプーチンに電話して「対話による解決を」と呼びかけてはいる。

 しかし、こんにちまで待ったのは、戦争状況の流動性もあるだろうが、まちがいなく「中華民国」台湾の総統選をにらんでのことだ。

 2月12日のコラム<習近平「台湾懐柔」のための「統一戦線」が本格稼働>で書いたように、習近平は【習近平―王滬寧―宋濤】を軸に「統一戦線」の陣を布いて、2024年1月に行われる台湾総統選で親中の国民党が勝利するように動いている。

 そして習近平の任期内に台湾の「平和統一」を断行するつもりだ

 そのために台湾の人々に、「習近平がウクライナ戦争の和平交渉に向かって動き、遂に停戦に持ち込んだ」という事実を見せなければならないと思っているにちがいない。これ以上に効果的な手段はないだろうから。

 2月20日公開の週刊「エコノミスト」オンラインで<習主席は台湾の“和平統一”のために停戦調停へ乗り出すか>でも書いたように、習近平の狙いはただ一つ、「台湾の平和統一」なのである

 そのために、王毅が帰国しウクライナ戦争「和平案」が公開されれば、その後に待っているスケジュールは習近平のモスクワ入りとなる。すでにプーチンからは招聘を受けている

 和平交渉に入る前に、プーチンの意向を、直接会って確認しなければならない。

 3月は全国政治協商会議と全人代(全国人民代表大会)があるので、ひょっとしたら5月9日の「反ファシスト勝利記念日」(対独戦戦勝記念日)まで待って記念式典に参加し、プーチンの顔を立てるという曲芸までするか否かは、注意深く見守る必要がある。

 いずれにしても、習近平の「ウクライナ戦争停戦交渉」への決意は固まっていると見ていいだろう。果たして露ウ双方が呑める「和平案」が出て来るのか、疑問ではあるが、注視したい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。2024年6月初旬に『嗤う習近平の白い牙』を出版予定。

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